第158話 子供達の葛藤
「さすがゾルドだ! 友として誇らしい。いや、これからはゾルド様と呼ぶべきかな」
陣地に戻るとパーヴェルが出迎えた。
先ほどの話を聞いて、かなり興奮しているようだ。
「あー、別にいいよ。今まで通りゾルドでさ」
一方のゾルドは冷静だった。
さっきまで話ていたのは、演技中の自分。
ある意味、別人が話していたに過ぎない。
「私もあの場に参加したかった。きっと歴史に残るだろうな」
パーヴェルは悔しそうだ。
この戦争がどう終ろうと、先ほどの会談はずっと未来まで語り継がれる物となるはずだ。
”歴史に名を残すような何かをしたい”と思っているパーヴェルにしてみれば、会談に参加したかったと思うのは当然の事だった。
「あの場は閣下の独壇場でした。私共もあそこに居たというだけで、何もしておりません。歴史に名前が残るかどうかは微妙なところでしょう」
ゲルハルトがフォローを入れる。
「だが、あの場にヒューマンである我らが居たという事が重要だ。パーヴェル陛下は留守居役だったので、参加できないのは仕方ない事だった」
今度はビスマルクが発言した。
何かフォローする事があるだろうと覚悟を決めて行ったのに、ゾルドが一人で全て終わらせてしまった。
肩透かしを食らったのは、ゲルハルトだけではない。
彼も出番が無かった事で、少し残念そうにしていた。
「わかっている。わかってはいるが……。あぁ、羨ましいなぁ」
会談には魔神であるゾルドと、魔族の王であるジャックが参加している。
ソシアの皇帝であるパーヴェルも参加しても良かったのだが、ゾルド達によって止められた。
理由としては”代表者が全員参加して、一網打尽にされると困る”というものだった。
最悪の場合、パーヴェルが指揮を執って撤退するという取り決めがされていた。
これは、主にパーヴェルを留守番させるための方便だった。
過去の失敗があるので、本気で彼に撤退戦の指揮を任せようとする人間はいない。
実際のところ、非常時にはカーミラ達が指揮を執る予定になっていたのだ。
本人だけが、その事を知らない。
「留守番だけでも十分だ。それに、俺の協力者として名前は残るさ」
ゾルドは軽くパーヴェルの肩を叩いて慰めてやる。
そのゾルドの背後から、ジャックが抱き着いた。
「パパは冷たい人だと思ってたけど、本当は違ったんだね。僕達の事を考えてくれてたんだ……」
以前、ゾルドに言われたように、一人で強く生きようとしていたジャック。
だが、目の前で弟や妹達が抱き上げられる姿を見て、少しだけ甘えたくなってしまった。
ゾルドは振り返り、ジャックを優しく抱きしめ返してやる。
「甘やかし過ぎる事が人のためにならないというのは、シューガに関する話でわかっただろう?」
ゾルドは落ち着いた声で言う。
本当は冷たくあしらっていただけだが、シューガのお陰で誤魔化す事ができた。
その本性を知っている者からすれば、白々しい事この上ない。
現にパリでのゾルドの所業を知っているテオドールとラウルは引き気味だ。
会談中、ずっと”何言ってんだ、あいつ”という表情をしていたくらいだ。
パリ以前のゾルドを知っている者と、それ以降に参加した者とでかなりの温度差があった。
「うん。でも……、本当はちょっと寂しかったんだ……」
「悪かったな。だけど、シューガとの戦いがどうなるかわからなかったから、少しでも早く独り立ちして欲しかったんだよ」
ジャックの腕に少し力が入る。
「一度パパとゆっくり話したい。絶対に勝ってね」
「あぁ、必ず勝つさ」
ゾルドはすでにローマへ向かえる気になっていた。
少なくとも、シューガの子供達のほどんどが戦意喪失したはずだ。
神教騎士団はどうなるかわからないが、天神キッカスの教えとシューガの行動が乖離している。
”一夫一妻制を唱えて愛のある関係を推奨するキッカス”
”ハーレムを作り、女に溺れるシューガ”
女関係一つでも大きな違いがある。
キッカスの残した教えと真逆の存在であった。
天神キッカスの教えと世界を守る神教騎士団ならば、命懸けでシューガを守る事に迷いが生じるはずだ。
迷いが生じれば、それでゾルドの勝利だ。
一丸となって戦われれば危険だが、迷えば戦意のある者と無い者とで連携が取れなくなる。
正面から戦う事になっても、ゾルド側が有利になるはずだ。
「ゲルハルト。カーミラやクトゥーゾフと念のための作戦を考えておいてくれ」
ゾルドは通してくれなかった時のために、ゲルハルトに指示を出しておく。
