第159話 最終決戦

 三日目。

 ジョヴァンニは双方の陣地から中央の地点、テーブルが置かれていた場所まで来ていた。

 ゾルドと話をしたいと使者を出していたので、ゾルドもいる。

 とりあえず、シルフによる声の拡散も行っている。


「何か決まりましたか?」


 ゾルドは穏やかな表情で問い掛けた。

 戦う事になるとしても、丁寧な姿勢を示す事で相手の剣先を鈍らせる事ができるかもしれない。

 ほんのわずかであっても、勝利に導くための布石を打っておこうという考えだ。


「正直なところ、意見が割れている。そして、意見が割れているからこそ、戦えない。全てを神の手に委ねようと思う」


 ジョヴァンニの言葉で、ゾルド側の陣地から歓声が沸き起こった。

 神教騎士団が戦う事を諦めたという事は、実質的な勝利だ。

 圧倒的に不利だったはずの魔神側陣営が、天神シューガの喉元に剣を突きつけるところまで来れた。

 あとはゾルドに全てを委ねるだけだ。

 一騎打ちになれば、ゾルドならきっと勝ってくれると信じているからこそ、勝利を確信していた。


「ありがとうございます。無益な血を流さずに済みました」


 ゾルドがジョヴァンニと握手をしようと手を差し出す。

 だが、ジョヴァンニはその手を取らなかった。


「いえ、ここで一人分の血が流れます」


 ジョヴァンニが腰に下げた杖を手に持ち、魔力を流す。

 周囲の草木がざわつき、圧倒的な威圧感にゾルドは圧し潰されそうになる。


「私は枢機卿としてシューガ様のお傍で仕えた事もある。我らがシューガ様を堕落させたというのならば、その責任は私にもある。せめて私だけでも戦い、殉ずる事で禊とする。申し訳ないが、付き合ってもらおう!」


 死を持って責任を取ろうとするジョヴァンニ。


(死にたいなら一人で死んでろよ!)


 その行動は、ゾルドにとって迷惑でしかなかった。

 ここで”ゾルドは弱い”という事がバレてしまったら大事だ。

 通させてくれるという事も取りやめになり、戦闘になるかもしれない。

 最後の最後で迷惑行為をしてきたジョヴァンニにイラついてしまい、ゾルドは思わず平手打ちをしてしまう。

 ちょっと力が強すぎたのか、ジョヴァンニはその場に倒れ込んでしまった。


「いきなり何を!」

「それはこっちのセリフです!」


(やっべ、どうしよう……)


 とりあえず、ジョヴァンニの胸倉を掴み、力尽くで立たせながら説得する方法を必死に考える。


「ここで死ぬっていうのは逃げです!」

「……逃げ?」

「そうです」


(何がそうかは知らねぇけどな)


 ゾルドは興奮を抑える振りをして、何度か深呼吸をする。

 その間に言い訳を考えていた。


「あなたはシューガを堕落させた一因が自分にもあると思っている。そうですね?」

「その通り」


 この点に関しては、否定するつもりはない。

 ジョヴァンニは素直に認めた。


「ならば、結末を見届ける責任がある。これから私とシューガの戦いがどうなるのか見届ける事なく、ここで死んでしまおうというのは無責任過ぎます」

「それはっ!?」


 ――シューガのために殉死する。


 その事しか頭に無かったジョヴァンニにとって、ゾルドの言葉は衝撃的だった。

 死ぬと決めた時から、他の事は頭に浮かばなかったからだ。


「どうか生きてください。そして、責任を感じているのならば、その罪をより良い世界を作る事で贖ってください。それがあなたへの罰です」

「ゾルド……、様……」


 ジョヴァンニは己の未熟さを嘆いた。

 ただ”生きろ”と言うのではない。

 生き残る事の理由まで与えてくれた。

 この時、初めて”ゾルド様”と口にした事に彼は気付いていなかった。


 ――器が違う。


 その事に気付き、自然とジョヴァンニは涙した。


「わかってくださいましたか?」

「はい……、はい……」


 ジョヴァンニからは威圧感が消え、同時に戦意も消え去ったように見えた。


(ちくしょう、危ねぇ奴だな。もうちょっとで計画が崩壊するところだった)


 綱渡りのような計画だった事を、ゾルドは思い知らされた。

 元々危険な計画だとはわかってはいたが、まさか捨て身の覚悟の魔法使い一人で崩壊させられそうになるとは思ってもみなかった。

 ナナミの事といい、ローマまで無事にたどり着けるのか、段々と不安になっていく。


(まぁ、なんとかなるだろ)


