いいご身分だな。俺にくれよ。
nama
第一章 幼少期編
第1話 プロローグ
リード王立学園の卒業式。
本来ならば、友との別れを悲しみ、新たな旅立ちの日を祝うはずであった。
しかしながら、それは王太子であるジェイソンによって異様な雰囲気となり、その場は裁判所で判決が下る時の如く重苦しいものとなっていた。
「――以上、お前が犯してきた悪行だ。お前のような女に未来の国母は任せられん! ただ今をもってウィンザー侯爵家パメラとの婚約を破棄する事をここに宣言する! また、その罪は許しがたい。以後、このような事が起きる事を防ぐため、見せしめとして死罪を申し付ける!」
今までの関係を断ち切る決定的な言葉。
だがその場に居た者達がその言葉に反応し、言葉を紡ぐ前……。
一人の男の声が静寂を打ち破った。
「イィィィヤッホォォォォォォ」
喜びの声を叫び上げた青年。
彼は幼い頃からの奇行でよく知られている、ウェルロッド侯爵の嫡男アイザックであった。
今、彼は両腕を高らかに挙げドヤ顔――俗に言うコロンビアのポーズ――を決めている。
(
彼が何故このような事態になるとわかっていたのか。
それはこの世界が、前世で彼の妹がプレイしていた乙女ゲーの世界だからだった。
----------
就職活動に失敗した彼は大学卒業後、このチェーン店にしか就職できなかった。
アルバイトが特に理由もなくシフト当日に休み、そのツケが社員に回ってきて命を削られていくのを感じていく日々。
身体を休ませるために、趣味の戦記物の小説や漫画を読む時間すらない社会人二年生だ。
ときおり、仕事が九時から十七時で終わる、商社勤務の友人を羨ましいと思う時がある。
しかも、最新の脳波干渉タイプのVR機器まで買えるほど収入が良いそうだ。
そんな修の部屋に妹がやってきた。
まだ高校二年生の妹は彼が勤務明けで眠かろうが、彼のパソコンを使うために入ってくる。
それは友人から借りたゲームをプレイするためだった。
「昌美、またゲームか」
「そうだよ、お兄ちゃんがいる時じゃないとね。勝手に使われたら嫌でしょ? 家族に性的嗜好がバレたりとか」
「バカッ、別に見られて困るような物は入ってないから好きにしろ」
(外付けハードディスクに入ってるから、接続してなきゃ大丈夫だしな)
普段は傍若無人な妹だからこそ、最低限のプライバシーを守ろうという意思がある事に少しだけ見直す。
だが、眠る前に妹が持ってきたゲームのパッケージを見て、妹の将来に不安を覚えた。
パッケージの表はイケメン集団が微笑むという、乙女ゲーにありがちなパッケージであったが、主人公が特徴的だった。
「……なに、このチベットスナギツネみたいな顔のキャラ?」
「それが主役。『この世界の果てまでを君に』っていうゲームの主人公だって」
「嘘っ、これが? 俺がこのゲームに出てくる男だったら、絶対こっちの貴族令嬢的なドリルキャラを選ぶわ。このドリルでガード無効攻撃とかしてくるとしても絶対にこっちを選ぶって」
修は裏面に描かれている脇役キャラを推す。
絵柄は女性向けゲームの絵柄だが、少なくとも主人公よりもずっと可愛く見える。
「このゲームは略奪愛がテーマだしね~。男に人気がでそうなテンプレキャラから男キャラを攻略して奪い取るっていうゲームだし」
「マジで! えっ、お前そんなゲームやるの? 俺、お前の将来が不安になってきたんだけど……。もっとほら、自分を磨いて王子様に告白されるとかのゲームの方が良いんじゃないか?」
修は妹を心配する。
略奪愛など不幸な人間を産むだけだ。
ゲームとはいえ、あまりプレイしてほしくなかった。
しかし、妹を心配する兄の気持ちは通じなかったようだ。
