第157話 詐欺師としての本領発揮

 ゾルドは真剣な表情をして語りだした。


「まず、私はシューガとの直接対決を望んでいます。理由は単純です」


 ゾルドは隣に座るジャックの肩に手を置く。


「私の子供かシューガの子供かの違いはありますが、実質的にはどちらも私の子供。二つの陣営に分かれて戦えば、当然子供達も殺し合う事になるでしょう。それだけは避けたいのです」


 ゾルドの言葉を聞いて、カズコ達は少し悲しい顔をする。

 シューガは自分の子供達を戦わせる事に抵抗がない。

 これでは、どちらが天神なのかがわからなくなってしまう。

 ただ一人。

 ゾルドがロンドンで何をしていて、何を考えていたのか知っているニーズヘッグだけが、心の中で”お前がそれを言うのか?”と思っていた。


「この戦いで傷付くのは、私とシューガだけで十分です。むやみやたらに多くの人々を巻き込むような事はしたくありません。主義主張が異なるからといって、お互い総出で殺し合う必要はないでしょう。一騎打ちで決めれば被害は最小限で終わります」


 ゾルドは情に訴えた。


 ――父として、子供を殺し合わせたくない。

 ――神として、人々を殺し合わせたくない。


 人々が求める神の理想像に近い姿を演じる事で、女色に溺れるシューガとの違いを際立たせるためだ。

 最初は小さな動揺でも、揺さぶり続ける事で大きな揺れとなる。


「先ほど同一の存在と言っていました。ですが、同一の存在ならば、なぜ主義主張が異なるのですか?」


 カズコが浮かんだ疑問を質問する。


「その疑問はごもっとも。私自身疑問に思った事もあります。ですが、こちらにいるホスエのお陰で気付く事ができました」

「えっ、僕――私ですか?」


 突然、自分の名前を出された事でホスエは驚いた。

 こんな場面で自分の名前が出て来るとは思いも寄らなかったからだ。

 しかも、神の主義主張などに関わった覚えが無い。

 自分が何をしたのか。

 この場にいる誰よりも気になっていた。


「ホスエに以前”神がみんなをどう導くかじゃなくて、みんなで神をどう導くかみたいな勝負になってるね”と言われました。その時、気付いたのです。なぜ同じ人格を二つに分けたのかを……」

「なんでだ?」


 ミツオが話を先へと促す。

 それだけ気になっているのだろう。


「千年前と違って、今回は神がこの世界の未来を決めるのではない。この世界の住人が決めるのだと気付きました。だから、私とシューガを応援する者の影響で主義主張が異なるのです」


 そこで言葉を切り、ニーズヘッグの方を向く。


「ニーズヘッグは戦いを望まない私の尻を叩き、発破を掛けてくれました。そのお陰で覚悟を決める事ができました」


 物は言いようである。

 女色に耽り、愛想を尽かされて追い出された事も、言い方を変えるだけで美談のように聞こえてしまう。

 ニーズヘッグは”よく言ったものだ”と内心呆れていた。

 もちろん、ゾルドの邪魔になるので、それを表情に出したりはしない。


 次にゾルドはホスエの方を向いた。


「ホスエ。ソシア軍と協力してガリア軍を打ち破り、私をここまで連れて来れたのは誰のお陰ですか?」

「ゲルハルトさんです」


 これはホスエには少し難しい質問だった。

 ホスエからすれば”ゾルド兄さんが頑張ったからだよ”と言いたいところだったが、ゾルドはそんな答えを求めていなさそうだ。

”誰のお陰か”と聞いているので、ゲルハルトの名を挙げた。

 ゾルドはこの答えに満足そうにうなずく。


「では、ソシア政府と交渉をまとめ、協力関係の下地を作ったのは誰ですか?」

「ビスマルクさんです」 


 これに関しては悩む必要が無かった。

 交渉に部下を連れて行ったが、ほとんど一人で交渉をまとめてきた。

 しかも、パーヴェルが裏切った場合に備えて、皇帝の挿げ替えの下地作りまでやり遂げていた。

 その他にも、ホスエの知らないところでも色々と動いているらしい。

 派手な活躍だけではなく、水面下で地味な働きもしている縁の下の力持ちだった。


「そして、ホスエには助けられました。ピンチの時はもちろん。友人として、弟のような存在として心を支えてくれました。本当に感謝している。ありがとう」

「そんな、感謝するはこっちの方です」

 

