炎の楚漢武将チャレンジ!
「だ……旦那様のお命が危ういとは、どういうことでしょうか⁉ 私が旦那様のためにできることがあるのなら、お教えください! お願いです、曹丕様!」
顔を青ざめさせている司馬懿と、悠然と微笑んでいる曹丕を交互に見ながら、小燕が涙目でそう言った。
「小燕、そう
「……ある知恵者? それは誰のことですか?」
「フフン。それは会ってからのお楽しみというやつだ。とにかく、お前は明日、食事の刻(午前九時頃)に司空府の庭園へ来い。池のそばの
「は、はあ……」
「気のない返事だなぁ~。そう案ずるな。その知恵者も、『つまらぬ
「あのねぇ……。『これが最後のごちそうになるかも』とか言って、俺をビビらせたのはどこのどなただと思ってるんですか? そんなふうに脅されたら、ビビるに決まっているじゃないですか」
「ん? そうだったか? ハハッ、まあよい。明日、お前が出会う知恵者は、軍師を目指す者ならば一度は教えを乞うべき人間だ。お前も、あの者から多くを学ぶといい」
曹丕は、妖艶に微笑みながら、はぐらかすようにそう語った。
やはり、反応がいちいち面白い司馬懿のビビり顔が見たいがために、「その魚が最後の
隙あらば人をおちょくる悪癖だけはマジで何とかして欲しい……。司馬懿は心底そう思うのであった。
(だが……そんな凄い知恵者とは、いったい誰のことであろう。曹軍は人材が豊富だ。参謀として名をはせている者は
* * *
司馬懿はその晩、曹操との初対面にそなえ、少し早めに寝た。したがって、小燕も、いつもより早い時刻に冥界へ帰った。
「う~ん……。旦那様、大丈夫かなぁ~……。明日の朝、旦那様が曹操様に殺されちゃったらどうしよう。曹丕様がきっと何とかしてくださるとは思うけれど……」
あの世に戻った小燕は、ひとりごとをブツブツ呟きながら、冥府の正門へと続くお花畑の道を歩いていた。
心配なので、司馬懿が曹操に拝謁する場にこっそり立ち会いたいが、幽鬼が生者の世界で行動できるのは基本的に日没の時間以降である。無理に向こうへ行っても、陰の気が満ちていない日中は活力が湧かず、ろくに動けない。
「旦那様が窮地の時に何もできないのは、何とも歯がゆい――ん? あの人だかりは何だろう?」
小燕は、
「行けーーーッ‼ はんかーい‼ 漢建国の功臣の実力を見せたれーーーッ‼」
「おいおい。
「あの新入り、
鬼たちは四角い台を取り巻き、台上で対峙する二人の人物に、声援や野次を飛ばしている。その台は、四隅に鉄の柱が立ち、三本の縄で囲われていて、まるでプロレスのリング――いや、まるでもなにもプロレスのリングそのものであった。
リング上の二人は、徒手空拳で、壮絶なファイトを繰り広げている。
「ぐっふっふっふ。張郃とやら、なかなかやるじゃねぇか。しかーし!
「う、うぉーみん??? わけのわからぬ言葉を操る豚顔野郎め。私はまだ死ぬわけにはいかぬのだ。冥界の幽鬼どもなど片っ端から退治して、現世に戻ってみせる……!」
「ぬあははは‼ その意気やよぉぉぉし‼ でえりゃぁぁぁーーーッ‼」
樊噲と名乗る髭もじゃの巨漢が、猛烈な勢いでタックルしてくるのを、対戦相手の人物――女冥吏によって強制的に魂を刈られた張郃は、カウンター・ハイキックで迎撃。脳天にまともに喰らった樊噲は「ごべばっ⁉」と叫びながら数歩よろめく。
ゴングが鳴ってしばらくの間は、見たこともないプロレス技に、張郃は翻弄されていた。しかし、彼は、劉備が大いに警戒するほどの知勇を兼ねた名将にのちのち育つ。その生来の戦闘センスで、敵の放つ技を戦いながら修得していき、次第に形勢を逆転させつつあった。
「張郃さーん。そろそろ負けて、潔く自分の死を受け入れてくださーい。私がお迎えを担当した人が冥界で暴れたら、泰山府君に叱られるのはこの私なんですからぁー。一緒にお連れした他の人たちは大人しく冥府の門をくぐってくれたのに、なんで貴方だけ抗うんですかぁー。お願いしますよぉー。困るんですぅー」
女冥吏がマットをバシバシ叩いてそう懇願したが、張郃は「うっさいわ!」と怒鳴り返した。
「私には……天下万民が笑顔で暮らせる世を作るため身を粉にして働き、老後は儒学者たちと書について語らいながら平穏な日々を過ごすという理想の生き方があるのだ。それなのに、なんでいきなり人生を強制終了させられねばならんのだ! 私はこんな終わり方、絶対に認めん! 必ず現世に戻ってみせる! 何事も為せぬまま死んでたまるか!」
「あらぁ……。声が裏返った独特のハスキーボイスが
「ショーケンってだれ⁉」
張郃が女冥吏に気を取られていると、樊噲が「隙ありーーーッ‼」と吠えながらラリアットを仕掛けてきた。
間一髪でそれをかわした張郃は、樊噲の背後に素早く回って、両腕で腰をがっちりつかんだ。そして、えいやっと力いっぱい後方へ放り投げた。十数分前に自分が喰らった投げっぱなしジャーマンをやり返したのである。
