第2話 Stesmpunk and Sunlight of Southern Cross④

 まるで灰の如き死の匂い。

 布に身を包んだその影は、何か禍々しいものを放って、静かにそこに立っていた。

「エニフ、あれ毒なの?」

「恐らくな」

「手間取りそうね。エニフ、悪いけど手伝って貰えるかしら」

「そのつもりだ」

 そう言うとエニフは、死角で敵から見えないように小さな声でポラリスに囁いた。

「ポラリス、君はどうか武器を隠していてくれ」

「え、でも!」

「私たちがもしも危なくなったら、その時には援護を頼みたい」

「……分かりました。援護します」

「頼む」

 そしてエニフはアクルックスに向き直る。

「アクルックス。行くぞ」

「はい」

 そう言った直後、気がつくとアクルックスの傍に敵が現れ突こうとしていた。

「――早いっ!!」

 アクルックスはすぐに避ける。そして素早く切り返し刺し返す。そのままアクルックスは、敵と刃を交えた。相手の刃は毒。少しでも致命傷。

 アクルックスは素早く刺すが、敵の体を掠めただけで当たらない。敵の足は、俊敏で身のこなしはまるで空気だった。

 そこへデネブの剣が敵に向かう。すると敵は二、三歩引いて大きく宙返りをし、デネブの背後に回る。

 振り向くや敵の剣が前へ出て、デネブは避けながら敵と剣を交えた。彼女の剣を敵はしなやかに避け、デネブを刺そうとする。何回か突かれそうになり、デネブはひらりと避ける。

 避ける彼女を見るのは久々だぞとエニフは思う。デネブがこれ程苦戦する事は非常に珍しい。敵も手練れか。

 アクルックスとデネブ、そしてエニフの三人を相手にし、敵が僅かによろける。よろけた敵のフードの奥に、光ってブローチが見えた。羽を開いたような動物の形。モチーフは鴉か蝙蝠か。

 隙を突いてデネブは身を乗り出し攻勢に転じる。走ってきたアクルックスが隙をつき、敵の腕から少女を離す。そしてそのまま走り、少女の体を連れ出した。

「安全な所へ!」

 ポラリスは急ぎその少女の亡骸を持っていこうとする。しかしその時、風のような勢いで走る敵が目の前に現れた。毒の刃が彼を襲う。

「ポラリス!」

 間一髪エニフがそれを払った。しかし生憎少女は敵の手に抱えられる。敵の反応速度が腹立つように早い。早く銃を使いたかったが、使われない歯がゆさで胃が痛くなる。

 そのままの形でエニフは敵と対峙した。互いの鋼の軋む音が高く上がる。

 敵は少女を抱えたまエニフと刃を合わせる。しかしそれを感じさせないほど敵は毒の刃を振るう。

 敵の連続の刃をエニフは払って隙を切り込む。しかし敵はひるまない。エニフに刃を押し込み、そのまま近づける。

「――このっ!」

 ぐっと押し込まれる。エニフは押し返すが、相手の毒のぬめりで上手く刃を上げられない。敵とエニフはぐっと刃を押し合い鼻先数センチで向き合う。冷や汗がエニフの体を伝った。敵の毒牙が目の前で震え、ギチギチという音が響く。

