第4話 団
剣の団。
長老の口から出てきた言葉だが、アイリには聞き慣れない言葉だった。
「……知りません」
「素直でいいですよ」
知らないなんて、と唖然とする親族達を横目に、長老は優雅に微笑む。
「始祖の血を受け継ぐ本家の娘が、剣の団を知らないとは!」
「誰も教えんのか?」
「教える者などいるわけないだろう、アイリ様だぞ?」
「ブライアンですら教えんだろうな」
「仕方があるまい。アイリお嬢様は、この里から外に出た事がほとんど無いからな」
「──アイリや、よく聞くのです」
好き勝手に話す親族達を遮り、長老は咳払いをすると口を開く。
オロロが生み出した、目に映らない魔物、見えざる者。
剣の団は政府によって設立された、見えざる者の討伐部隊だ。太陽の始祖の子孫達によって構成されている。
太陽の始祖の子孫であれば、見えざる者をその目に捉えることができる。その力を奪い取り、血の王の力を身に宿した、太陽の始祖の子孫ならば。
「アイリは私達しか知らないけれど、いるのですよ。私達以外にも、始祖様の血を受け継いだ、エイドリアンが」
血を引く者、能力を受け継ぐ者。
血の王の能力を昇華させた太陽の始祖によって、エイドリアンはそれぞれ特別な能力を持っている。勿論、クレエールの者達にも。
「そう……アイリ、あなたにも」
「はい」
「会ってみたいと思いませんか?」
「会ってみたい?」
「ええ、里の外にいる人に」
「会って……みたい?」
声に出してみて、アイリは唇が震えているのを感じた。
この里の外の世界。アイリが今まで、足を踏み入れた事の無かった世界。想像だけで固まった世界。
「長老、おかしなことを」
「またまた、長老が冗談を仰るとは」
「話が通じぬでしょう。こんな山奥に引き篭っている一族と、都会の者となんて。特に、アイリ様は格別、ですからな」
「ハッハッハッ、上手いことを言う」
茶々を入れる親族達を無視して、長老はやはり厳かに語りかけてきた。
「戦えない人々になり変わり、人々を守る。それが剣の団です。実は我がクレエールの一族からも、団員になった者がいたのですよ」
「そんな人達が……」
だが、とある事件がきっかけで手を引いてしまった。悲しく、痛ましい事件。
「しかし今、この世界が危機に瀕しているのです」
そして、長老は再びスッと玉に手を伸ばす。
「何故血の王が復活したのか、どのように復活したのか。剣の団ならば、その答えを突き止められるかもしれません。必ずや、力を貸してくれる者達がいるでしょう」
長老の目が、鋭くアイリを見据えた。
「アイリ・ジェイド・クレエール。あなたはクレエールの名前を継ぐ者、我がクレエールの跡取りなのですよ」
アイリはハッと顔を上げた。
「政府と団の仲介をしている方がいます、その方に話をつけました。その方によると、団員は大体18歳になる子を基準に探しているんだそうです。そう、丁度あなたも18歳ですね」
「……まさか長老、アイリ様を団に入れるおつもりですか?」
とある一族の者の言葉に、長老がゆっくりと優雅に頷く。
「……!!」
そんな長老に、皆は一斉に立ち上がった。訴え、反対する声が激しく飛び交う。
「なりません! アイリ様は、我がクレエールの本家の跡取りですぞ!!」
「アイリお嬢様を、そのような危険な場になど! お考え直しくだされ!」
「クレエールの跡取りに、もしものことがあれば!!」
クレエールの血が途絶える事になる。この一族は、太陽の始祖の末裔。大切な血を、途絶えさせるわけにはいかない。
だが、そう訴えても長老は表情を変えなかった。
「血の王が蘇ったのです。このままでは、世界が滅ぶかもしれませんよ」
「しかし!!」
「アイリ様は我等の……」
その時。
ずっと、柱にもたれて話を聞いていた彼。バンダナの青年が、スッと手を上げた。
「俺も行く」
その場にいた者が皆、驚いて声の主である彼を見つめた。
アイリの兄、ブライアンだった。
「ブライアン、いきなり何を」
「聞いていたのか」
「お兄ちゃん……」
ブライアンは驚くアイリに、僅かに微笑んでみせる。大丈夫だと、その目が告げていた。
この場にいた皆に、存在を忘れられていた彼。腰にまで届きそうな、長いバンダナが揺れる。
「一緒に団には入れないだろうが、街についていくことは出来る。それならどうだ、文句あるまい」
「それは……」
穏やかさの中に、どこか理知的な雰囲気を含んだ深い目。堂々としたブライアンに、皆が押し黙った。
気まずそうにおどおどと目を見合わせ、誰もがブライアンから目を逸らす。
まさか、彼がそのようなことを口にするとは。
「──無いよな?」
「お、おお」
雰囲気に圧され、誰も口には出さず。結局、彼への異論は無い。
それを確認した長老は、アイリに視線を向けた。
「……やれますか、アイリ」
「 はい!! わたし、やります。必ず未来を変えてみせます!!」
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