第5話 役割

「本当に良かったのですか、長老」



ようやく話し合いが終わり、一族の者がほとんど長老の屋敷から去った後。屋敷は、束の間ではない静けさに包まれていた。


長老のお付きの女性が、茶の準備をしながら長老にしずしずと近づく。


長老は心配そうな彼女の表情を見ることもなく、フッと微笑んだ。



「不安ですか?」



「長老は不安ではないのですか?」



「……」



女性が敢えて聞き返すが、長老はただ穏やかに、微笑みを返すだけだ。


答える様子の無い長老に、女性は痺れを切らしたように口を開く。



「あの子の世間知らずは、尋常ではありません。あの子の世界はこの里だけです。今まで、里の外に出た事がありましたか? 団の事はおろか、ろくに教育も受けていないのに……」



跡取りだからと、里の中で大事に大事に育てられた。そう、大事に育てすぎた。



「そんなあの子が、テイクンシティーに行くだなんて」



それも、ただ都会に行くだけではない。この世界を救う、お役目を果たしに行くのだ。



「ましてや、団に入るなど」



おかしな話じゃないか、あの子が世界を救おうだなんて。世界の何も知らないあの子が。



「あ、申し訳ございません。アイリ様を、あの子などと」



「ブライアンが、ついてくれると言ってるのでしょう? 少しは安心です。それに、あの子の力は誰よりも我々が知っているではないですか。ブライアンまでいてくれるなら、きっと大丈夫ですよ」



「それは、そうかもしれませんが……」



ブライアンの名前が出て来て、女性は多少怯んだようだ。気まずいのか、どこかおどおどしている。



「はっきりと血の王のしるしが現れたのは昨日なのですが、以前から怪しい兆候はあらわれていました。この私も、随分と悩みましたよ」



そう言いながら、長老はチラリと外を眺める。どこに視線を向けているのか。


アイリか。はたまた、テイクンか。



「親のいない不憫な子です。確かに、あの子を危険な仕事につかせるのは辛い。しかし」



「しかし?」



長老の目が、一転して悲しげな色を浮かべる。



「悲しいことに、今の団には本家の人間どころか、血の濃い近しい者すらいないそうですよ」



「えっ……」



お付きの女性の目が、驚きで大きく開かれた。しかし、すぐに女性は考えこむ。



「そう言われれば、確かに……」



国民の盾となり、国民から尊敬を集める剣の団。


太陽の始祖の血を引く者として、怪物を視る能力を得る。自然と、血の濃い本家の人間程、その能力は強くなる筈。


だが、今の団員の苗字を思い返してみると、聞き慣れない苗字ばかりだ。分家の分家、血の薄い者ばかり。


見えざる者と戦う部隊でありながら、なんとも始祖様から遠い存在ではないか。



「少し前はいたのですけど。少なくとも、今は本家と同じ苗字を持つ者はいません。あのような事件があったのですから、仕方がないと言えば仕方がないのですが……」



結局はそう。誰だって自分達が一番可愛く、自分達の命が大事で、自分の事で精一杯なのだ。


しかし、それでも。



「確かに、アイリは我がクレエールの大事な娘です。しかし、それは彼等とて同じこと。血の薄い彼等の影に隠れ、肝心の私達が全てを任せきりにしてよいのかと、疑問に思ったのです」



太陽の始祖の直系の末裔である、私達が。ジョナス様の血を強く引く、我がクレエールの一族が。


オロロが復活したと分かっても尚、彼等に全てを委ね、ただ傍観するのか。


女性は目を伏せた。一度は剣の団から退いた一族の身だ、言葉も無い。



「ましてや、あの占いの結果を見てしまったのです。あの子には──いえ、私達には役割があるのですよ」



長老の目は、覚悟に満ちていた。


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