第160話 エンディング A

 ゾルド達がローマに着くと、寄り道する事なく神教庁へ直行させられた。

 もちろん、この状況で観光などできるはずもないが、それでも少し寂しい気分になる。

 本場のジェラートを一度は食べたかったなと、ゾルドは考えていた。


 神教庁に着くと、偉そうな服を着た者達がゾルドを待っていた。

 彼らは実際に偉い者達だ。

 教皇ヨハネスを始め、先に到着していたジョヴァンニやピエトロも前列にいるのが見える。


 まずは馬車からカズコとジャックが降りた。

 次にゾルドが馬車降りて、レスを抱いたレジーナが降りる際に手を貸してやる。

 漆黒のローブに怪しい雰囲気を纏う剣を背中に下げる男。

 その男こそがゾルドだと一目でわかった。


 そして、女性への気遣いもできる事から、ヨハネス達はゾルドがシューガとは違うと認識する。

 彼らはゾルドに歩み寄り、目前で跪いた。


「ゾルド様。お初にお目にかかります。私はヨハネスと申し、痛っ!」


 ゾルドの強烈なデコピンがヨハネスを襲う。

 ちょうど良い高さにデコがあったのが悪い。


「シューガを堕落させた者相手に、長々と話をするつもりはありません。シューガのもとへ案内してください」

「はっ、はい……」


 ゾルドの態度も当然だと、ヨハネスは受け入れた。

 元々が同一の存在で、二人に分かれて降臨したと聞いている。

 己の半身を堕落させたとあっては、その相手に厳しい態度を取ってもおかしくない。

 ヨハネスは、今までの事情からそう判断していた。


 まさか”話が長くなりそうだったから”などという理由だけで、デコピンされたなどとは思いもしない。

 神教庁のトップに、そのような事をする者は今までいなかった。

 まったくの想定外なので、ゾルドがそこまで浅はかだとまでは考えが回らなかった。



 ----------



「こちらでございます。ですが、ゾルド様がローマに近づいてきていると聞き、中に閉じこもってしまいました」


 ヨハネスに案内された場所は、五メートルほどの高さと幅がある黒檀の扉の前だった。


(やっぱり、仏壇みたいだよなぁ……。この扉は天神も一緒か)


 ロンドンにある魔神の部屋と同じ作りのようだ。

 扉を開くと、ゾルドの部屋と同じドアが現れる。


(開くかな……)


 ゾルドはドアノブを回す。

 ガチャリとドアが開いた。


「おっ、開いた」

「へっ」


 部屋の中から、間の抜けた声が聞こえる。

 きっとシューガの声だろう。

 ドアを開けると、ゾルドが声を掛ける。


「よぉ、俺」

「よぉ……。……えっ? えっ?」


 どうやら、シューガは事態を飲み込めていないようだ。

 掛け布団に包まり、目をひん剥いてこちらを見ている。


「なんで……、なんで……」


 驚きのあまり、言葉が出てこないようだ。

”なんで”と繰り返すばかりで、その後が続かない。


「そうだな。まず、ドアが開いたのは俺も驚いた。天神、魔神関係なく、神なら誰でも開けられるドアだったんだろうな」


 思わずゾルドはドアを見る。

 一度中に入った事がある者でなくとも、同じ存在という事で開けられるようになっているようだ。

 神教庁関係者は”あのドアが開いたから天神だと思っていたのに”と落胆の色を隠せない。


(ドアノブに指紋認証システムみたいな物でも搭載されているのか?)


 科学ではなく、魔道具みたいな物なのかもしれない。

 特定の魔力に反応するとか、何かがあるのだろう。

 だが、それを考えたところでどうしようもない。

 ゾルドはドアへの興味を失うと、シューガの方を向いた。


「そして、同じ顔をしているのは、同じ人間だからさ」


 そう言って、後ろ手にドアを閉める。

 ここから先は、あまりこの世界の人間に聞かせるべきではない事に触れる。

 ドアを閉めて、話を聞かれないようにしていた。


(まずは自分の事を話す方が良いだろう)


 そう思ったゾルドは、シューガに教えてやる事にする。


「俺も佐藤俊夫だ。魔神ゾルドって言った方がわかりやすいか」

「魔神……、なんで? 俺は天神?」


 シューガは今の展開に付いて行けないようだ。

 自分と瓜二つのゾルドが現れた事により、自分が何者かすらわからなくなっている。

 女遊びをし過ぎて、脳が退化したのだろうか?

