第2話 Stesmpunk and Sunlight of Southern Cross③

 蒸気自動車スチームモビールでスチームマテリアルを持てるだけ持って、四人は公園へと移動した。エニフとポラリスがスチームマテリアルを修理している間、デネブとアクルックスは、近くで手合わせをする事になった。

 アクルックスは剣を前へ突き出す。それをデネブは盾で払い、すかさずその隙を突く。しかしアクルックスは下がらず瞬時にこれを回避。

「出来るようになったわね」

「何とか」

苦笑いにも見える笑いを見せながら、アクルックスは汗ばむ手に剣を固く握りしめる。今度はデネブがアクルックスを押し倒そうと迫る。アクルックスはそれを剣でよけて押し切り、そして攻める。だがデネブの反応は早く、すぐさま剣を剣で避けた。ギャンと、二つの剣が悲鳴を上げる。

 二人はお互いを押し切ろうとするがどちらも譲らない。同時に仰け反り、もう一度体制を立て直す。

「あ、ほら、見てご覧なさい」

「え?」

 デネブに急にそう言われ、アクルックスはデネブの見ている方へ視線を向ける。

 そこには、まだ短いつんつんとした髪をゴムでまとめた、片目が鉄の人工人間の幼い女の子が立っていた。まだ残っているくりくりとした目には生気が宿り、その無垢なキラキラとした目で、アクルックスとデネブを眩しそうに見ていた。時間を考えると、ちょうど孤児院の散歩の途中だろうか?

「お姉しゃん、しゅごいね〜!」

 少女は、まだ舌足らずの声で話す。

 アクルックスはそれに応え、「ありがと!」と言ってニコニコと笑った。デネブも「こんにちは、お嬢ちゃん」と笑顔を向ける。

 「こんにちは!」と少女は元気良く返し、気分が晴れたのか、パタパタと去っていった。

 これだけの運動をしていれば、いくら春でも体は燃えるように熱くなる。

「じゃあ、ここらで少し休みを取りましょうか」

「はい」

 息切れ混じりにデネブに言われて、アクルックスは頷く。

「それにしても珍しいわね、あなたが

ポラリス君みたいな男の子を急に連れてくるなんて。」

「そうですか?」

「エニフもそう言ってたわ。それにあの男、変な意地張るから、少し悔しそうに言ってたわよ」

「え、あの……そうですか」

 アクルックスは、少し照れながら返した。

「で、どうなのよ」

「どうなのよって……」

「決まってるじゃない、女同士の話よ!それで?どんな感じなの?ポラリスくんは?」

 デネブはそう言うと、体を移動して肩肘でアクルックスをつつきながら、顔を近付けてニヤリと面白そうに笑った。アクルックスはそんなデネブを、少し鬱陶しそうにあしらう。

「いや、俺は女じゃなくて……いやでも……」

 たじろぐアクルックス。

「知ってるわよそんなの。でも、好きとか嫌いとか、自分の気持ちに、そんなの関係あると思う?」

「それはそうですけど……」

 デネブにこう言われてアクルックスは照れつつ受け流した。しかしアクルックスはその後、さらに少し俯いた。

「……どうしたのよアクルックス?なに考えてるのかしら?」

 不思議がるデネブ。

「ほら、何か困った事あったの?言っちゃいなさいよ!」

 そう言ってデネブに促され、アクルックスはポツリポツリと喋りだした。

「……正直、俺も、いずれ誰かとは一緒になりたいです。……でも、ポラリスだけに言える事じゃなく、俺は、俺は誰とも……何も進まないと思います。確かに俺は人工人間だし……相手が辛くなるばかりだ」

 そう言うアクルックスの目には、諦めの色が張り付いていた。

「……なるほどねぇ」

 デネブは呟く。

 昔はアクルックスの中に、こんな表情をもう少し多く見ように感じるが、最近ではそれも無くなってきている。今日はそんなアクルックスを久々に見たような気がした。

「も〜何よしょぼんとして。うじうじしてるんじゃないわよ!」

 デネブは笑って茶化す。そしてアクルックスに目線を合わせてしゃがみこみ、アクルックスの両肩を叩いた。そしてアクルックスに言う。

「私はあなたが男でも女でも、たとえ何であっても味方なんだから。いい?自分の気持ちに正直に生きなさい。アクルックス。分かったわね?」

 そう励まされ、アクルックスの目に光が少し戻った。

「ありがとうございます。デネブさん」

「ええ。困ったら何でも言うのよ。良いわね」

「はい!」

 そうして二人は顔を向かい合わせて笑った。

「でも……デネブさんさっき、あの男変な意地張るからって言ってましたけど……」

 アクルックスは続けて言う。

「本当に師匠、頑固で変な意地貼りますよね」

「そうなのよ!」




 ――くしゅん!