「なに言ってんのよ。良い物件は競争なんだから、自分を磨き終わるまでモーションかけないとかありえないよ。他の人も努力してるんだからさ。現実じゃ成功しないんだからゲームでくらい奪い取らないとね」
「うわぁ……」
修は妹の人格に不安を覚えたが、恋人がいない自分が偉そうに言える事でもない。
そう思ったので、修はそれ以上強く言う事はできなかった。
だが、髪を染める事もなく、下着も白や薄い水色ばかりで「そっちの方が男受け良いから」という割に、男の影が見えない妹の意見を認めるのも釈然としなかった。
しかし、今はそんな事を言い返す気力もないので、大人しく布団にもぐる。
すると、オープニングムービーらしき音楽と、攻略対象キャラであるらしい男の声が聞こえてきた。
『王太子である、この私にそのような態度を取るとはな。……フフッ、まぁいい。許してやろう』
『最強である俺に挑もうっていうのか。フフッ、良いだろう、女とはいえ手加減はせん。さぁ、かかってこいっ!』
『人と獣の違いは知性を有しているか否か。フフフッ、君はどちら側かな』
『フフフッ、僕に何か用かい? わざわざ僕なんかに関わろうというのか君は……。面白い人だね、フフフッ』
『本当の僕に気付くなんてね、フフフッ。わかった、明日から本気を出す』
「含み笑いし過ぎだろっ」
修は思わず起きてツッコミを入れてしまう。
「寝るんだったら聞かないでよ、もう」
「聞こえてくるんだからしょうがないだろ」
早く寝ないと仕事に支障が出るので、修は掛け布団を頭まで被って目を閉じる。
始発の電車で家に帰り、昼には家を出ないといけないのだ。
幸いというべきか。
眠気が強いので、近くでゲームをされていてもすぐに眠りにつく事ができた。
とはいえ、眠りへと誘う子守歌――スピーカーから漏れる甘いイケメンボイス――には、少しうんざりしていたが。
それから数日は同じ事が繰り返された。
普段なら気にしなかったのだが、修は何故か妹がプレイしていたゲーム。
『この世界の果てまでを君に』
通称『君果て』の事がなんとなく気になったので、公式サイトや攻略サイトを閲覧してみた。
最近はゲームをする暇がなかったので、ついつい真剣に熟読してしまう。
(これ男目線どころか、女目線でもクソゲーなんじゃ……)
メインシナリオライターは、ゲーム会社の偉いさんの親戚だったから抜擢されたド素人。
特にゲームの売りとなるメインの攻略キャラは、ライターの未熟ぶりを表していた。
ヒロインの好感度が高くなると、他の攻略キャラに無茶な命令を与え始める。
命令が達成できなかったらヒロインの前で罵り、そしてその失敗を許す事で大物ぶる王子。
最強の騎士を目指し、腕に自信のある者に挑む血気盛んな若者。
しかし、元帥の孫なので怪我をさせないようにと、周囲が手加減してくれている事がわかっていない侯爵家の嫡男。
「知性のない者は獣と同然、生きる価値なし」と公言するものの、本人の成績は学年で十番程度。
そんな彼に気に入ってもらおうと、健気にも勉学に励む婚約者がいる。
だが、その婚約者の成績が自身よりも良いと不機嫌になる伯爵家の嫡男。
事あるごとにヒロインの周囲で意味有りげにふくみ笑いをする。
しかし、ふくみ笑いをしていれば深い考えがあるように見えるだろうという考えだけで、実際は何も考えていない伯爵家の嫡男。
心の中では自分が優れた人間だと思っているが、成績は中の下レベル。
成績が悪いのは、本気を出していないからだという事を自分に言い聞かせている子爵家の嫡男。
それが主人公と同世代であるメインの攻略キャラ、公式名称『ゴメンズ』だ。
(……謝るのか?)