 シューガは、ただ混乱するばかりだ。


「俺だって、どうなってんのかわかんねぇよ。……まさか、自分と同じ顔の奴が俺の部屋のベッドで布団に包まってる光景を見る事になるとは思わなかったぜ」


 ゾルドはやれやれと首を振った。

 シューガの事は自分の事でもあるのであまり酷い事を言いたくないが、ビビって布団に潜り込む姿は見ていて情けなくなった。

 立場が逆なら、自分があのみじめな姿を晒していたと思うとゾッとする。

 ゾルドは少し目を背けて、言葉を続ける。


「多分さ。俺達はパラレルワールドとかいうあれのなんかそう、別の佐藤俊夫なんじゃねぇかな。俺は魔神を選んだ佐藤俊夫、お前は天神を選んだ佐藤俊夫。俺達を戦わせる理由はわかんねぇけど、やんなきゃ日本に戻れそうにねぇ。悪いが死んでくれ」


 これはなんとなくだ。

 ゲーム開始時に”天神を倒せ”と表示されていた。

 シューガを倒せば、日本に戻れるような気がしているだけで確証はない。


 ゾルドには、もう1人の自分を殺す事のためらいはなかった。

 おそらく、同じ性格で、同じ人生を歩んで来たのだろうとは思う。

 だが、ゾルド自身ではない。

 自分とまったく同じというだけの別人だ。

 自分の人生や命と天秤に掛けてるまでもなく、その命は軽い。


「はぁ!?」


 シューガが布団から飛び起きる。


「ゲームだろ? なぁ、ゲームでAIのお前が俺の振りしてそう言ってんだろ?」


 だが、この状況を認められるわけがない。

 シューガはゲームのイベントでこうなっていると思い込んでいた。

 いや、そう思いたかった。

 今の状況を認めるには、時間が足りなかったのだ。


「違う……、って言っても認めらんねぇよな。良いか、俺の誼で教えてやったんだ。感謝されこそすれど、AI扱いされる覚えはねぇ。思い出のある部屋を汚したくない。表へ出ろ」