「了解です。夜目の利く魔族もいるので、夜襲などにもかなりの警戒態勢を取れるでしょう」
”魔族側がどの程度強いのか”という点がわからないが、それは魔族の軍を預かるカーミラがよく理解しているはず。
地形や戦力を計算して、どう戦うのか考えるのは可能だろう。
「レジーナママ、僕もレスを抱いていい?」
ゾルドから離れたジャックが、今度はレスを抱きたがった。
ロンドンで他の弟や妹と会う事はあったが、レスとはまだコミュニケーションを取っていない。
カズコが抱いたのを見て、自分もレス抱きたいと思ったのだ。
「もちろん、いいわよ」
レジーナに断る理由は無い。
シューガの子供に抱かせるよりは、ジャックに抱かせる方が断然安心できる。
レスをジャックに渡すと、ジャックは上手く抱き上げた。
「抱くのが上手いわね」
その姿を見て、レジーナは素直な感想を口にする。
「弟や妹で慣れてるから」
父はおらず、母には虐待を受けていた。
そんなジャックにとって、家族といえる存在は年の離れた弟や妹だけだった。
カズオやジローといった弟達の様子を見に行き、抱いてやったり遊んでやったりするのが、ジャックの休日の過ごし方だった。
赤ちゃんを抱っこするくらい朝飯前だ。
「あの人よりも、見てて安心できる抱き方ね」
レジーナはゾルドの方を見て言った。
いつまで経っても、ゾルドの抱き方は危なっかしい。
力があるので大丈夫なのだろうが、いつ落とすのかハラハラしてしまうのだ。
「おいおい、そりゃねぇだろ。こっちに貸してみろ」
「イヤだよ。まだ抱いたばっかりなのに」
レスをよこせというゾルドと拒むジャック。
そんな二人を微笑みながら見守るレジーナ。
仲の良い家族の姿を見ていた者達に”ゾルドこそ、実は天神と呼ばれるべき存在なのではないか”と思わせた。
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一方、神教騎士団側の陣地はお通夜ムードだった。
ゾルドの言葉に心を揺さぶられ、戦意喪失していたからだ。
陣内で行われている子供会議も、暗い雰囲気だった。
「カズコ姉さん、実際に会ってみてどう思った?」
ゾルド側のパーヴェルと同じように、留守番を任されていたジローが質問する。
言うまでもないが、ジローは信頼されての留守番役だった。
「わからない。……けど、悪い人には見えなかった」
カズコは目を閉じ、ゾルドと話した時の事を思い出そうとする。
同じ神である父シューガとは、口にする事が真逆だった。
”共存共栄を求め、戦闘の回避を要求するゾルド”
”数多くの女を求め、美食を要求するシューガ”
どこで二人の道が大きく分かれてしまったのか、自分には想像もつかない。
弟や妹達のように”ゾルドのような者が実の父であったなら良かったのに”と、カズコですら思ってしまう。
それだけ、二人の差は大きかった。
「ママと違って、体がゴツゴツしてたよ。でも、座ってるだけで嬉しかった」
ナナミが嬉しそうに言った。
母とは違う感触、温もりがまだ体に残っているようにさえ思える。
相手がシューガではなくゾルドだったとはいえ、念願の父親との接触を叶えられたので、しばらくはこの調子だろう。
「良かったな、ナナミ。ミツオはもうしばらくセイザで反省しておけ」
「わかってるよ……」
ミツオはナナミを一人でゾルドに近づかせるような真似をした。
魔神殺しのギフトを持つとはいえ――いや、持つからこそ大事に扱うべきだった。
もう少し違う状況なら、ナナミがゾルドに篭絡されずに、いきなり殺す事だってできたかもしれないのだ。
ギフトを持つことがバレたので、今後はナナミに対する警戒が強まると思われる。
なお、セイザとは正座の事だ。
シューガが女と楽しい時間を過ごしている時に、子供が邪魔をしてくると正座をさせていた。
その事から、セイザは反省させる時の座り方として、子供達の間で認識されている。
「顔は大丈夫なんだよな?」
「痛いだけだった。あの時はアゴを砕かれるかと思ったんだけどな」
ミツオは自分の頬をさする。
攻撃ではなく、本当に叱るためのビンタだったようだ。
自分がゾルドの立場であれば、あの時に殴り殺して数を減らそうとしていたはずだ。
その事が、ミツオにゾルドの器の大きさを感じさせていた
「ジョヴァンニのおっちゃんですら、大人しくさせられなかったお前を一発で泣かせたくらいだ。よっぽど効果的だったんだな」