これにもう一人、隠しキャラを合わせて『シックスメンズ』という公式名称がある。
(きっと、六人目の攻略キャラは幽霊なんだろうな)
どういう見方をしても「こいつらを攻略する価値があるのか?」と思ってしまう面子揃い。
他にも攻略可能なサブキャラがいるとはいえ、メインがこの惨状なのは酷過ぎた。
(嫡男とか跡継ぎなのはいいけど、見た目や家柄だけじゃなく中身も含めてもっとマシな男を略奪しろよ……)
ネットではサブシナリオライターが作ったその他の婚約者キャラやサブキャラがいなければ、画集で良いという評価ばかりだ。
声優だけは豪華なので、それだけは良しとする評価もあったが、それは少数派である。
声優の無駄遣いという意見が大勢を占める。
やはりゲームには、ゲーム自体にのめり込める内容も必要なのだ。
基本的に絵柄は女性向きだが、男性にも受け入れられるような中間よりの絵柄でもあった。
それに婚約者を奪われる令嬢達は、男性受けを狙ったキャラという事も大きかったのだろう。
修の目線で見れば、被害者側の令嬢達の扱いが理不尽に感じられた。
悪女から攻略キャラを救うという内容ならば納得できるのだが「そういう設定とはいえ奪われるだけなのは可哀想だ」と思ってしまう。
このゲームで最悪なのは王子エンド後――
『ここから見える風景が私のものなのねっ』
『そうだ、全て僕達のものだよ』
『けれど……、地平線の先には他の国があるのよね』
『フフッ、君は欲張りだな。この国の王妃っていうだけじゃ満足できないのかい』
『全部私のものって言ったじゃない。見える範囲だけじゃ全てじゃないわ』
『フフッ、良いよ。この世界の果てまでを君に贈ろう』
――などというやり取りがある。
エンドロールでは戦争中の一枚絵もあるため、世界に無謀な戦争を仕掛けたのだろう。
登場人物の残念さばかりが目に付いてしまう。
修はこんなゲームをプレイする妹への心配だけが募っていった。
----------
「ねぇお父さん、安いのでいいからパソコン買ってよ」
「お母さんに聞きなさい」
父は家庭の財務省へのスルーパス。
「ねぇお母さん、パソコン買ってよぉ」
「ダメよ。来年は受験もあるんだから、大学の費用とかも貯めておく必要があるでしょ」
母がパスボールをインターセプト。
「ねぇお兄ちゃん、パソ――」
「ダメだ。バイトして買いなさい」
兄はタッチライン外にボールを蹴り出す。
家族仲良く、昌美の好きにはさせなかった。
「もぉなんでー。バイトなんてしたら受験に落ちちゃうよ」
日曜の朝。
朝食をとっている時に妹がパソコンをねだりだした。
修は珍しく朝食の時間に起きていたが、寝ているべきだったかと後悔した。
「ほらお兄ちゃん。私が自分のパソコンを持ったら、ハードディスクの中のエロ画像を漁られる心配なくなるよ!」
「漁られて困るようなファイルは何も入ってなかっただろ。知ってるんだぞ、何かからかうネタがないかこっそり中を探ってたの」
「うっ……。それはそれとして、私専用のパソコンがあるとゆっくり寝られるよ」
「別に。俺はいつも気にせず寝てるだろ」
今までの人生経験で、両親よりも兄が与しやすい。
そう学んでいる妹が、これでもかと攻勢に出た。
兄の腕に胸を押し付けたのだっ!