 家族の誼でも、友達としての誼でもない。

 自分自身の誼で情けを掛ける。

 こんな言葉”もう二度と口にしないだろうな”とゾルドは思っていた。

 しかし、シューガはゾルドの優しさを跳ね除ける。


「誰が出るか! この部屋が安全地帯とか、そういう設定されてるから殺せないだけだろ?」


 この世界がゲームの中だと思っていた時に、ゾルドが同じ事を言われたのなら同じ事を考えていただろう。

 この部屋から出そうとするのは、セーフルームとして設定されているからだろうと。


「ハァ、まったく……。親父とお袋に心の中で別れを告げて、外へ出て来い。俺の誼で十分だけやる。出て来なかったら、部屋が汚れようがここでぶっ殺す」


 そう言い残してゾルドは部屋を出て行った。

 ゾルドは人には厳しいが、自分には甘い。

 ゾルドの自分への甘さは、同じ佐藤俊夫であるシューガにも適用されたようだ。


 部屋の外に出ると、外で待っていた者達の注目を浴びる。


「ニーズヘッグ、カーミラ。お前らはシューガが部屋の外に出たら、神教庁の奴らと一緒に広場に連れて来い」

「ハッ。……しかし、我らで大丈夫でしょうか?」


 ニーズヘッグは心配そうな顔をする。

 仮にも相手は天神だ。

 邪竜の自分が抑えられるのかが不安なのだ。

 その姿を見て、ゾルドは笑う。


「言っただろ? あいつは俺だ。それも昔のな」


 ニヤリと笑みを浮かべると、ニーズヘッグは理解したと笑みを返す。


「なるほど、それならなんとかなるでしょう」


 彼はロンドンを追い出される時のゾルドを思い出した。

 魔神であるにも関わらず、ニーズヘッグに襲い掛かる事なく右往左往していた。

 あれは戦う力も気力も無かったからだ。

 今のシューガも、あの時のゾルドと同じ。

 もしかしたら、十年以上ハーレムに入り浸っているので、ゾルドより酷いかもしれない。

 連行するだけなら、問題は無さそうだとニーズヘッグは思った。


「でも、なぜ広場なんですか? ここで戦っても良いと思うのですが……」


 カーミラが質問した。

 ゾルドにはゾルドの考えがある。

 だが、それを口にした事は無い。

 だから、彼女は疑問に思ったのだった。


「これが最後だ。最後の戦いが、誰の目にも映らないところでやるのも寂しいだろ? 俺の戦い振りを、アルカードとかにも教えてやれよ」


 ゾルドはカーミラに生ませた子の名前を出す。


「はっ、はい」


 カーミラは子供の事を忘れられていないとわかり、嬉しそうな表情をする。

 彼女もゾルドを追い出した側。

 怒りを買っているのはわかっているが、子供には優しくして欲しいと思っている。

 なのに、子供への土産話を作ってくれるという。

 彼女はゾルドの優しさに、純粋に喜んでいた。


 しかし、実際は違う。


 先ほどのシューガの様子を見て、ゾルドは勝ちを確信した。

 今の自分はホスエの特訓を経て、自信を身に付けている。

 さらに、一つだけ魔法を覚える事ができた。

 しかも、天神用の魔法をだ。

 ならば、後は公開処刑するだけだ。


 ――恰好良くシューガを殺し”さすがゾルド様だ!”と喝采を浴びる中、日本へ戻る。


 ゾルドは勝利を確信したので、欲を出していた。

 どうせなら、最後くらいは恰好良く締めたい。

 最後の最後で、ゾルドは調子に乗ってしまったのだ。


「もし、出て来なければどうしましょう?」

「出て来るさ。あいつは俺だ。その事はわかっている」


”処刑されるくらいなら、最後にあがいてやる”と、シューガが戦う事を選ぶのはわかっていた。

 戦う準備をせず、ただ一方的に殺されるよりはマシだからだ。


「かしこまりました。では、後ほど」

「頼んだぞ」


 ゾルドは先に広場へ向かっていった。



 ----------



 ゾルドはトイレを済まし、砂糖と塩、レモン水で作ったスポーツドリンクを飲んだりして、準備を整えていた。

 準備を万全にして、迎え撃つ用意はできた。

 あとはシューガが来れば、全てが終わる。


 広場の壁際には、多くの者達が結末を見届けようと立っていた。

 ゾルド側の者達は期待を籠めた表情で。

 そして、シューガ側の者達は不安に満ちた表情をしていた。


 しかし、一部の者はゲルハルトやビスマルクと接触を持とうとして話しかけている。

 戦いが終わった後の事を見据えて、自分の立場を少しでも確保しようというのだろう。

 沈みゆく船から逃げるのは理解できるが、船員が真っ先に逃げようとしているのだ。

 話しかけられている方は、露骨に嫌な顔をしていた。

 魔族に話しかけるほどの勇気は無かったようだが、臆病な姿がよけいに反感を買っていた。


 そろそろ、イラつきで誰かが殴り始めると思い始めた頃。

 広場の周囲から聞こえるざわめきが大きくなる。

 それは段々と大きくなっていき、その元凶がゾルドにも見える場所までやってきた。


 ――シューガだ。


 ニーズヘッグとカーミラに両手を抑えられ、引きずるように連れられている。

 やはり、部屋を出るまでは”戦って生き残ってやる”と思っていたようだ。

 だが、部屋を出てからビビってしまったのだろう。

 部屋に戻ろうとしたところを、ニーズヘッグ達に腕を掴まれて連行される事になったのだと、ゾルドは見抜いていた。


(これならあいつらにボコボコにしておいてもらって、トドメだけ刺す方が良かったかな)