 数秒後砂を蹴る音がしたかと思うと、

「――っおりゃっ!」

 突然敵に衝撃が走った。

 アクルックスが後ろから敵を攻め、その背中を刺す。敵はもう一度揺らいだ。エニフはその勢いで相手の刃を払う。

 敵は少し荒く息をしながら止まった。

 何秒か膠着状態があり、敵は向こうを見たかと思うとそちらへ走り出した。少女を抱えたまま、敵は俊敏に駆ける。

 身の前にあるのは、木の板で出来た巨大迷路のアトラクション。

「迷路!逃げ込まれるぞ!」

「待てっ……!」

 四人は迷路の中へ必死で追いかける。

 迷路の周りにいた客の驚きの悲鳴が上がる。

 その時、

「デネブ君!」

 声がしたかと思うと、突如、大きな赤い影が現れた。

 四人はそのまま走ろうとしたが、影はそこに立ちはだかる。

「?!」

 デネブはそのその姿を見て叫んだ。

「アルデバラン様!?」

 その姿にアクルックスとエニフも驚く

「何だと?!」

「え」

 ポラリスも止まった。

 そこには、一人の壮年の男性が笑いながら立っていた。

 男性は四人を一瞥したかと思うと、少し低い声でこう言った。

「まあまあ。こちらへ来なさい」

「……みんな。止まりましょう」

 デネブが言う。心做しか声が、かなり悔しそうなのは気のせいか。

 敵は既にそのまま迷路の中へ走り姿が見えなくなっていた。

 四人は男性の元へ近づく。ポラリスは内心迷路に逃げた犯人を追いたくて堪らなかったが、それよりも大変な事態なのだろうか。

 デネブは男性に深く礼をし、それに倣ってエニフ、ポラリス、アクルックスも深く礼をした。

 男性は、火星府の大臣である火星相かせいしょうのアルデバランだった。

 天界族種の彼には、白い羽が左右に三枚ずつ、合計六枚ついている。ギラギラと燃えるような紅い目に、緋色の髪は角刈り。しっかりと蓄えられたもみ上げとまつ毛は、この人物が政治家、軍人として只者ではないと容易に感じさせた。そして纏う赤色の服には上級軍官らしく金色のボタンと装飾。周囲には、大臣らしく幾人も護衛の者や近侍が付いている。アルデバランはデネブやその周囲の部下を見やると、にこやかにデネブに話しかけた。

「これはこれはデネブ君。ごきげんよう。仕事は順調かね?」

「おはようございます。アルデバラン様。はい、お陰様で、こちらは何事も問題なく進んでおります」

「よしよし」

「僭越ながらアルデバラン様。本日はどうしてこちらにいらっしゃるのでしょうか」

 アルデバランは大きく笑って答える。

「なあに、ただ散歩しに来ただけだよ」

「左様ですか」

 デネブは、アルデバランの質問に淡々と答える。しかしその声は、ポラリスを苛つかせた。

 犯人を捉える邪魔をしておいて悠長に。こいつは一体何なんだ?!

 しかしその苛立ちは、どこへも向ける事が許されない。デネブの態度からは、何かそう言った無言の警告が現れている。

 アルデバランが問うた。

「して、デネブ君。君たちは今、ここで何をしているのかな?」

「はい、その件ですが、近くで殺人事件と思われる事件が発生した為、剣の権限下で調査と追跡をしている所です」

「なるほど。それは結構」

「ありがとうございます」

 周囲に漂う、ヒリヒリとした緊張。

「ところでその事件、もう解決はしているのかね?」

「いえ、恐れながらまだ解決出来ておりません」

「なるほど。それなら――」

 アルデバランは、一通りの確認が済んだと見た所で、こう切り出した。

「この一件、どうだろう。この私に任せてはくれないだろうか」

 地面を見ながら、ポラリスは思う。

 一体、何が起こっているんだよ。

 その提案にデネブは冷静に切り返す。

「と申しますと」

「いや何、私も元“牡牛おうしつるぎ”だったのでね。久しぶりにでも、こう言う下仕事に手をつけなければ、部下の事を何も分かってやれなくなる。大丈夫だ。責任は全て私が持つ。デネブ。ここまでよくぞやってくれた」

「畏まりました。勿体なきお言葉ありがとうございます。それでは、申し訳ございませんがお頼み致します」

「ありがとう」

「とんでもございません」

 デネブはそう言い残し、三人に目配せをした。そして四人が立ち去ろうとしたその時、「ああ、デネブ君、もう一つ」

 とデネブは声をかけられた。

「何でしょうか。何なりと」

 デネブは立ち止まり、もう一度アルデバランの方へ体を向けた。

「申し訳ないんだがこの一件」

 柔らかくもあるアルデバランの声が、急に棘を帯び、そして表情が凄みを帯びた。

「手出し無用で頼むよ。部下にもそう伝えてくれたまえ」

「……畏まりました」

 僅かな隙を残し、デネブは即答する。

 ポラリスは驚きの表情を隠せなかった。

 どういうことだよ。

 犯人はどうなるんだ?

 まさか見逃すってのか?

 少女の体もまだ抱えたままなんだぞ?!