「ねぇお兄ちゃん、お願い買ってぇ」
「ダメだって。そもそも妹の胸を押し付けられて喜ぶ性的嗜好はないし、そんなねだり方はやめなさい」
妹相手に欲情はしない。
彼は比較的倫理観のある男だった。
「ねぇ、お兄ちゃ~ん。私、今年で十七歳だよ」
「だからどうした」
「お兄ちゃん彼女いないよね?」
「うるせぇな、お前には関係ないだろ」
「私の友達を紹介するよ。年上の人が良いっていう子いるんだけど、その子は私よりも胸も大きいし、スタイルも良いからきっと気にいると思うなぁ」
その言葉で、それなりに弾力のある妹の胸の脂肪を意識し始める。
昌美は人並みか、ちょっと大きめな物を持っている。
(これ以上の物の持ち主か……)
恋人のいない修にとって、妹の提案は非常に魅力的な提案ではある。
だが、それを受け入れるには大きな……、そうとてつもなく大きな壁があった。
「同級生だろ?」
「そうだよ」
「青少年育成条例違反になるからダメだろ。しがない一社会人には前科の肩書は怖いんだよ」
「もう、なに言ってるのよ。後二年で合法だよ。それまでは愛を育む時間だと思えば良いじゃない。合法十代だよ! 十代で合法なんだよ!」
「まったく、お前って奴は……」
喋りながらも朝食を食べていた修は、食べ終えた食器を台所に置き、足早に自室へと戻っていった。
それを昌美はがっかりとした表情で見送る。
「あぁ~あ、ダメかぁ……。自分のパソコンがあれば、一応勉強とかにも使えて便利なのになぁ」
「おい、なにしてるんだ」
色仕掛けが失敗した。
それでも、やっぱりパソコンは欲しい。
そう思っていた妹の前には、素早く着替えた兄の姿があった。
「さっさと食って支度しな」
修は親指をグッと立て、力強い笑みを浮かべる。
「やった、お兄ちゃん大好き♪」
妹は朝食を流すように食べ、急いで自室へ着替えに行った。
早く買いに行きたかったのか髪もゴムバンドで纏めるだけで、いつものように時間をかけて櫛でといたりはしなかった。
「それじゃ行ってきま~す」
「行ってきます」
両親は慌しく出かける子供達を、生暖かい目で見送る。
「合法十代かぁ」
そっと呟く父親の前に、母親がコーヒーカップをガチャンと置く。
ビクッとした父親は、思わず口に出してしまったのかと猛省する。
そんな夫を睨みながら母親が深い溜息をついた。
「あの子達の育て方、間違ったのかしらねぇ」
「そうだな」と口にすれば「仕事が忙しいって子育ては投げっぱなしだったのに、そんな酷い事をあなたは言うの?」と反撃される。
「そうじゃない」と言えば「本当にそう思うの?」と聞かれる事が長年の夫婦生活でわかっている。
父親は苦いコーヒーと共に言葉を飲み込み、妻の言う事を聞き流す事しかできなかった。
修が騙されたと気付いたのは、近くの量販店で昌美用にノートパソコンを買った後。
帰路に着く車の中だった。
「今、気付いた! お前の友達とか絶対性格最悪じゃねぇか! 年上の彼氏が欲しいとかATM扱いして捨てるタイプの友達しかいないんじゃねぇの? そもそも、なんでゲームソフトまで買わされてんだよ? それに通販で買った方が安いのになんで俺は……」
修は、思わずテンションで買い物に出かけたものの、冷静になって考える時間を持つべきだったと後悔した。
学生時代に買ったオープンカーの生み出す風が、修の頭を冷やしてくれたのだ。
そんな兄の言葉を心外だと言わんばかりに、昌美は口を尖らせる。
「なに言ってるのよ。ちゃんと清純派の子だから大丈夫だって。細かい事気にしてるからモテナイんだよ」
「それぇぇぇ! なにそれぇぇぇ。清純派ってなにぃぃぃ! 清純派であっても清純な子じゃないんだろ? 清純派AV女優くらい無理があるだろっっっ」
「ちょっと! オープンカーなのに、なんで大きい声でAV女優とか言ってんのよ」
「くそっ、俺の命を削って稼いだ金が……」
信号待ちの間、修は頭を抱える。
やがて、口喧嘩をする二人の耳に後ろから激突の音が聞こえた。
そちらを振り向くと、スピードを出しすぎてジャックナイフ現象を起こしたトレーラーが、修達の後ろを走っていたバイクを巻き込み、自分たちの車に向かってきていた。
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