 ゾルドはそんな事を考えるが、すぐにその考えを追い払った。

 さすがにリンチをすれば、カズコ達が”約束が違う”と襲い掛かってくるかもしれない。

 こうして一対一で戦えるだけで満足するべきだ。


「無様だな」


 ゾルドは広場の中央まで連れて来られたシューガに言い放った。

 後は屠殺場に連れて来られた家畜のように処刑するだけ。

”仮にも俺なんだから、少しは良いところを見せてくれよ”と、余裕を持ってシューガを見下していた。


「お前ら裏切りやがって! この……、ええっと……。そうだ、カズヨ! シロー! お前ら俺の子供なら、魔神の足止めくらいやってみせろ!」


 シューガはゾルドの言葉に答えなかった。

 まだ、子供達に戦わせて、ゾルドの力を削ぐ事ができないかと考えている。

 往生際の悪さはゾルドと同じだが、それが望んだ結果になる事はなかった。


「私はカズコです! カズヨなんかじゃありません!」


 カズコはシューガが言った事を訂正した。

 涙を流しながら……。


 ――もう少しだけ、優しければ……。

 ――もう少しだけ、やる気を見せてくれれば……。

 ――もう少しだけ、家族を顧みる事があったのならば……。


 カズコは迷わずにシューガの味方をしていただろう。

 何一つ良い所のないシューガに情けなくなり、カズコは涙が止まらない。


「ヨハネス、なんとかしろ! 魔族だ、魔族が一杯いるぞ! 神教騎士団が魔族や魔神を倒すんだろ? 早くやれよ!」


 シューガは広場の壁近くにいる魔族を指差す。

 魔族が千年前の約定を破り、ローマにまで来ている。

 神教騎士団が倒すべきだろうと主張する。


「私達も……、正直なところ疲れました。あとはご自分でなんとかしてください」


 ヨハネスは、まるで浮気性の亭主に疲れた妻が言うような台詞を返した。

 それだけシューガにうんざりしていたのだろう。

 自分に責任がある事は理解している。

 それでも、鬱陶しい男から解放されて、晴れ晴れとした表情をしていた。

 この後で自分がどうなるか心配するよりも、今はこの解放感を満喫していた。


「誰かっ! 誰かいないのか! 俺は天神で、こいつは魔神だぞ! こいつを倒せ! 俺を守るんだよ!」


 シューガは喚くが、誰一人として動こうとしてくれない。

 それを見て”完全に見放された”と、ようやく気付く。

 堂々と立っているゾルドとの対比で、その矮小さが際立っている。

 顔が同じでなければ、元が同じ存在だと誰も思わなかっただろう。


「畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、ちくしょぉぉぉぉぉぉ! やってやらぁ!」


 シューガはやけになった。

 背中に背負った剣を抜き、先制攻撃を仕掛けようとした。

 しかし、剣が長いので鞘から抜けない。

 初めて剣を使おうとしたゾルドと同じ事をやっている。

 その姿を見て、ゾルドは笑った。


「馬鹿だな。こうするんだよ」


 ゾルドは背中の剣を上手く抜いてみせる。

 これだけは練習で上手くできるようになっていた。


「うるせぇよ! てめぇに教えてもらわなくても、こうすりゃいいんだ!」


 シューガは鞘を吊るしている肩紐を外し、剣を鞘から抜く。

 かつてゾルドが思いついた方法を、シューガも思いついたらしい。

 その姿を見たゾルドは、とある名言を思い出した。


「ほう、鞘を捨てたな? 鞘を捨てたって事は……。なんだっけ?」

「そういう、うろ覚えで適当言うところがムカつくんだよ!」


 シューガが剣を振り下ろす。


「おっと」


 素人丸出しの大振り。

 たったその一振りで、見ている者達にゾルドの勝利を確信させた。


「いきなりじゃないか。なら、こっちも!」