頭からコーナーポストに激突した樊噲は、しばしのあいだ後頭部をおさえながら悶絶していたものの、すぐにアハハハハハと哄笑しながらガバッと起き上がった。恐るべきタフネスである。
彼は、頭部から滴り落ちてくる血をペロリとひと舐めすると、
「やるじゃねぇか! だが、ここまではただのウォーミングアップだ。本番はここからだ!」
そう豪語しながら冥府支給の官服を脱ぎ捨て、上半身裸のレスラーパンツ姿になった。鍛え上げられた鋼の筋肉がまぶしい。
「だから、うぉーみんぐあっぷって何なんだよ⁉ ……ええ~い、不気味な男め。明らかに形成はこっちが有利なのに、
「くっくっくっ……。
「言葉の意味はよく分からんが……とにかく凄い自信のようだな。よかろう、おぬしが敗北を認めるまで、とことん付き合ってやる。さあ来い……‼」
この激闘を見物している鬼の群衆は、ざっと数えて、二、三百人。
その中には、
「おらー! もっと激しくやりあえやー! 血の雨ふらせろー!」
「あの……董白ちゃん。これはいったい何の騒ぎですか?」
小燕が、口汚く野次を飛ばしていた董白に恐るおそるたずねると、彼女は振り返って「あら、小燕ちゃん。いいところに戻って来ましたね」とお嬢様らしい上品な言葉遣いで言った。
「今から久々の『炎の
「炎の楚漢武将ちゃれんじ??? 何ですか、それは」
困惑した表情で小燕が再度たずねると、デンジャラス大好きな魔王令嬢はウフフと妖しく微笑み、「死にたてほやほやの鬼が、冥府の門をくぐることを拒否して大暴れした際に発生する、蘇りを賭けた勝ち抜き戦のことですよ」と説明した。そして、リング上で戦っている偉丈夫ふたりを指差し、
「あの渋カッコイイのが、自分の死を認めず門の前で暴れた
「えっと……。樊噲さんを倒したら、あの人は蘇ることができるということですか?」
「まさか! 勝ち抜き戦って言ったじゃないですか。楚漢戦争時代に活躍した豪傑たちを連戦で十人倒さなきゃダメなんですから。一度死んだのに蘇らせてもらうんだから、そんな
「ひ、ひええ……。おっそろしい……。そんな厳しい戦いなのですか」
小燕が震え上がると、二人の会話を聞いていた虞姫が「ごめんねぇ~」と鷹揚な声で謝った。
「勝ち抜き戦のラスボスは、うちの項羽様なの。激しい連戦の最後の最後に、西楚覇王とのタイマンをやらされるという時点で、結果は決まっているのよねぇ~」
「それより、小燕ちゃんはどっちを応援します? 楚漢武将チャレンジの挑戦者をここ七年、たった一人でぶちのめしている樊噲さん? それとも、張郃って人? 私は樊噲さんですかねぇ~。あの張郃という人は、お爺様(董卓)と敵対していた袁紹の元部下らしいので。思いっきりズタボロになってくれることを期待しています」
董白が、まるで少女漫画の主人公みたいにつぶらな瞳をキラキラ輝かせながら、小燕にそうたずねる。
ちょうどその時、樊噲が、張郃の強烈な拳を顔面にまともに喰らい、鼻と口から大量の血を噴き出した。その鮮血は、リング下の董白にびちゃびちゃっとかかり、愛らしい童顔の右半分が真紅に染まった。が、彼女は一向に気にせず、無邪気に笑いつづけている。小燕はちょっとドン引きしてしまった。
(樊噲さんを応援している人がほとんどみたいだけど……。あの人って、曹丕様と旦那様が言っていた、突然死した曹軍の武将だよね? 私は張郃将軍を応援したほうがいいのかなぁ~)
などと思いながら周囲を見回してみたところ、見物人の中には張郃と同時代の三国志キャラも何人かいるようである。
しかし、彼らのほとんどが、
「張郃ぉー! 貴様ぁ、何を善戦しておるかー! どうせ蘇ることなどできぬのじゃー! さっさと降参して、冥府できっつい肉体労働を三十年くらいやらされろー!
「オホホホホホ! 樊噲殿を倒したところで、あと九人の豪傑と戦わねばならぬのです! あの呂布ですら最終戦で惜しくも失敗したと聞く楚漢武将チャレンジに、貴方ごときが成功するわけないでしょう! なにせ最後の相手が項羽殿なのですからねぇ~!」(←袁紹に張郃を
「張郃死ね死ね死ねッ! もう死んでるけど、樊噲将軍にボコボコにされて、もう一度死ねぇーーーッ!」(←自分の討伐軍に参加した張郃を
などと、張郃を罵倒しまくっていた。長いこと武将をやっていると、ほうぼうで怨みを買ってしまうものらしい。
(うわぁ~……。みんなに罵られて、何だか可哀想……。よ、よし! 私だけでも、曹丕様と旦那様のお知り合いを応援しよう!)
小燕は、半ば同情心から、「が、がんばれー! 張郃将軍ー!」と声援を送り始めるのであった……。
列異―Occultic Three Kingdoms― 青星明良 @naduki-akira
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