 別にローマまで一人で行くわけではない。

 周囲にはホスエやジャックがいる。

 彼らが盾になってくれれば、命の危険はないはずだ。


「さぁ、ジョヴァンニさん。涙を拭いて。皆が見ています」


 ゾルドはハンカチを差し出した。

 それを受け取り、ジョヴァンニは涙を拭く。


「先ほどの事は私の独断専行。他の者は関係ありません。罪に問うのであれば、私だけでお願い致します」

「もう罪は償いましたよ」


 謝るジョヴァンニの頬を指差す。

 戦いを始めようとした罪も、ビンタ一発で許す。

 その事に、なおさらジョヴァンニは感じ入る。


「争いを長引かせると苦しむ人が増えるだけです。全てを終わらせる最後の戦いへと向かいます。宜しければ、ローマまで先導してくださいますか?」

「はい、お任せください」


 もとより、ゾルド達だけでローマへ向かわせるつもりは無かった。

 念のために騎士団員も同行させる予定だったのだ。

 そこに死ぬつもりだった自分が加わるだけ。

 さほどの違いはない。


 神としてではなく、人としての器も違う。

 その事を自分で確認したジョヴァンニの表情は、少し晴れやかなものとなっていた。



 ----------



 ローマへ向かう道中、ゾルドの乗る馬車にはレジーナだけではなく、ジャックとカズコも同乗していた。


「これが僕の宝物なんだ」

「……そのナタが?」


 何の変哲もないナタを抜いたジャックが、カズコに刀身を見せる。

 ゾルドの息子で、魔族の王が宝物にするにしてはみすぼらしい。

 宝物だと言われても、カズコは首をかしげてしまう。


「そうだよ。パパと離れ離れになる時に、寂しくないように貰ったんだ」


 カズコの視線はゾルドへと向かう。

 どういう品物なのか説明しろという事だろう。


「そのナタは、私が冒険者をやっていた時に初めて買った物です。普段身に付けている物が欲しいと言われたので、そのナタをあげたんですよ」


 この口調は面倒だったが、シューガと対峙するまでは仕方が無い。

 我慢してカズコの居る間は使う事にしていた。


「えっ、本当に冒険者をやっていたんですか!?」


 カズコはナタよりも、冒険者の方に食いついた。

 それもそうだろう。

 神が肉体労働者として働いていたなど、信じられる者などいない。

 ゾルドが冒険者だと聞いた事はあったが、肩書きだけだと思っていたのだ。


「シューガも食事をするでしょう? 私もそうです。食事やホテル代を稼ぐ必要がありました。それに、この世界の事を知るには高見から見下ろすのではなく、社会に参加した方が良く知ることができるだろうと思って、冒険者として活動していました」


 確かにゾルドは、良くも悪くもこの世界の事をよく知る事ができた。

 だが、それは望んでの事ではない。


「では、ポート・ガ・ルーに派遣された騎士団員が死亡したのは、あなたがやったんですか?」


 この機会に、疑問をハッキリさせておこうと思ったカズコがゾルドに尋ねる。

 魔神発見の報告をしたのが、ゾルドという名の冒険者。


「いいえ、違います。私は道案内をした後、セーロの葉を集めていました。葉を集め終わって騎士のいたところに向かうと、すでに全員死んでいました。おそらく、私を探しに来た魔族と交戦したのではないかと思います」