 ホエスは照れ臭そうに頬を掻く。

 こうして人前で感謝されるのは恥ずかしい。

 だが、悪い気もしなかった。


 ゾルドは正面――カズコの方――に向き直る。

 そして、視線を左から右へと移していく。


「カズコ、周囲を見て何か思いませんか?」

「えっ、特に何も……」


 カズコは周囲を見るが、いつも通りの兄弟とピエトロがいるだけだ。

 特に異常は無い。


「本当に? ロマリア教国の人間しかいないと気付きませんか?」

「……そうですね」


 言われてみればそうだ。

 だが、それが何を意味するのかがわからなかった。

 カズコはゾルドの言葉を待つ。


「本来ならば、魔族と戦うために他国から援軍が来ていてもおかしくないでしょう。では、なぜ来ないのか? 私の考えに比べ、シューガに賛同してくれる者がいないからです」

「あなたの考えとは?」

「共存共栄です」


 このような絵空事。

 本来なら一笑に付すところだったが、その場の空気がそれをさせなかった。

 ゾルドなら、本当にやってしまいそうに思えてきたからだ。

 だが、疑問はハッキリと解消しておかねばならない。


「共存共栄とはいっても、魔族がいる時点で無理ではありませんか? 彼らは……、人を食べるでしょう?」


 捕食者と被捕食者。

 この構図がある以上、共存共栄などできるはずがない。

 それはカズコだけではなく、この会話を聞いているほぼ全員の疑問だった。


「その問いに対する答えは簡単です」


 ゾルドは内ポケットからパンを取り出し、ニーズヘッグに手渡した。

 ニーズヘッグはゾルドの意図を汲み取り、パンを食べ始める。


「この千年間で、魔族の食生活は変わっています。今は人の姿をしていますが、本来はドラゴン。そんなニーズヘッグでも、穀物を食べます」

「そもそも、我らが人間を食っていたのは捕まえやすく数が多いからだ。農業を覚えてからは、肉の消費量は大幅に減った」


 ゾルドの言葉を、ニーズヘッグが補足した。

 さらに、ゾルドは言葉を続ける。


「その肉も当てがあります。魔族にはソシア東部に移住してもらい、魔物を狩ってもらうつもりです。食料問題も解決し、魔物の数を減らせるので、世界の為にもなるでしょう」


 この段階では、罪人を魔族の餌にするという考えまでは話さなかった。

 今はまだ、耳障りの良い事だけを聞かせる段階だ。

 人肉食などの忌避感の強い内容に触れるべきではない。


「それに、このテーブルに座っている面子を見ればわかって頂けると思います。魔族だけではなく、ビーストマンやヒューマン、精霊が同席しているでしょう? 本陣にはエルフもいますよ。”魔族だから協力関係を築く事はできない”というわけはないのですよ」


 幾度目かの沈黙。

 その様子を見て、ゾルドは仕上げに入る事にした。


「私は多くの方々に導かれて、この場に居ます。では、シューガは今どこにいますか?」

「それは……」


 これは意地悪な質問だった。

 今も神教庁に作られたハーレムにいるはずだ。

 現にカズコが口ごもってしまっている事が答え合わせになっている。

 子供達は性に詳しくなくても、シューガがだらしないという事には詳しかった。

 ピエトロも神教騎士団の団長という立場上、シューガの乱行の事は知っている。


 ――自分で前線に出向いているゾルド。

 ――こんな時でもハーレムに入り浸っているシューガ。


 同一の存在だというのに、これだけ違うと溜息が出てしまう。


「ピエトロさん。シューガは”これも神の試練だ”というのが口癖だそうですね」

「……そうだ」


 シューガの口癖は周知の事実。

 隠すような事ではないが、どうしても嫌な予感がして口籠ってしまう。


「神は人に試練を与えません。同時に救いも与えません。ただ見守るだけです。では、なぜシューガが”神の試練だ”と理不尽な事を皆さんに要求し続けるのか――」


 ピエトロは唾を飲み込んだ。

 その音が精霊によって増幅され、陣地にまで響いているのではないかと思うほどに大きく感じていた。

 これからゾルドが言おうとしている事は、神に仕える者として聞きたくない言葉だと悟ったからだ。


「――それはあなた方、神教庁の人間がシューガを堕落させてしまったからだ!」

「違う! それは違うぞ!」


 ピエトロは即座に否定する。

 だが、どう違うのかまでは説明できなかった。


「我らは神の試練を乗り越えようと――」

「それが間違いだというのです! 神は試練を与えないと言ったでしょう!」


 ゾルドはピエトロの言い訳をピシャリと否定した。


「神の試練だといえば、シューガの望むがままに酒池肉林の生活を与え、理不尽な命令も逆らったりしない。そんな暮らしをしていれば、誰だって堕落します。だから、シューガは神としての務めを果たさなくなったのです」