 ゾルドは横に薙ぐ。

 その剣筋を見て、周囲の者達は呆気にとられた。


 ――ゾルドもド素人だ。


 結局、ホスエの指導が実を結ぶ事はなかった。

 ド素人丸出しの二人が、攻撃を避けながら反撃を仕掛ける。

 まるで、喧嘩慣れしていない男二人が鉄パイプで殴り合うようなもの。


 当たると痛いというのはわかっているので、腰が引けたまま剣を振り合う。

 二人の顔は真剣そのものだったが、それに反比例して、周囲の者達の熱は冷めていく。


”神の最終決戦がこんなものか”


 例外なく、皆が落胆していた。

 いや、ゾルドの剣の腕前を知っている、ホスエ、テオドール、ラウルの三人だけは”こんなもんだよな”と平静を保っていた。


「――その刹那、剣と剣がぶつかり合う。その激突音は見ている我らの臓腑までも震わせ、鍔迫り合いによって飛び散る火花はまさに閃光。剣による戦いとは思えぬほどの迫力を――」


 この戦闘の記録係の者が、少々・・ばかり脚色する。

 ありのままに伝えると、神の権威を失墜させる事になってしまうからだ。


”そもそも、どう見えたかは見た者の主観だから嘘ではない”


 それが記録係の言い分だった。

 自分の心にそう言い聞かせて、筆を走らせていく。

 周囲の者も、彼を止めようとはしなかった。


「貰ったぁ!」


 最初に好機を得る事ができたのはゾルドだった。

 ほんのわずかであっても、努力をしてきた分の差がここで現れたのだ。

 ゾルドの剣が大きく腹を薙ぎ払う。


「ぐわっ」


 剣は天神のローブを切り裂き、シューガを大きく弾き飛ばす。

 だが、その時の感触にゾルドは違和感を持った。

 少なくとも、切るという感触ではない。


 シューガを見ると、ローブの破れた部分から白い布が見える。

 何かを体に巻き付けているようだ。


「それって……、ベッドのシーツか!」


 神の部屋にある物は破壊無効属性でも付いているのか、壊す事ができない。

 あの部屋の物を体に巻き付けているという事は、少なくとも胴体を切断する事ができないという事だ。

 ローブの下、どこまであの部屋の物を身に付けているのかわからない。

 致命傷を負わせたければ、首から上を狙わなければならなくなってしまった。


「卑怯だぞ!」


 当然、ゾルドは抗議する。


「卑怯? だからなに? 最後に生き残った奴が正義だろうが!」


 体を真っ二つにされなくとも、剣を叩きつけられて打撲の痛みはある。

 こうして話している間に、シューガは体が痛みを治していた。

 もちろん、魔法ではなく自然治癒能力でだ。


(よし、これならいける)


 ダメだった場合を考えると、防具として有効かをわざと攻撃を受けて試す気にはなれなかった。

 先に攻撃を食らったとはいえ、シューガは破壊無効属性が部屋の外でも有効なのを確認し、この戦いに勝てると思った。


 ――泣きながら掴んでいたベッドのシーツ。


 まさか、こんな物が逆転の切り札になるとは思わなかった。

 ゾルドが勝ったと確信し、油断したせいでもある。


「さぁ、今度はこっちの番だ!」


 シューガが反撃に移る。

 痛みはあるが、シーツのお陰で簡単には死なないとわかった。

 しかも、ゾルドの反応からして、魔神のローブの下には特別な物を身に付けていないようだ。

 自分だけイージーモードで戦える。

 強気になった分、腰が引けていた剣筋も鋭くなった。


 一方のゾルドは、より一層弱腰になった。

 シューガに一撃を加えても致命傷にするのは難しい。

 ローブの下に、部屋の物を身に付けているかもしれないからだ。

 狙えるのは頭と指貫きグローブで守られていない指先。

 当然、頭や指先は当てにくい。

 自然と防御一辺倒になってしまった。


(クソッ、余裕勝ちだったはずなのに!)