 「噂か?」

 所変わって、公園の隅の木陰。

 エニフとポラリスはスチームマテリアルを修理、清掃していた。

「ん?エニフさん大丈夫ですか?」

 突然エニフがくしゃみをしたので、ポラリスは心配して問いかける。

「ああ、大丈夫だ」

「エニフさん花粉症なんですか?」

「いや、そうじゃない。まあ、どうせ誰かが噂でもしたんだろう」

 エニフは笑って言う。

「アクルックスやデネブさんあたりがしたのかもしれませんね!」

 ポラリスもそれに乗り、冗談めかして返す。

「そう言えば、エニフさんは、どうしてアクルックスを弟子にしたんですか?こんなことを言ったらあれですが、それでも、風向きはキツかったんじゃ?……」

「そうだな」

 ポラリスにそう言われ、エニフはしばし考える。

「そうだな。確かに風向きはキツくなかったとは言えない。強いて言えば」

そう言ってエニフは、懐かしいような表情を浮かべ、ほんの微かに微笑んでこう言った。

「……似ていたんだよあいつは」

「アクルックスが、ですか?」

「ああ」

「エニフさんに?」

「ああ。だから、私はアクルックスを、あいつを見捨てておけなかったんだ。俺はあいつの事を小さな頃から見ているから分かるんだが、あいつは何と言うか、言っちゃなんだが、意地っ張りでね。一筋縄が通じないじゃじゃ馬なんだよ。でもあいつのそういう所が、私の何かを掴んだんだろう」

「なるほど」

「私は、人生のコツというのは、自分に問い質して間違っていないと思う限り、自分自身を曲げぬ事だと思っている。私はその事をアクルックスにも知って欲しかったんだろう」

 エニフのその言葉を聞き、やはりこの師弟は、とても何かが似た者同士なんだと、改めてまじまじと感じる。

 それと同時にポラリスは、自分の目にした事の無い、アクルックスの今までとエニフの今までに思いを馳せた。

 二人の歩んで来た道のりには、一体どれだけの分岐点があったのだろうか。そして、一体どれだけの障害があったのだろうか。



お昼も少し過ぎた頃、相変わらず手合わせをしているデネブとアクルックス。

二人の剣がギジリと合わさったところでアクルックスが気付く。

「あれ、女の子は?」

 二人の手合わせを見ていた人工人間の少女はあの後も時々やって来て、暇つぶしのように二人を見ていた。ほんの数秒前にもその姿を見たはずである。それなのに、その少女の姿が突然見当たらない。

「さあ、どこかへ行って帰ったんじゃないの?」

「そうですよね」

きっとどこかへ行ったのだろうと、二人は気にもとめず、手合わせを続ける。

 すると、少し近くから誰かの叫び声がした。

 ――あの女の子の声にそっくりだった。

「――今の声、さっきの……!」

「女の子かしら!」

 二人は声のする方へ走った。

「おい!大丈夫かい?!」

「何かあったの?!」

 叫びながら急いで着いたのは、公園の隅の木陰だった。普段、あまり人が通らないその場所に、少しだけ人だかりが出来ている。

『?!』

 おかしいと思いながらそこへ向かったデネブとアクルックスは、その人だかりの中の光景を見て、目を見開いた。

 そこには少女の身体を抱えて、黒い人影が立っていた。今まで見た事の無い、異様な、禍々しい雰囲気だった。

 全身を覆う黒のマントで、服も身元も見えない。さらに、そのマントのフードを目深に被り、顔を隠している。しかし、それでもそこから逃げようとはせず、動かずにそこに立っている。そしてその影は少女を抱き抱えながら、手に持つ刃を少女に向けていた。

少女は、既に事切れていた。

「――何なんだ君は?!」

「何してるの?!」


 

 同時刻、エニフとポラリスは、修理の作業中、少し遠くでデネブとアクルックスの声を聞いた。

 それは、普段の手合わせの声ではなく、何か緊張感のある叫び声。

「ん、どうした」

「何かあったんですかね」

 エニフとポラリスは目を合わせると、急いでその場から駆け出す。

 そして二人がその先に見た物は、普段見慣れない程の人だかりで、エニフとポラリスが走って来る間にも、人数は少しずつ増していた。

「何だこれは」

「一体何が……」

デネブとアクルックスの声は、何とその中心から聞こえてくる。

「デネブ!何かあったのか!アクルックス!どうした!」

「アクルックス、どうしたんだ!」

 二人にかけながら、人だかりの中心へ潜り込む。喧騒と人の声がやけにうるさい。

 その中心で、アクルックスとデネブが剣を持っていた。何者かと対峙している。その敵の姿を確認しようにも、黒くて分からない。 

 否、そうではない。敵は、全身に黒い衣装を纏っているのだ。そしてその人物は、刃を向けながら、少女を抱き抱えている。

 そして、敵の剣からは、少女の物と思われる血だけではなく、何か別の、透明の液体がポタリポタリと滴り落ちていた。


「アクルックス、デネブ、その剣に触るな!」

 エニフが緊張した大声で警告する。


「恐らく、毒だ」

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