「そうだったんですか」


 当時、神教騎士団が派遣された理由が魔神の捜索だった。

 なので、魔族ではなく、魔神に殺されたと派遣された部隊の指揮官が判断したのだろう。

 カズコはそう思った。


 いくらなんでも、自分で殺しておいて魔神に殺されたと報告に行くような馬鹿な真似はしないはずだ。

 自分でやっておいてそんな事が言えるのは、頭がおかしい奴に決まっている。


「その前に、ジャックの母親と出会ったんですが……。ハーピーって妊娠期間どれくらいになるのかな?」


 ゾルドはレジーナに聞いてみた。

 過去の女の話を振るのは無神経だが、魔族に関してはこの中で一番詳しいのは彼女だ。

 ニーズヘッグにでも聞ければよかったのだが、別の馬車に乗っている。

 だが、レジーナは嫌そうな顔をせずに答えた。

 今、ゾルドの横に居るのは自分だという事実があるので、それくらいでは動揺したりはしない。


「相手にもよりますが、長くても半年掛からないと聞いた事があります」

「そうですか……。ならば、ジャックはカズコのお兄さんという事になりますね」


 カズコはどう見ても人間の子供。

 ならば、ジャックの方が早く生まれたのは確かだ。


「そうなんだ。それじゃあ、一杯弟や妹ができるね」

「千人くらいいるそうなので、名前を覚えるのも一苦労ですね」

「あの、全員で三千人を超えるんですけど……」

「えっ」


 カズコ以外の者達が驚く。


「三千人?」

「はい」


 驚いたゾルドが聞き直すが、やはり間違いではないようだ。

 子供の数だけで、小さな町一つ分もいるとは思いもしなかった。

 この世界に来て、大体十五年。

 毎年、二百人以上産ませている計算になる。


(妊娠しない女もいる事を考えれば、三百人以上の女とやり放題か……。しかも、飽きたら交換しているみたいだし、累計で千人以上の女のいるハーレム……。くそっ、羨ましい)


 ゾルドがロンドンに居た頃は、各種族から一人ずつ女を提供させていた。

 それでも数十人といったところだ。

 女を集められるというふざけた行為であっても、やはり神教庁の力は強大だったようだ。


「痛っ!」


 いつの間にかレジーナが手の甲の皮をつねっている。


「羨ましいとか思ってたんでしょ」


 付き合いが長いだけに彼女の勘は鋭く磨かれていた。

 三千人の子供がいるという事は、母親もかなりの数になる。

 そんなにたくさんの女に囲まれた生活なら、ゾルドが惹かれないはずがない。

 ゾルドがシューガを羨ましがっていると確信を持っていた。

 嫌な信頼関係である。


「そんな事はありません。私はレジーナ一筋。私の腕の中はあなただけで満杯だと、いつも言っているじゃないですか」


 ゾルドはレジーナの方を向くと、カズコから見えないようにウィンクをする。

 それでレジーナは気付いた。


「あっ、そうね……。ごめんなさい」


 ――ゾルドが女好きだというのを黙っているようにと注意されていた事に。


 ゾルドがシューガとは違うという事を強調するために、もっとも特徴的な女好きの部分を隠す必要があった。

 その隠すべき相手であるカズコが目の前にいるのだ。

 ゾルドが女にだらしないと言われて、カズコ達に思い直されたりすると厄介な事になる。


 チラリとカズコの方を窺うが、……何も問題無さそうだ。

 ゾルドを疑う様子など無かった。

 むしろ”夫婦喧嘩をするほど二人の仲が良いのだ”と思っていた。


 シューガに”だらしない”とか注意する者はいなかった。

”嫉妬したり、その感情をぶつける事ができる人なんだ”と、ゾルドの株が上がっているくらいだった。


 一度良い感情を持ってもらえれば、ほとんどの行動を相手には好意的に取ってもらえる。

 カズコもゾルドに良い感情を持っていたので、仲の良い夫婦喧嘩程度で受け取ってもらえた。


(さっさとシューガを殺さないと俺が持たないな)