 後悔しても、もう遅い。

 切り札の魔法があるが、ゾルドが魔法を使うには少し集中する時間が必要だ。

 剣で切り結んでいる最中に使えるほど、魔法を使いこなせるわけではなかった。

 余裕ぶってシューガを舐めきったせいで、窮地に陥っていた。


「どうした? 余裕が無くなってんじゃねぇか」

「うるせぇ! てめぇの頭をかち割ってやるよ!」


 ゾルドはシューガに言い返すが、実際に頭を砕く状況にまで持っていけそうにない。

 シューガもゾルドと同じスキルを取っているはず。

 スタミナ切れを狙うのは無駄だろう。


(なら、別の方法で隙を作れば良い)


 シューガは知らない。

 ゾルドが切り札を持ち合わせている事に。


「なぁ、俺達で世界を分け合わないか?」

「お前を殺せば日本に戻れるかもしれないだろ? ここでお前を殺せば全部俺のもんだ。分け合う物なんて何にもねぇよ」


 ゾルドは世界を分け合おうと提案した。

 だが、その狙いはシューガに見抜かれている。

 攻撃の手が止まらなかった。


「時間を稼いで何かするつもりなんだろ? お前に時間なんてやらねぇよ」


 攻撃が激しくなる。

 縦に、横に、斜めに。

 剣を思い切って振り続ける。


「ま、待て。タイム」


 ゾルドが左手を突き出し、攻撃をやめるように言う。

 当然ながら、シューガは剣を止めず、ゾルドの左手首から先を切り落とした。


「ぎゃああああああ」

「キャアアアアアア」


 ゾルドは痛みで叫ぶ、

 そして、周囲で見学していた者達も悲鳴をあげる。

 特に赤子を抱いた女の声が、ひと際大きかった。


 ゾルドは血が噴き出す腕を振る。

 その時、シューガの目に血が入った。


「血が……。クソッ、こんな時に」


 シューガは目をこするが、血が取れそうにない。


「そうだ!」


 今まで事後やトイレでくらいしか使わなかった洗浄のペンダント。

 今、ここで使うべきだとシューガは気付いた。


「【クリーン】」


 魔法を唱えると、目の違和感がすぐに無くなる。

 何度かまばたきをしたシューガの視界に移ったのは、ゾルドが剣を地面に刺し、右手をこちらに向けている姿だった。


「【通勤電車の悪夢ナイトメアオブトレイン】」

「ま、魔法!?」


 シューガは咄嗟に剣と両手で頭を守る。

 ……しかし、何も変化がない。


「不発か。お前も俺だ。どうせ魔法適正を――」


 ギュルルルルルル、ゴロゴロゴロゴロ――


(これは……)