 ポラリスの驚く顔をよそに、デネブは挨拶を述べる。

「それでは、これにて失礼します」

 そしてデネブは三人の顔を見渡し、アイコンタクトをして一緒に来るよう促す。

「さあみんな、行きましょう」

 後ろになにか視線を感じつつ、四人はその場を立ち去らざるを得なかった。


 ポラリスが質問をしようと声を出す前に、エニフが声をあげた。

「おい、どういう事だ一体これは?」

「しっ、うるさい。声を鎮めなさい」

 デネブはきつくエニフを窘める。

 たまらないとばかりにポラリスもぶつけた。

「犯人はどうするんですか?」

 デネブは答える。

「聞いたでしょう?アルデバラン様がわ」

「どうにかって、あの人が捕まえてくれるんですか?」

「あの人は火星府の大臣よ。きっと直ぐ事態を収集してくれるわ」

「そんな事言っても……」

「……腑に落ちないわよね。またいずれ話すわ」

「……そうですか」

 デネブにそう言われて、ポラリスは黙るしかなかった。

 そういえばアクルックスはどう考えているのだろう。そう思って、少し後ろの方を見たのだが、アクルックスは下を俯いていて、何の表情も読み取る事が出来なかった。

「取り敢えず、向こうの喫茶店でも行って、気持ちを落ち着けましょう。ポラリス、アクルックス、少し先にお店に行って予約を取って貰えるかしら?」

『分かりました』

 二人はそう言って、喫茶店へ駆けていく。

 それを見届けたデネブは、本題に入ろうとエニフに声をかけた。

「エニフ、ちょっといいかしら」

「ん?」

「さっき、どうして犯人を取り逃がしたと思う?」

「え?」

「二人には今さっき話しても良かったのだけど、とりあえず今の所は、あなたにだけ話しておくわ。でもいずれアクルックスも、もしかしたらポラリスも知る事になると思うの」

「何?」

「あなた、今朝の新聞見た?」

「ああ。また人工人間ばかり狙って殺害される事件が起こって……」

 エニフはそこで気付く。

「おい、

 デネブは答える。

「 どうやらそのよ。実は、国の中に、人工人間を暗殺する機関があるらしいの。」

「人工人間を暗殺する機関?」

「ええ。アルデバラン直属のね」

「なんだと?」

 デネブはエニフと内々に話す時、わざとアルデバランに対して敬称を付けない。それは、エニフだからこそ通じる、アルデバランへのデネブの気持ちだった。

「じゃあ、さっきの刺客も――」

「ええ、私たちのような“手練れ”た人物だと考えれば、説明がつくわ」

「俺たちは、その組織の現場に居合わせたのか?」

「恐らくね。あまり多くは知らないのだけれど、なんでも、アルデバランの理想を具現する為に、人工人間などの下等な人間や人工人間を排除して、より良い進化の為に上位人種を生き残らせる事が目的で、ああやって活動しているらしいのよ」

「そんな物がどうして」

「私には分からないわ。でも、アルデバランはあの考えだし、なんでもその中には、人工人間に対して憎さや辛さをを抱く人々がかなり存在するらしいのよ」

「どうしてそれが分かるんだ?」

「彼らがそう言ったからよ」

「え?」

「いまさっきでは無くて、前に起きた別の現場なんけどね、その日たまたま、私の友人が事件現場を見ていたのよ」

「それで?」

「犯人は、今さっきのように人工人間を狙って殺害したわ。その時はご遺体はそのままだったらしいのだけれど、代わりに犯人は、何か呪いのような言葉を残して去っていったらしいわ」

「何だと?犯人が何か言ったのか?」

「ええ。変声機のついた声で。何も身元は分からなくしてあったしいけれど、それでも話した言葉はこう聞こえたそうよ」

「何と聞こえたんだ?」

「『憎く悪しき人工人間――機械仕掛けの悪魔め!コルビーの命によりすぐに根絶やしにしてくれる!』」


「憎く悪しき、機械仕掛けの悪魔……か」

 デネブからそのその情報を聞き、エニフはふとある人物の事が頭を過ぎった。デネブは、それを見透かしてエニフに話を持ちかけたのだ。話をして、デネブはただ黙っていた。

 エニフはひとり呟く。

 遠い記憶。額に汗を滲ませて。


 ――偽名を使って――。

「悪魔と憎む……もしや““が……?」

「……まさかな」


 第2話終わり

 第3話へ続く

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