第377話 下準備

【ベカルミングストーン駅】



「フェミーナさん」



「あらら!! まぁまぁブライアン様!!」



駅の改札。


すっかり都会の青年に変身して出迎えた彼に、フェミーナは目尻の皺を目一杯下げて駆け寄った。


バシバシと背中を叩かれ、ブライアンは目を白黒させる。



「なんてセンスがいいの〜、ブライアン様ってば。どう見てもシティーの人じゃない!」



「いやぁ、そういうフェミーナさんこそさぁ……」



ブライアンは彼女の服装を眺め、改めてため息をつく。


大柄な彼女によく似合う、柔らかいワンピース。シンプルな縦縞模様は迫力があり、彼女の背の高さが際立つ。



「そんな服持ってたの?」



「いやだぁ、当たり前じゃないですか、シティーに行くんですよ? これくらいしなきゃ」



アイリがシティーに行くと決まった時も、あれやこれやと大張り切りだったのに、ブライアンに止められてしまった。


思い出してしまい、すっかりお冠だ。



「だって、街に来てからのお楽しみにしたかったからさ」



「下準備も大事でしょうに!──それで、アイリ様は?」



フェミーナの問いかけに、ブライアンは指で軽く丸を作ってみせる。



「順調みたいだよ」



「よかったわぁ〜、やっとお会い出来るのねぇ。まだ一年経ってないなんて信じられないわ、お顔を見ないと寂しくて」



フェミーナはホッとした様子を見せながら、持っていた鞄を軽く撫でる。でっぷりと太った、よれよれの鞄。


奇妙な形の膨らみに、ブライアンはピクリと眉を動かす。



「それか」



「えぇ、これですよ。動いたりしないかとビクビクしちゃってねぇ」



「動かないよ、大丈夫。開けてないんだよね?」



「勿論ですとも!」



動いたりはしない、動く筈もない。


だが、心が込められている。過剰なほどに。


ブライアンは軽く手を合わせ、抱えられたそれに挨拶した。



「触ってみます?」



「ダメだ、アイリが触るよりダメだ。あんまり近付けないで」



軽く手を振り払う。そんなブライアンに、フェミーナは不安そうに俯く。


そんなに力のある物だなんて。



「アイリ様、触れるようになるんでしょか?」



「順調だってば、団も協力してくれてるからね。とにかく、近くまで行って──」



「新聞でーす!!」



少年のハキハキした声が、ブライアンの言葉を遮り、ブライアンは振り返る。



「新聞どうぞー、号外だよー!!」



「一つくれよ」



「あいよ!」



通りすがりの男性が受け取った、新聞の見出し。



『19年ぶりの観測なるか』


『鮮やかな空の芸術』


『一足遅れた、ヘイズ家からの便り』



その見出しに、ブライアンは驚いて駅の外に飛びだす。



「ブライアン様!?」



パッと空を見上げると、薄い薄い雲がゆっくりと風に流されていた。


じっと空を凝視し、その瞳がみるみる強張っていく。



「ブライアン様、どうしました?」



「まずい……かもしれない」




【イロヌ通り】



「ルノさん、こっち見てください!」



パシャリ。


シャッターの音に、ルノは気恥ずかしそうに視線を逸らす。



「今ので大丈夫かな」



アイリの首には、カメラがぶら下がっていた。エリーナがアイリに貸してくれた、特別製だ。


エイドリアンが作ったというそのカメラは、エリーナ曰く異常な程軽い──らしい。


カメラを手にした事がないアイリには、カメラとはこんなに軽いものと誤解を与えてしまった。


反応が悪過ぎる、とショウリュウに悪態をつかれてしまう始末だ。



「面白い、これが写真になるんですね」



「撮る」



「え?」



「アイリも撮る」



困惑するアイリからカメラを受け取ると、ルノは静かにカメラを構える。アイリに向かって。


アイリはルノの意図を察すると、レンズに向かって勢いよく手を振る。



「ダメ」



「ダメ!?」



ブレてしまう。


ルノはアイリの真横に並ぶと、カメラを少し高く掲げる。そして上手く手首を返し、フレームの中に二人を入れると、シャッターを切った。



──パシャリ。



「え、あの、撮ったんですか!?」



「ん」



「えー!!」



戸惑っている間に、あっさりと撮ってしまった。耳たぶが妙に熱を持つ。



「心の準備がまだ」



わたわたしながらも、もう一枚ルノに撮ってもらう。写真に収まる自分の姿とは、どのようなものなのだろう。



「この辺りですよね、写真館。どんな写真になってるかな〜」



カメラを持ってきたのには理由わけがある。


この近くにある写真館では、写真家に撮影してもらえるだけでなく、現像してもらえるのだ。


そして、持ち込んだカメラでも撮影してもらえるのだという。


──更に、カリン曰く。



「そこの写真館で写真を撮った二人はねぇ〜」



「二人は?」



「ウフフフフッ」



「どうなるんですか?」



「ウフフフフフッ」



そこから先は教えてくれなかった。


何か起こるらしい。ルノに尋ねてみても、ルノも答えを知らなかった。カリンがそう言うのだから、悪いことではないだろう。



「何かあるんですよ、見つけたいなぁ!」



「……」



もしかしたら、ニベアの花を見つけられるとか。いや、いいことが起こるのように、ざっくりしているかもしれない。



「あれ、そういえばどうして二人なんだろ? 三人じゃダメなのかなぁ」



ルノは気まずくなり、目線を明後日の方向に向ける。


答えは知らない。知らなくても、分かる。カリンの得意満面の笑みが、ルノの頭にちらつく。



「ありました、写真館!」



まだ真新しい看板が目に入る。


アイリはルノの手を引くと、力強く走りだす。



「行きましょう!」



ぐいぐいと引っ張られながら中に入ろうとした時、ふとルノの足が止まった。



それは、ほんの一瞬首を駆け抜けた感覚。ピリピリとした痛みに、驚いて振り返る。



太陽の明るさで他の星が隠れる中、月が姿を見せていた。



「月が、二つ……?」



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