 悲しそうな顔をして語るゾルドに、カズコが質問する。


「神が堕落するのですか?」

「します」


 ゾルドは自信を持って言い切った。

 どうせ誰一人としてわからない事。

 自信を持って言った者勝ちの内容だ。


「では……。堕落した神が……、魔神なのですか?」


 カズコは神の真実へ、大きく踏み込んだ内容を質問する。

 かつて父であるシューガに性的な目で見られた事が、彼女のトラウマになっていた。

 もしも、シューガが魔神になっているのであれば、少しはシューガの行動も納得できる。


「いいえ、違います。言ったはずですよ。天神も魔神も、あなた方がそう呼んでいるだけだと。ニーズヘッグ、千年前の魔神ガーデムはどうしようもないクズでしたか?」

「違います。とても力強く、魅力的な人柄でした」


 ニーズヘッグは少し目を細めている。

 どうやら、過去を思い出しているようだ。

 もしかしたら、今の言葉も”ゾルドとは違って”と付けたかったのかもしれない。

 だが、この場の空気を読んで、そこまでは言わなかった。


「そう。天神、魔神というのは、過去の人間が神を区別しやすくするために付けた肩書きに過ぎません。良い神だから天神。悪い神だから魔神だというわけではないのですよ」


 そこでゾルドは内ポケットから、水筒を取り出して一口水を含む。


「千年前のキッカスとガーデムは進んで人々を導こうという神だったようです。ですが、私はそういうタイプの神ではない。では、なぜそんな私がこの世界に送り込まれたのか……。どう思いますか?」


 ゾルドは周囲を見回す。

 カズコやミツオだけではない。

 ホスエ達にも視線を投げかける。

 すると、おずおずとジャックが手を少し挙げた。


「僕達がパパに頼り過ぎず、自分達で新しい世界を作っていく切っ掛けにするため?」


 ジャックは自信無さげの様子だが、実はこの意見に自信があった。


”男は生まれた時から一人で生きていく運命だ。誰かに頼るのではなく、一人で人生という道を歩いていけ”


 かつてゾルドから送られたこの言葉。

 この言葉こそ”神であるゾルドに頼るのではダメだ”と暗に教えてくれていたのだと思っていたからだ。


 今回の神の降臨は、人間や魔族を導くためではない。

 全ての人々がより良い世界を作るための、始まりを知らせる合図だったのだと信じ込んでしまっていた。


「ええ、そうだと思います。神の中の神の考える事は私にも正確にはわかりません。ですが、今の状況が全てを物語っています」


 ゾルドは自分達の本陣の方を見る。


「種族や年齢、性別。そういったものを越え、平和な未来を望む人がいる。そういう方々が私をここへ導いてくれました」


 今度はカズコやピエトロを見た。


「シューガを天神と崇めるあなた方は、どのような未来を望んでいるのですか? その未来は殺し合う価値がある物なのでしょうか?」


 カズコやミツオは顔を見合わせる。

 彼らは未来のビジョンを持ち合わせていなかった。

 ただ”天神の子供なのだから、魔神を倒すために強くなれ”と教わってきただけ。

 ゾルドを倒した後の事を考える事はなかった。

 自然と、この場にいる唯一の大人であるピエトロに視線が集まる。


「あ、いや……。私は神の教えを守る立場であって、何かを主張するような立場ではないので……」


 ピエトロの言葉に、シューガの子供達は溜息で答えた。

 ここでハッキリとした何かを言って欲しかったのに、唯一の大人が逃げたからだ。

 だが、それも仕方が無い面もある。


 神教騎士団は世界の秩序を守る組織。

 ゾルドが”様々な種族による平和な未来”と口にしたせいで、下手な事を言えなくなってしまったからだ。

 平和を口にする者を相手に下手な事を言ってしまえば、自分が悪者になってしまう。

 例えそれが魔神相手だったとしても。


「千年前の戦争までは魔族が他の種族を苦しめていました。それからの千年間は魔族が苦しんできました。お互いに苦しめられる辛さを理解したはずです。ならば、次の千年間は手を取り合う時代にしませんか? 特に未来のビジョンが無いというのならば、共に明るい未来へ歩み始めましょう」