 ナナミの件、ジョヴァンニの件。

 そして、今回の件。

 いつ地雷を踏み抜くかわからないギリギリの状況が続いている。

 このままでは神経がすり減ってしまう。


 別の話題に切り替え、雑談をしながら早くローマに着いてくれと祈るしかなかった。



 ----------



「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ! コラァ!」


 シューガが中身の入った酒瓶を神官の頭に叩きつける。

 殴られた神官は頭部を強打されたせいで、痙攣しながら床に倒れた。


「何が一騎打ちだ! もし、俺が負けたらお前らの負けになるんだぞ! クソガキ共が、裏切りやがって! あぁぁぁ! ちくしょぉぉぉぉぉぉ!」


 テーブルに手を叩きつけて壊し、椅子を壁に叩きつけ破壊する。

 勝てると思っていたのに、自分で戦えと言われ、シューガは狂乱していた。


「シューガ様、落ち着いてください」

「落ち着け? 落ち着いたら裏切者共が死ぬのか? どうすんだよ、この状況をよぉ!」


 教皇であるヨハネスが落ち着かせようとするが、それは火に油を注ぐ結果となった。

 根拠も無く、落ち着かせようとしても無駄だ。

 落ち着かせたいのなら、それに必要な何かを用意する必要がある。


「そうだ、ガキならまだいるじゃねぇか。あいつらを戦わせりゃいいんだ!」


 シューガは七歳未満の子供達を戦わせる事を思いつく。

 中には魔法を使える子供もいるので、戦えないという事はないだろう。


「ローマに残っているお子様はまだ幼過ぎます。戦わせようにも、まだ戦いが何かとも――」

「じゃあ、お前が戦えよ!」


 人に言う前に自分が戦おうとしろと返されそうだ。 

 だが、無茶を言われるのに慣れたヨハネスは言われるがままになっている。


「もちろん、役に立つのならば戦いたいところですが……。戦闘訓練を受けていない我らでは時間稼ぎにもならないかと思います」

「時間稼ぎになるかどうかじゃねぇんだ。やれよ! ったく、役に立たねぇな! これも神の試練だ。乗り越えてみせろよ!」


 シューガは怒鳴りつけると、そのまま部屋を出て行く。

 ヨハネスはその姿を今にも泣きそうな顔で見送った。


「大丈夫か?」


 まずは中身入りの酒瓶で殴られた神官を魔法で治す。

 その最中も”こんなはずではなかった”という思いが胸を締め付ける。


 ――カズコ、ジョヴァンニ、ピエトロ。


 三人からの手紙を読む限り、シューガがこうなってしまったのは自分達のせいらしい。

 理不尽な事も神の試練だと思い、なんでもかんでも言う事を聞いたせいで神を堕落させてしまった。


 しかも、それだけではない。

 神を正しい方向へ導けたかどうかの違いのせいか、二人は正反対の性格になっているそうだ。


 ――天神シューガは色欲に溺れ、まるで魔神というべき存在に。

 ――魔神ゾルドは慈愛に満ち溢れ、まるで天神のような存在に。


(どうしてこんなことに……)


 理由はわかっているが、それでも考え込んでしまう。

 誰がわかっただろうか?


 ――神の導きに従うのではなく、神を導かなくてはならなかったなど。


 シューガが天神の像の中から現れるという、神秘的な降臨の仕方をしていなければ、別の道もあったかもしれない。

 神が降臨し、その神々しい魔力の波動を目撃したせいで思考が停止してしまった。

 もし、ヨハネスが有能な魔法使いではなく、ただの天神教徒であったならば惑わされる事も無かったはずだ。

 能力があるからこそ、シューガの魔力で盲目の羊と化してしまった。

 本来ならば羊飼いとして、羊を誘導せねばならない立場だった事を考えれば皮肉な事だ。


「教皇猊下、どう致しますか?」


 その場に居合わせた神官達がすがるような視線でヨハネスを見つめている。

 シューガが頼りにならない以上、ヨハネスしか頼れる者がいないのだ。


「カズコ様だけではなく、神の子一同の答えが”神の手に委ねよう”というものでした。……私も神の手に委ねようかと思います」


 その決定を止めようとする言葉は聞こえなかった。

 現場の騎士達とは違い、シューガと身近で接するからこそ、シューガへの信仰心は完全に失われていた。

 確かに甘やかしたのは自分達の責任かもしれない。

 だが、それを考慮しても調子に乗り過ぎていた。

 正直なところ、心の中で”天罰だ”と考えている者すらいる。


 どこか他人事なのは、ゾルドが勝っても上手く取り入る自信があるからなのだろう。

 しかし、ゾルドが勝敗が決まってから転向した者を優遇すると思っているのは甘すぎる。



 ----------



「クソッ、クソッ、クソッ!」


 シューガは天神の部屋で物に当り散らしていた。

 この部屋は物が壊れないし、部屋に入り直せば元通りになっている。

 力任せに物を投げ飛ばしたりするには最適だった。


「ちくしょぉぉぉぉぉぉ! なんでだよぉぉぉぉぉぉ!」


 それに防音も完璧。

 どれだけ無様に泣き喚いても、誰かに聞かれる心配はない。

 好き放題に叫べる場所だ。


 今、シューガは後悔している。


「騙された、騙されたぁぁぁ!」


 ヨハネス達が”神教庁ならば、魔神を見つける事も倒す事も可能です”というから、それを信じて任せきっていた。

 信じて任せていたのに、その結果が今の状況だ。

 全てヨハネス達が無能なせいだ。

 あんな奴に仕事を任せた自分が恨めしい。

 シューガはベッドに顔を埋めて、布団を被る。


「なんで、なんで俺がこんな目に!」


 この世界は天神が勝利した世界。

 二代目天神として、その地位は安泰のはずだった。

 だから、安心してRPGではなく、エロゲーとして楽しんでいた。

 それが、いきなりラスボス戦に突入するという。


「時間制限付きなら早く言えよ! ノーヒントでそんなのわかるはずがないだろ!」


 シューガは足をバタバタさせる。

 布団の中で苦しみ悶えるのが彼にできる精一杯だ。

 ヨハネス達を殺しても良かったのだが、盾になってもらわなくてはならない。

 殺せば気が晴れる程度だが、生かしておけば盾に使える。

 その程度は、女に溺れていても判断はできる。


(まぁ、この部屋にいれば大丈夫だ。俺以外ドアを開けないようだしな)


