第3話 Nest of a Crow①

 公園にて戦闘のあった日の夜。

 火星府庁舎すぐの地下施設。

 しんと静まり返った暗い廊下に、コツコツと足音だけが響く。

 やがて一人の男性が角から現れ、廊下を歩いてきた。音の主はアルデバランである。いつもは少しばかり明るく振る舞う事もするのだが、今日は様子が違う。まるで闘牛さながらに、目を見開いて、肩が取れんばかりに怒らせて、とある場所へ向かっていた。

 アルデバランは憤慨していた。

 よもやあのアンタレスが、失態を犯すとは。

 しかし、怒鳴り散らした所で何も効果はない。怒りを抑えつつ、彼はとある場所へ向かう。

 廊下を渡った一角、アルデバランはノックをすると、入るぞ、と声をかけた。すると中から、お入り下さい、と声が返ってきた。少し低いが落ち着くような、若い男性の声である。

 部屋の中は本が多数ある他にはこざっぱりとしており、少し薄暗く照らされている。シンプルな机の上に本と書類に書見台、そして照明ランプや筆記具だけがある。

 そしてその部屋で報告書類を書いていた男は、質のいい黒いスーツとネクタイに身を包んでいた。森林種エルフなのか耳が長く、闇夜のように黒い髪は丁寧に整えられている。菫色の瞳が印象的だが、その左目には片眼鏡モノクルを掛けており、その雰囲気から、彼がどれ程几帳面なのかが伝わってくる。そして最も特徴的なのは、男の左足が蒸気技術で出来た義足である事だ。それを補う為、男は杖を使用していた。

「コルビー、今日の報告書類は書けたかね」

 アルデバランがその男に話しかける。

「はい、只今終わりました」

 コルビーと呼ばれたその男は、ご覧下さいと言って書類を差し出す。しかし、書類に目を通すアルデバランは渋い顔をしたままだった。

「……成程、あとはこちらでやっておく。私も立ち会ったからな」

「畏まりました」

「デネブの奴、大事な場所でしゃしゃり出おって……」

「こちらで口封じをしますか」

「いや、彼奴あやつは良くも悪くも今注目の的だ、若い癖に女で剣になったから、珍しがられているのだ。そんな奴の口や言動を制限するなど、火に油を注ぐようなものだ。私でなくても、他の暇な奴らが勝手に手を下してくれるだろう」

「左様ですか」

 書類を読み終えたアルデバランは、少し柔和な表情で話しかける

「アンタレスの様子はどうだね」

 コルビーは片眼鏡モノクルを直してから答えた。

「流石、といった所でしょうか、もう何も支障なく歩いております。怪我の治癒には数週間要しますが」

「そうか、大事でなくて良かった。しかし、彼が怪我をするとは珍しいな」

 アルデバランはそう言うと、少し真剣な表情をして話し始めた。

「さて、早速だが本題に入らせてもらう。───アンタレスは、なぜしくじった」

 コルビーは、少し考えるようにして沈黙したかと思うと、アルデバランを見て言った。

「恐れながらアルデバラン閣下、今はまだ彼が回復したばかりでまだ状況を聞いていないので詳細は分かりかねます。しかし、今回、デネブと居合わせたとの事。彼は優秀ですので、白鳥の剣一人ごときで手をこまねくような者では無いでしょうが、何らか余程の事情があったのでしょう」

 アルデバランは手で口元の髭を撫でながらふうむ、そうかと呟いた。アルデバランもアンタレスの実力は知っており、例えコルビーの発言がアンタレスへの過信からだったとしても、その言葉が嘘であるとは言えなかった。

 それに───デネブの他にも、何人かが

 加勢に入ったという。いくらアンタレスとて、相手にする限度というものもあろう。

「しかし、この事態は憂慮すべきだな」

「はい」

「アンタレスや相手に何か事情があったとは言え、人工人間を潰す組織の正体が世間に知られれば、それは大問題となる」

「承知しております」

 少し怒りを滲ませて話すアルデバランに対して、コルビーはあくまで冷静に答える。

「その上で今回は、誠に無念だ」

「弁解の言葉もございません」

「今回は私が助けに来られたから良かったものの、もしまたこのようなことが起これば、次は何が明るみに出てしまうか分からん。私の進退に大きく関わる。もちろんコルビー、お前さんの命にも、だぞ」