 ゾルドはさらに押し込むが、反応は芳しくない。

 なんとなくゾルドの意見に賛同したいとは思っているのだが、さすがにその意見を表明するほどではない。

 決定的な最後の一押しが足りなかった。

 ゾルドもそれに気付いたので、切り札を切る。


「レジーナ、レスを連れてこっちに来てください」


 ゾルドはレジーナを呼ぶ。

 いや、正確にはレスを呼んだ。

 レスを使って、情に訴えるためだった。

 遠目ではあるが、魔神としての能力で遠くの物を拡大して見る。

 レジーナが馬に乗って、こちらへ向かって来る。


「うぉっ、なんだあれ……」


 シューガの子供達の中から驚きの声が聞こえて来た。

 それもそのはず、ゾルドがいつも気持ち悪いと思っている光景が見えているのだから。


「あれは精霊です。レスは私とレジーナの子供で、ダークエルフのハーフです。そのせいか、精霊に好かれているのですよ」

「好かれているっていうもんじゃねぇだろ……」


 まるで食人動物に群がられているようにすら見える。

 子供どころか、母親の姿すら満足に見えないのだ。

 精霊という言葉の響きに反して、エグイ生き物なのではないかと勘違いしてしまう。

 接近するにつれ、虫が苦手な者が顔をしかめる。

 気持ち悪いと感じるのは、ゾルドだけでは無かったようだ。


「お待たせ。レスを連れて来たわよ」

「ありがとう」


 ゾルドはレジーナが馬から降りる際に手を貸してやる。

 シューガは自分の妻にこんな事はしない。

 それどころか、女を産む機械としてしか使わないので、子供達は母親に優しくするところなど見た事がなかった。


「みんな、今だけレスから離れてください。お願いですから」


 ゾルドは優しい言葉で精霊に離れるようお願いする。

 普段と違う頼み方をされて、気味悪がった精霊達は素直に離れた。

 精霊がいなくなってようやく、レジーナの胸元で気持ちよさそうに眠っているレスが見える。


「レジーナ。そこに座っているカズコにレスを渡してください」

「えっ」

「えっ」


 二人分の驚きの声が聞こえる。

 レジーナはカズコに渡す事で、レスが殺されるのではないかと心配になってギュッと抱き締める。

 カズコも赤子を手渡される理由が理解できない。


「大丈夫ですから。さぁ、レジーナ」


 ゾルドがもう一度言う。

 何か考えがあるのだろうとは思うが、心配になったレジーナはしばらくレスを見つめる。

 そして、一度頬ずりをしてから、カズコへと手渡した。


「あの……。これはどういう事ですか?」


 突然、ゾルドの子供を抱かされたカズコは混乱している。


「私は子供達を殺し合わせたくありません。だから、シューガとの一騎打ちを望んでいるのです。カズコ、あなたは今まで人を殺した事がありますか? その手の中にある命を奪えますか?」

「それは……」


 レスはゾルドの子。

 ゾルドと戦うとなれば、当然ゾルドの子を見逃すわけにはいかない。

 いつかは殺さなければならない相手だ。

 だが……、殺せそうにない。


「わからない……、わかりません……」


 カズコは一筋の涙を流した。

 自分の腕の中で無防備に眠る赤子を殺す事など、到底できそうになかった。

 一歳程度の赤子。

 その命の重さは、今着ている鎧などよりもずっと重く感じられた。


 ゾルドと話す前までは、戦う事に緊張はしていても、ためらいなどなかったはずだった。

 しかし、今となってはどうすればいいのか、わからなくなってしまった。

 ゾルドはカズコの肩に手を置く。


「わからなくていいんです。兄弟で殺し合う事など理解しなくていいんですよ。本来なら、君たちはまだ友人と遊び、共に学んでいる年頃です。戦場で殺し合う事をわかる必要などないのですよ」