 シューガは天神のローブの内ポケットがアイテムボックスになっている事に気付いていた。

 なので、念のために数年分の食料を入れてある。

 この部屋で籠城して、状況が好転するのを待つ予定だ。


(どうせ、人間と魔族が仲良くできるはずがない。すぐに仲違いして殺し合うさ)


 シューガは楽観的な考えをしていた。

 そうでもしないと、心が耐えられそうに無かったからだ。

 今まで楽しい生活を過ごしていただけに、ストレスから逃げようと現実逃避する必要があった。


 だが、無情にも現実は追いかけて来る。

 ガチャリとドアが開く音が聞こえた。


「おっ、開いた」

「へっ」


 誰にも開けられないはずのドア。

 それがあっさりと開けられた。

 ゆっくりと、ドアが開かれる。


「よぉ、俺」

「よぉ……。……えっ? えっ?」


 ドアの先には黒いローブを着た自分立っていた。


「なんで……、なんで……」


 驚きのあまり、言葉が出てこない。

”なんで”と繰り返すばかりだ。


「そうだな。まず、ドアが開いたのは俺も驚いた。天神、魔神関係なく、神なら誰でも開けられるドアだったんだろうな」


 もう一人の自分がドアの方を見ている。

 彼も本当に開くとは思わず、驚いているのだろう。


「そして、同じ顔をしているのは、同じ人間だからさ」


 そう言って、後ろ手にドアを閉める。


「俺も佐藤俊夫だ。魔神ゾルドって言った方がわかりやすいか」

「魔神……、なんで? 俺は天神?」


 シューガは今の展開に付いて行けない。

 ただ混乱するばかりだ。


「俺だって、どうなってんのかわかんねぇよ。……まさか、自分と同じ顔の奴が俺の部屋のベッドで布団に包まってる光景を見る事になるとは思わなかったぜ」


 ゾルドはやれやれと首を振った。

 シューガの事は自分の事でもあるのであまり言えないが、ビビって布団に潜り込む姿は見ていて情けなくなる。

 少し目を背けて、言葉を続ける。


「多分さ。俺達はパラレルワールドとかいうあれのなんかそう、別の佐藤俊夫なんじゃねぇかな。俺は魔神を選んだ佐藤俊夫、お前は天神を選んだ佐藤俊夫。俺達を戦わせる理由はわかんねぇけど、やんなきゃ日本に戻れそうにねぇ。悪いが死んでくれ」

「はぁ!?」


 シューガが布団から飛び起きる。


「ゲームだろ? なぁ、ゲームでAIのお前が俺の振りしてそう言ってんだろ?」


 だが、この状況を認められるわけがない。

 シューガはゲームのイベントでこうなっていると思い込んでいた。

 いや、そう思いたかった。

 今の状況を認めるには、時間が足りなかったのだ。


「違う……、って言っても認めらんねぇよな。良いか、俺の誼で教えてやったんだ。感謝されこそすれど、AI扱いされる覚えはねぇ。思い出のある部屋を汚したくない。表へ出ろ」


 家族の誼でも、友達としての誼でもない。

 自分自身の誼で情けを掛ける。

 こんな言葉”もう二度と口にしないだろうな”とゾルドは思っていた。


「誰が出るか! この部屋が安全地帯とか、そういう設定されてるから殺せないだけだろ?」

「ハァ、まったく……。親父とお袋に心の中で別れを告げて、外へ出て来い。俺の誼で十分だけやる。出て来なかったら、部屋が汚れようがここでぶっ殺す」


 そう言い残してゾルドは部屋を出て行った。

 ゾルドは人には厳しいが、自分には甘い。

 ゾルドの自分への甘さは、同じ佐藤俊夫であるシューガにも適用されたようだ。


(なんだよ、一体なんなんだよ……)


 突然の出来事に、シューガの頭はパンクしそうだ。


(俺がもう一人いて、魔神を選択した別世界の俺? しかも殺し合う? なんでだよ。話し合いで解決で良いじゃないか!)


 頭は混乱しているが、体は感じ取っているようだ。


 ――このまま戦い、どちらかが死ぬしかないと。


 シューガの体が震え、涙が止まらない。

 まさか、ゲーム内だと思っていた世界で、命を懸けて戦う事になるとは思いもしなかった。

 覚悟もできていないし、戦い方も学んだことがない。


(なんでだよ、なんでなんだよ)


 だが、このままでは一方的に殺されるだけ。

 戦いに備えるためにも、シューガはベッドに座り込み”涙よ、止まれ”とシーツを握り締めていた。

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