「うるせぇよ!」
ジローはある意味シューガよりも父親的存在の魔道兵団の団長の名をあげる。
子供達が戦場で困らないよう、それなりに厳しく指導をしてくれていたが、あくまでもそれなり。
神の子が相手という事で遠慮があったせいで、注意はするがビンタなんてした事が無かった。
戦闘訓練以外で受ける痛みに、ミツオは戸惑ってしまったのだ。
ジローにからかわれたミツオは、掴みかかろうとするが足が痺れて動けなかった。
「やめなさい、二人とも! 今はこれからどうするのか話し合う時でしょ」
そのまま話が脱線しそうだったので、カズコが二人を止めた。
だが、二人は冴えない表情をする。
「どうするのかって……」
「どうするんだよ……」
ゾルドとシューガの二人を比較した場合、ゾルドの方が勝ちそうな雰囲気があった。
ゾルドの言う事を信じてシューガとの一騎打ちを認めるのなら、実の父であるシューガを実質的に見捨てる事になる。
ゾルドを信じずにここで戦った場合、それはより良い世界を作り上げる邪魔をする事になる。
しかも、高確率で自分達は死ぬ事になるだろう。
どちらの選択もロクな結果になりそうになかった。
「……だから、それを話し合うのよ」
こういう場合、最年長者は損だ。
嫌だと思っていても、会議の音頭を取らねばならない。
まず初日は、地道に一人ずつ意見を聞いていく事にした。
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二日目。
年長組と神教騎士団側の上層部との会議が開かれる。
一晩経てば少しは冷静になっていた。
「魔神殺しのギフトがあるって事は、やっぱり天神と魔神の区別ってあるんじゃねぇの?」
まずはミツオが疑問を口にする。
この疑問を解消せねば、大きな間違いを犯してしまいかねない。
本当は天神である父を見捨てる事になってしまうかもしれないからだ。
「ギフトの発見、判別の装置は千年前の遺物。どのような原理で動作するのかもわかっていない。魔神というのが事実なのか。それとも、装置を動かした者がわかりやすい名称でギフトが表示されるのかどうかもわからないんだ。キッカス様が残された物なので信じたいところだが……。難しいところだな」
答えたのは魔道兵団団長のジョヴァンニだ。
彼は枢機卿の肩書きも持つ。
肩書きにふさわしい程度には多くの事も知っているので、その言葉には説得力がある。
「結局、どういう事かわかんないって事じゃねぇか」
ミツオは頭を掻く。
良いところに気が付いたと思ったら、結局役に立たなかった。
これではどうすれば良いのかわからない。
それは他の者達も同じだった。
「神の子らはどうするのか決まったのか?」
ジョヴァンニがカズコに聞いた。
戦う事になれば、シューガの子供達が鍵となる。
その動向が気になった。
カズコは溜息を吐くと、答え始める。
「八割ってところですね」
「戦う意思のある者がか?」
カズコは首を振る。
「ゾルドの方を父親にしたいという子や、世界の未来は神に委ねようと考える子が八割です」
これはまだ幼い子供ばかりだという事が影響していた。
自分の意思で戦うと決められる子供など稀。
”優しいパパが欲しい”と誰かが言えば、それに共感する。
”戦いたくない”と誰かが言えば、それに同意した。
まだ幼く、確固たる意志がないので、戦いたくないという意見に流されてしまっていた。
ゾルドが平和的な意見を口にしていたので、ゾルドと戦う事が悪い事だという空気が流れてしまった。
お陰で好戦的な意見が言い辛くなり、戦いたくないという意見が大勢を占めてしまったのだ。
それに”いい加減に父が自分で行動すべきだ”と思う者もいる。
人任せにせず、一騎打ちで決めろという意見も納得のいくものだった。
「そちらはどうでした?」
今度はカズコが聞く番だ。
とはいえ、ジョヴァンニやピエトロの表情で察しがつく。
「六割が戦うべきだと言っている。ただ、ロクな意見があるわけではなく、意地になっているだけという感じだったな」
「残りの四割は?」
「三割が戦意喪失、一割がわからないといった感じだ」
どこからか溜息が聞こえて来る。
それが知らない内に出してしまった自分のものなのかすら、定かではない。
「やはりキッカス様の教えから乖離したお父様の行動が原因でしょうか」
「おそらくは……」
もし、ゾルドがロンドンに降臨していれば、多少行動に問題があってもシューガに付き従う者ばかりだったはずだ。