 シューガのために戦い、死ぬ覚悟もできている子供もいるが、そんなのは極一部だ。

 戦わなくても良いと言われて、安堵する子供達の方がずっと多かった。

 そして、カズコの感情が、その子達にも波及していった。

 シューガの子供達の中から、すすり泣く声が聞こえて来る。


「シューガ様の方がずっと有利のはず。わざわざ一騎打ちなど認める必要はないのではありませんか?」


 カズコはもう脱落した。

 そう判断したピエトロが、ゾルドに反論する。


「確かにこの世界のほとんどが天神の味方でした。ですが、今はどちらが勝つかわからなくなるほど戦力は拮抗しています。ならば、どちらかが全滅するまで戦う必要はありません。私とシューガが一騎打ちすれば済む事です。それにピエトロさん。あなたも戦後に必要な人なのですよ」

「私が?」


 魔神であるゾルドに神教騎士団団長の自分が必要だと言われ、ピエトロは驚く。


「私が望むのは様々な種族の共存共栄。ですが、いきなり皆が魔族を受け入れられるわけではないでしょう。そんな時に神教騎士団が健在ならば、魔族に襲われるのではないかと不安になっている人々の心に平穏を与えられます。信仰心を否定するつもりはありませんが、それはキッカスへの信仰心であってシューガに対するものではないでしょう? 意地を張らずに、ここを通してくださいませんか?」


 ここでピエトロも脱落した。

 確かに天神への信仰心とは、千年前の天神であるキッカスへのものだ。

 淫魔の如きシューガを信仰しているわけではない。


 これもゾルドが計算した事だ。

 宗教関係者は自分の信仰心を大切にする。

 キッカスとシューガの違いを明確にすることで、その信仰心が汚れる事は無いと安心させたのだ。

 シューガの存在が”恥”そのものといえるものだったのが幸いした。


「今すぐに答えを出せとは言いません。一度、陣地に戻って話し合ってください。他の子供達とも話し合って欲しいですし、騎士団員とも相談してから答えを出してください。とりあえず、三日ほどでどうでしょう?」

「そうですね。少し落ち着いて考える時間が欲しいです」


 カズコはレジーナにレスを返しながら言った。

 ここでの会話でかなり疲れているような表情だった。


「もう行っちゃうの?」


 ずっとゾルドの膝に座っていたナナミが寂しそうに言う。

 今まで父との触れ合いなどなかっただけあって、座っているだけでも満足していた。

 しかし、それも終わるとなると、途端に物足りなく感じてしまう。


「そうだね。でも、その前にやる事がある」


 ナナミを降ろすと、ゾルドは他の子供達に笑顔を向けた。


「さぁ、おいで」


 ゾルドが両手を広げると、ナナミを羨ましそうに見ていた子がゾルドのもとへ来る。

 その中でも、小さい子から順番に抱き上げてやる。

 子供が笑顔を見せると、ゾルドも笑顔を見せてやった。

 だが、その笑みの裏にあるのは邪悪な笑みだ。


(やっぱガキなんてこんなもんだよな)


 ホスエとレックスが報告した神教騎士団との戦いを、ゾルドは自分なりに分析していた。

 魔法使いがいなくなると、一気に形勢が不利になる。

 これを、敵の爆撃機を防ぐ戦闘機がいなくなり、地上部隊が一方的に爆撃されるのと同じだと感じていた。


 ――では、神教騎士団側の最強の魔法使い部隊は誰か?


 それはシューガの子供達だ。

 この安っぽい芝居で、半数でも脱落してくれれば大いに優位に立てる。

 しかも、神教騎士団員も”シューガの子供が戦わないのだったら”と、戦意を喪失するかもしれない。

 ゾルドの言う事を本当に信じて、この場を素通りさせてくれるのだったら最高だ。

 いずれにしても、芝居一つで得られるなら大きな結果だった。


 三日という時間を与えたのも、余裕を見せるためだ。

”今すぐ答えを出せ”というのでは、何を焦っているのかと疑問を抱かせ、ゾルドの言った事全てを疑われてしまう。

 すぐにでもローマへ向かいたいところだったが、確実性を高めるために我慢する。


(待ってろよ、シューガ。てめぇだけ良い思いしていた報いを受けてもらう)


 理不尽な逆恨みを胸に、ゾルドは子供達を抱き上げ、頭を優しく撫でてやっていた。

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