「ええ」

「……お前さんたちには感謝しておるのだ。どうかその事を忘れず、無駄に命など落とさないように精進してくれたまえ」

「御意」

 そう言うとコルビーは、アルデバランに頭を垂れた。それを見届け、アルデバランは少し笑みを戻した。

「憎き人工人間機械を取り除くには、思ったより時間がかかるな」

「閣下ならば、必ずや悲願を現実のものになされると確信しております」

「有難う、ではおやすみ」

「はい、おやすみなさいませ」

「全ては、より良き社会の為に」

「全ては、より良き社会の為に」

 挨拶の後にアルデバランが戻った後、コルビーは腕時計を見ると、ふと思い出したようにまた別の場所へと向かった。コルビーの部屋から数分で、その目的の部屋へは着いた。

「アンタレス、怪我の調子は」

 ノックをし、コルビーが尋ねた先には、背の低い少年がカーペットに座り込んでいた。ドアとコルビーに背を向けて、ゲームカセットが放り出してある薄暗い部屋の中、大きな画面でテレビゲームをしていた。

「いけっ、あっ、そこだっ……。てあ、くそっ……」

 怪我の治りもそこそこなのに、ゴーカートを走らせて競うゲームに夢中になっている。カジュアルな黒のパーカーとデニムに身を包み、長い銀髪の一部分を真っ赤なインナーカラーで染めている。比較的新しい靴は、お気に入りのスニーカーだ。

「んだよぉ、今ちょうど追い越せるかもしんなかったのにぃ〜!」

「アンタレス、今日の出来事の報告を頼みます」

「えー今ぁ?!」

「6時半に伺うと言ったはずだ」

「そだったっけ?」

「言ったはずですよ、さあ話して下さい」

「嫌だね」

「嫌だ?」

「あんたのせいでゲームオーバーになっちまったじゃねぇか!」

「私のせいでは無い。ゲームオーバーだからと言ってそんなにむくれるな」

「むくれてね〜よ〜」

「全く」

 呑気にそんな返事をするアンタレスにコルビーはふうと溜息をつき、少し間を開けた後言った。

「アンタレス、お前は、余程の事がない限りしくじらない。少なくとも私はそう思っている。何か変わった事でも起こったのか?」

 その言葉に、アンタレスはすぐさまコルビーの方を振り向いた。その目には、驚きと純粋さが惜しげも無く浮かんでいる。全く、おだてられやすい少年だ、とコルビーは心の中一人ごちる。

「そろそろ、先に起こった事の顛末を聞かせて貰えるかね」

 そうコルビーが言うと、アンタレスはにっと笑った。

「いいよ、あんたにとっちゃ、とてもおもしれー話だぜ」

 アンタレスは嬉々として言った、コルビーはその真意が読み取れず、尋ねるようにしてアンタレスを見た。

「と言うと」

が現れた」

 その言葉を聞いた瞬間、コルビーの中に電撃が走った。

「栗毛の天馬が現れた、それは本当かね」

「ああ本当だぜ、あれは天馬だった。俺が女の人工人間機械を殺した時に叫ばせて死体の存在を知らせるまでは計画通りだっただろ?だったから良かったんだが、俺が退こうとした時にデネブが来ちまって、それを追ってやって来たよ。栗毛の、如何にも四角四面そうな奴だった。どうやらデネブと一緒にいたんだな」

「……そいつがだと言える証拠は」

「隣に機械仕掛けの銀髪がいた」

「……あいつは……まだそんな馬鹿げた事をしているのか、冗談もいい加減にしてもらいたい」

 アンタレスは目を細めて、にやけながら言う。

「冗談はともかく、銀髪野郎はいい腕してたぜ、それに、物陰で一匹銃を持った奴がいた。俺と同い年位の若ぇの。人間ヒューマンっぽかったけど見た事ねえ顔だったな。なんで一緒にいたんだろう?……もしかして新しいダチか?」

「その人間はどんな様子だった」

「現場にやってきた時は天馬と一緒だったから、何かたまたま会って、話でもしていたのかね?ヒソヒソ話をした後、エニフと離れて銃を隠し、撃つ準備をしていたぜ。まあ尤も、アルデバラン閣下が来たから、何もせずに一緒に帰ってったけどさ。銃は上手く隠してたから、俺以外は持ってたなんて分からなかったと思う。結構扱いには慣れてそうだったぜ」

「慣れている、ふむ」

「もしかしたらあんたと互角か、それ位」

 アンタレスはこんな風貌こそしているが、特に戦闘には秀でている。そんな彼がこう言っているのだから、それなりの人物であるかも知れない。とすると、これからあちらの方でも何か新しく動きがありそうだ。

 それにこれだけ組織が成長し、こちらもこれから大きく動こうとしている時に、隠しておこうとしても無理だ。いや、そもそも

“社会を動かす”のだから、こちらから吹っ掛ける位でなくてはならない。

「───いよいよ対峙、と言う事でしょうか、ミスター・エニフ」

 コルビーはそう呟くと、アンタレスの方に向き直った。

「アンタレス、皆に伝えて貰いたい。今から30分後、“鴉”全体で会議を開きます。各自述べたい事があれば、それまでに用意するように」

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Southern Cross 花束よしこ @southerncross1

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