 シューガは”ヤバイ!”と直感的に感じた。

 本能的に括約筋へ全ての神経と力を注ぎ込む。

 だが、それで耐えられたのは一瞬の事。


「オロロロロ」


 嘔吐した瞬間に尻の力が抜け、白いローブやズボンが茶色く染まっていく。


「キャアアアアアア」


 また周囲から悲鳴が聞こえる。

 今回は、全ての者が悲鳴をあげていた。

 特に、シューガの背後にいた者達は金切り声で叫んでいる。

 尻から下が茶色に染まっていくのを、ダイレクトで見てしまったからだ。


「お、お前……」


 シューガはあまりの腹痛と吐き気で急に体の力が抜け、ゲロの海に倒れ込む。

 ゾルドは切り落とされた左手を腕に付けながら、シューガを冷めた目で見降ろしていた。


「どうだ? よく効くだろ? お前が呑気に女と遊んでいる間、俺は泥に塗れて生きて来たんだ。最後くらい、その苦しみを味わってくれよ」


 ゾルドがシューガに使った魔法。

 これはこの世界に来てすぐ味わった、愚者の実で腹を壊した時の苦しみを倍増したもの。

”シューガも状態異常無効を付けていないはずだ”と思った時から練習していたものだ。

 ベリヤンによって提供された逮捕者を使い、多くの犠牲者を出しながら身に付けた魔法だ。

 わざと腕を切らせたのも、血をシューガの顔に浴びせて時間を作るためだった。


「そんな……、こんなの卑怯だろ……。……この外道! ……悪党!」


 シューガは地面に這いつくばりながら、文句を言った。

 それしかできなかったのだ。

 もう口を開くのも辛い。

 だがそれでも、言っておかねばならなかった。

 こんな終わり方を認めたくなかったからだ。


「外道? 悪党? だからなに? 最後に生き残った奴が正義だろうが!」


 先ほどシューガに言われた事を言い返す。

 歴史は勝者が作る物。

 堂々と戦い、ゾルドが勝った事にしておけばいい。


「じゃあな」

「ま、待て。タイム」


 シューガが何かを言っていたが、ゾルドは待たなかった。

 時間を得た事でゾルドは一気に有利になったのだ。

 時間を与えて、反撃の機会を与える必要はない。


 繋がった左手も使い、両手を使ってシューガの頭に剣を振り下ろす。

 シューガの頭が、グシャリと潰れる。

 切るというよりは、叩き潰すという感じになった。

 ゾルドの勝利に歓声が上がる。


(これで、終わりなんだよな? HP制で攻撃し続けないといけないとかあるのか?)


 不安を覚えていたゾルドだが、シューガの体が光の粒子となって崩れていく。

 そして、その光がゾルドの体を包み込んでいった。


(あぁ、わかる。わかるぞ! 家への帰り方が!)


 ゾルドはシューガを倒し、真神としての力を得る事ができた。

 同時に神としての力の使い方も直感的に理解し始めていた。。


「えっ?」


 真神としての力を得て、ゾルドは膨大な知識量に戸惑っているのだろう。

 周囲を見回している。


「……誰だ、お前?」


 ゾルドは周囲を見回すが、歓声を上げている者ばかりで――


「いや、お前だよ」


 …………。


「俺を……、見てんのか?」


 おい、何かおかしいぞ。


「おかしいのはお前だろ」


 おい! 真神のパーミッションが管理者権限になってるぞ!

 誰だよ、こんな設定したの!

 早く直せよ!


「なんだ、ここは……。放送局か何かか?」


 ゲェッ!

 警報だ、警報を鳴らせ!


「そうか、そうだったんだな。本当は誰でも良かった。けど、俺にやらせた方が面白そうだったから、意識を操ってあのクソゲーを手に取らせたと……。とんだピエロだ」


 おい、パーミッションの変更まだか!

 ダメです、ゾルドに権限を制限されました。


「ハハハ、なんてこった。俺が苦しんだのも、ぜーんぶお前らを楽しませるためか」


『放送エリア、ロックアウト。時空の断裂、実行。放送エリアをパージします』


 おい、待て。まだ俺達がいるんだぞ。

 クソッ、見捨てやがった。


「うるせぇな。お前ら死ねよ」


 待て、ゾルド!

 そうだ。俺達は生かしておいた方がいいぞ。

 情報だって必要だろ?


「必要な情報は、もう俺の頭の中に入ってんだよ!」


 ゾルド、待て!


「それに、俺はゾルドじゃねぇ! 俺は俊夫。佐藤俊夫だ! 俺を呼ぶときに、ゾルドなんて名前で呼ぶんじゃねぇ!」


「おい、今こっち見てる奴! 他人事だと思ってんじゃねぇだろうな」


「俺は俺を笑い者にした奴を許さねぇ。これからぶっ殺しに行くから、首を洗って待ってろ!」


「お前を殺すのは、この俺。佐藤俊夫だ! 俺が殺しに行く時まで、怯えて震えていろ!」






プロローグで”全て自己責任での閲覧をお願い致します”と書いている通り、皆さまの元に佐藤俊夫が現れても当方は一切関知いたしません。

時空の果てから皆様の前に佐藤俊夫が現れても、ご自分で対処をお願い致します。

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