第349話 合唱

【ナーガ国立コンシバル劇場】


【一階 舞台】



「ムカツク、ムカツク!!」



「……来る!!」



ヨースラが叫んだ、次の瞬間。照明が壊された暗闇の中で、いくつもの白い光がぼわっと、まるで灯火のように浮き上がった。


──いや、光ではない。



「ぎゃあああ!!」



「うわあああ!!」



美しく浮かび上がったそれは、全て白い仮面だった。



「ひいいい!!」



壁にも、幕にも、座席にも、白い仮面がびっしりと現れ存在を主張する。気付いた観客の悲鳴が、つんざくように奥まで響く。


仮面の模様で飾られた劇場。カリンは、驚きのあまり口元を抑えた。


それぞれの仮面の口が、示し合わせたような動きで醜く口角を上げる。


煙が足元を絡めとるように、みるみる広がっていく。



「ひゃあ、怖いねぇ」



「……顔が笑ってますよ」



「えー、そんなことないもん。ウフッ」



軽口を叩きながらも、足の裏に力が入る。地面にしっかりと足をつけ、身構えた。


二人の反抗的な視線を感じたのか、仮面の群れが一斉にこちらを向く。



「「「オマエェラ、コウシテヤルゥゥ!! ビャッハッハッハッ!!」」」



仮面の声の合唱。


先程の甲高い声とは違い、いくつもの唸るような低い声が重なり、ビリビリと足に響く。



「来ます!!」



醜い笑み。


ざらららと擦れて流れる音と共に、仮面の群れが一斉に浮かび上がり、大きな渦を作った。



「な、なんだ……」



「仮面が……」



慄くメアとスカイ。渦は形を変え、今度はカーペットのように横並びで列を作る。


舞台の前で。



「二人とも、退がって!」



飛び出す、ヨースラとカリン。


身構える二人に向かって、仮面が再び表情を変えた。今度は怒りを滲ませているかのように、口元が尖っていく。


ざららら。



「また変わりますよ!」



またしても動き出す仮面。今度は、お行儀よく縦一列。



「「「ビャッハッハッハッ!」」」



一瞬動きを止めたかと思われた──次の瞬間。


地面の底から響くような絶叫と共に、仮面の群れが弾丸となって二人に襲いかかった。



「よぉ〜し!」



「カリンちゃん、待ってください」



気合い十分のカリンに、ヨースラが待ったをかけようとする。


だが、そんな事をしている間にも仮面は襲ってくる。カリンには、全ての仮面を壊せる自信があった。静かに拳に力を込め、足を踏み出す。



「カリンちゃあああんぱあああ……あれ?」



一気に突き出した拳。


だが、白い仮面の群れは拳をすり抜けてしまった。拍子抜けした拳が、空を切る。


カリンの拳をすり抜けた仮面の群れは、真っ直ぐに舞台にいるメアとスカイに向かっていく。



「危ない!!」



その光景に気付いた観客が、息を呑む。


だが、先にヨースラが動いていた。照明の残骸を振り払い、二人の元に飛び込んでいく。


先頭の仮面の目から、ライトのような光線が放たれる。



「ぐっ!!」



間一髪、滑り込んだヨースラに命中した。



「ヨーちゃん!!」



ガッシャーン!!



次々と襲いかかる仮面の波がヨースラを吹き飛ばし、偽物の城に激しくぶつかってしまう。



「ヨリア!!」



「お、おい!!」



自分達を庇ったのだ。


スカイとメアは、慌ててヨースラに駆け寄った。城にはべっこりと穴が開き、ガラスが散乱している。


ヨースラの腕から滴り落ちる雫に、スカイは顔色を青くさせた。



「血が出てるぞ!」



「そなた、何故庇った? 何ということ」



「……カリンちゃんの術なら当たるかと掛けたんですけど、甘かったですね」



「な、何を言っているんだ、ヨリア」



カリンは、呆然と目を大きく見開く。



「なんでぇ……」



カリンの拳は当たらなかったのに、何故ヨースラを吹き飛ばせるのだ。インの状態ならば、ヨースラには触れられないのに。


そもそもこの見えざる者は、ヨースラの眼にも映らない。インの眼を持つヨースラにも。


仮面達は二人を嘲笑うかのように、表情を次々と変えていく。



「「「オマエラハ、ジャマダ!!」」」



「やはり、化け物か……」



あまりの仮面の力に、解放軍も味方でありながら尻込みしていた。


だが、唯一ゼフが立ち上がり、近くにいたマッキンリーの腕を乱暴に掴む。



「来い、今の内に連れ出してやる」



「侯爵!!」



「ま、待て!! マッキンリー将軍に触れるなど、無礼な!!」



どこかへ連れ去るつもりか。


気付いたナーガの兵士も、必死に食い止めようとするが、仮面の群れに阻まれた。


次々と仮面に弾き飛ばされ、あえなく観客達の間に倒れ込む。



「待て〜〜、メアちゃんのお父さん連れてくな〜〜!!」



「カリン!!」



メアは、思考の糸が切れてしまうほど気が動転していた。



謎の乱入者達、仮面の群れ。耳に突き刺さる、お客様の飛び交う悲鳴。見たこともない恐ろしい力を持つ怪物に、勇敢に挑む二人。


粉々になった照明、崩れた城。自分達を庇い、目の前で血を流すヨースラ。


そして、連れ去られようとする父親。その犯人を追いかけていくカリン。



これは、現実なのか。



「とにかく応急処置を!」



あたふたするスカイの声が、遠い。メアの視線は、いつの間にか破れてしまった幕に向いていた。



──ここは、現実ではない夢の舞台なのに。



ぐにゃりと、視界が歪んでいく。



「おい、メア嬢、どうした?」



「やめてくれ……」



「メア嬢?」



絡み合った感情が、内側から溢れ出す。



「やめてくれえええええ!!!」



メアの体が、みるみる熱を帯びていた。



指先まで暖かさが行き渡り、内側から熱が込み上げていった。



力がみなぎる瞬間だった。








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