あとがき

 『荒磯の姫君(中)』をお読みくださいましてありがとうございます。

 「台風接近時は海の様子を見に行かないでください!」――というときに沖に舟を出す話なので、よい子も悪い子も絶対にマネしちゃダメだよ、というお話です。

 この時代は、気象衛星の画像もなく、気象レーダーもなく、気圧計さえもなく、それどころか「台風が日本列島に襲いかかる」というイメージすら持てない時代で、経験の蓄積と伝承が主な対処の方法だったのですね。

 いやあ。防災減災のためになる小説だなぁ(たぶん違います)。

 『荒磯の姫君(中)』は「あらし」が終わったところで終わり、続きは『荒磯の姫君(下)』で連載します。

 『荒磯の姫君』にしておいて、「章」を上~下で分ければよかったんですが……「中」連載開始当時はまだ「カクヨム」初心者で、「章」を編集できることを知らなかったのです。「上」と「中」を分けたので、「下」も別に連載することにします。

 よろしくお願いします。


 ところで、第43話「あらし(10)」でお姫様が読んでいるお経は『法華経』の「如来寿量品」の一部、第46話「あらし(13)」のお経は同じく『法華経』の「分別功徳品」の一部です。

 お経を読んだ感じのカナ表記にしたのですが、読みが正しいかどうかは仏様のみぞ知る……というか、ちゃんとお経を学んだ人は知ってると思いますけど、私は知らないので、まちがっているかも知れません。

 大意は、『法華経』下(坂本幸男・岩本裕 訳注、岩波文庫、一九六七年、一九七六年改版)から。その漢文読み下し文と、サンスクリット語版からの現代語訳を参考に清瀬が作成しました。こちらもまちがっているかも知れませんが、いちおう載せておきます。



 法華経 如来寿量品より(第40話)


 自我得仏来 所経諸劫数 無量百千万 億載阿僧祇 常説法教化 無数億衆生 令入於仏道 爾来無量劫


 私(仏)がさとりを開いて以来に経た時間は数では言い表せないほどで、そのあいだ、ずっと「法」を説き続け、数限りない人びとをさとりへと導いてきた。


 為度衆生故 方便現涅槃 而実不減度 常住此説法 我常住於此 以諸神通力 令顛倒衆生 雖近而不見


 多くの人びとを救うために「私(仏。お釈迦様)は死んだ」ということにしていたが、実は私は死んでなどおらず、ここで法を説き続けている。私はいつもここにいるが、さまざまな神通力によって、心の混乱した人びとには、すぐ近くにいても気づかれないようにしているのだ。


 我時語衆生 常在此不滅 以方便力故 現有滅不滅 余国有衆生 恭敬信楽者 我復於彼中 為説無上法


 私(仏)はみなに告げる。私はここにいて死んではいない。ただ、人びとをさとりに導くための方法として、死ぬとか死なないとかいうことがあるのだと見せかけているのだ。よその国の者たちが、私を敬い、慕い、私を信じようとするならば、私はやはり彼らのなかにいて、無上の法(さとりへの道)を説くのだ。



 法華経 分別功徳品より (第43話)


 仏説希有法 昔所未曾聞 世尊有大力 寿命不可量 無数諸仏子 聞世尊分別 説得法利者 歓喜充遍身


 仏様は、これまで聞いたこともないような世にもまれな法を説かれた。世尊(仏)は大きな能力をお持ちで、その寿命は限りない。無数の仏の弟子たちは、世尊がそれぞれに法のありがたさを説いて分かち与えるのを聞き、その身に喜びをあふれさせている。


 天鼓虚空中 自然出妙声 天衣千万億 旋転而来下 衆宝妙香炉 焼無価之香 自然悉周遍 供養諸世尊


 天の鼓は何もない空でひとりでに美しい音を立て、千万億の天の衣はひらひら舞いながら舞い降りてくる。多くの宝物(宝石)の美しい香炉は、値打ちこの上ない香を焚き、ひとりでに(だれに持って運ばれるというわけでもないのに)世界を経めぐってもろもろの仏(さとりを開いた人びと)を供養する。


 ※ 物語は『荒磯の姫君(下)』に続きます。

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荒磯の姫君(中) 清瀬 六朗 @r_kiyose

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