だが、ポート・ガ・ルーの首都であるリスボンどころか、ポルトという街の近くにゾルドが現れた。
これはシューガが”魔神がポルトの東の森にいる”と降臨当初に伝えた事から真実だと思われる。
ならば、どこに神が降臨するかが適当に選ばれるというのも真実なのだろう。
シューガがゾルドの居場所を告げた事が証拠となり、シューガが天神であるという保証を失ってしまった。
そのせいで”キッカスの教えを破るシューガこそ、実は魔神なのではないか”という意見すら出始めた。
ゾルドが”神ではあるが、天神も魔神もない”と言ったにもかかわらずだ。
それだけ”天神、魔神”という区別が根付いているということでもある。
「こうなったのはお父様の責任。ご自分で責任を取るのが、筋というものではなくて?」
冷たく突き放した言い方をしたのは
もう少しシューガがまともであれば、こんな事にはならなかった。
本来ならば、みんなで頑張って戦おうと意思統一の会議をしていた頃だ。
戦うか戦わないかの話し合いなどしていなかったはずだ。
「しかし、堕落させたのは我らにも責任がある。今さら自分でなんとかしろというのは見捨てるのと同じ事。さすがにそういうわけにはいくまい」
ジョヴァンニは枢機卿として責任を感じていた。
もし、どこかでシューガに注意をする事ができれば、別の未来もあったのだと悔恨の念にかられていた。
「いいじゃん、別に。ほら、親父がよく言うじゃん。”これも神の試練だ”ってさ。神の中の神っていうのがいるのなら、その神様が親父に与えた”神の試練”って事で、親父に頑張ってもらえばいいじゃん」
トムやトオコがシューガに冷たいのには理由がある。
彼らの母親は初期のハーレムメンバー。
年をとってしまい、シューガから遠ざけられてしまっていた。
若い女に寵愛を奪われ、一人で泣いている母の姿を知っている。
大人達が堕落させたかどうかは関係ない。
こうなったのもシューガの自業自得だと考えていたからだ。
「まぁ、落ち着け」
ジローが口を挟んで、そのままシューガを見放す流れを止める。
話が一方的になりそうだと、反対意見を言うのがジローの癖だ。
皆が同じ方向を見ていると、どこで何につまずくかわからない。
不安要素を取り除くために、あえて違う意見を口にするようにしていた。
「ゾルドが全て口から出まかせを言っている可能性も検討するべきじゃないのか?」
しかし、周囲の反応は鈍い。
嘘だったとしても、シューガよりゾルドの方が神として、父として魅力的だった。
ゾルドが言った事を信じ、より良い未来を共に見てみたいと思っている者の方が多かった。
「もし……。あの言葉が全て嘘だったら、とんでもない詐欺師ね。これから先、人を信じられなくなりそう」
カズコがポツリと言葉をこぼす。
まだ赤ん坊の弟や妹を抱いた事もあるが、ゾルドの話を聞いてから抱いたレスは、弟達とは比べものにならないくらい重かった。
ゾルドの言葉によって、命の重さというものを意識させられたのだ。
あの時の言葉、全てが嘘だとは思いたくなかった。
「離れたところで聞いていても、胸が熱くなったからな」
ジローも言ってみただけで、本当に嘘だとは思っていない。
ただ、反対意見もない会議は危険だと思ったから口にしただけだ。
その様子を見て、ジョヴァンニが溜息を吐く。
「ローマへ向かう事を止められそうにない……、か」
シューガの子供達、その年長組の戦意が低い。
神教騎士団側も意思が統一されているわけではない。
このまま戦闘に入れば、一方的な虐殺になるだろう。
「ならば、戦後を見据えた行動もやむなしだな」
「枢機卿!」
ジョヴァンニの決断に、ピエトロが驚く。
「今の状態で戦っても勝てそうにない。立派に戦ったと歴史に残るだけでは、本来守るべき人々のためにはならない。戦力を維持したまま騎士団が存在する事が、魔族への牽制になる。ここで死んでしまっては、魔族が暴走した時に止める者がいなくなってしまうぞ」
「それはそうかもしれませんが……」
ジョヴァンニが周囲を見回した。
「明日、私もゾルドと話し合ってみます。また、この場にいる最上位者として、決定の責任は私が全て取ります。みなさんは安心して従ってください」
そう言って、ジョヴァンニは会議の終わりを告げる。
その目は、何かを決意したものであった。
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