第2話 舞台

真っ逆さまに、街に飛び降りた。



落ちていく、落ちていく。



3。



2。



1。



「──いい子にして。神技シンギ!!」



人々の目には映らない、街を襲っていた存在。街の人々を恐怖に陥れた者。



彼女の眼には、はっきりと映っていた。



空を飛ぶその存在が。



「はぁああ!!!」



──もう一度。



彼女は真っ逆さまに急降下しながら、その存在に正確に足を突き立てた。


背中に深々と突き刺さり、突き破られた皮膚が鈍い音を立てる。刺さったのは、鋭く尖ったヒールの先。



「ギィヤオオオオオオオウ!!!!!」



傷みにもだえ、大きく体をくねらせる。


耳をつんざくような絶叫が、音の波となりキンキンと街に響き渡った。


突如頭上から聞こえてきた、謎の絶叫。人々はどよめき、一斉に絶叫が聞こえてきた方向に振り向く。



「あっちか!?」



「……!!!」



その存在が、傷みのあまり身を翻した瞬間。見ていた人々にも、化け物の姿がぼんやりと映った。


まばたきほどの、ほんの僅かな瞬間だけ。



「ひゃあ!!」



「ひいっ!」



人々の瞳に、化け物が映らない理由。化け物がその身に纏う力が、彼女の一撃で弱まった証だ。


姿を晒された化け物は怒り狂い、バタバタと翼を動かし威嚇する。



「ギャギャアアアアア!! ギャギャ!!」



コウモリのようだ。いや、コウモリという表現はおかしいかもしれない。


頭と腕が皮膚で奇妙につながった、鳥のような怪物。クチバシでカチカチと音を鳴らし、怪しげに突き出た眼で辺りを窺う。


皮膚組織は剥き出しのまま。爪は果てしなく長く、その姿の気味悪さに、人々は慄く。


だが人々は怪物だけではなく、その怪物と戦う彼女にも気付いた。空の上で、美しく舞う彼女に。



「ふっ」



怪物をクッションのようにして、ポンと足を蹴り出し、怪物の上で軽やかに一回転する。



「これでおしまい。神技シンギ!! 回脚カイキャク!!」



もう一度足を突き刺す。いや、今度は突き刺すだけでは済まなかった。


美しく長い彼女の足が、怪物の細い腰を貫通していた。怪物の体に、ぽっかりと大きな穴が開く。


怪物は虚しくも、パクパクと口を動かす。



「ギィヤオオオオオオゥオオ!!」



ドン!!!!



怪物は、断末魔の叫びを上げて完全に爆発した。パラパラと、怪物の残骸が地上へ散っていく。


太陽の光に照らされ、キラキラと光を放った。



「おぉ……」



クッションにしていた怪物がいなくなった事で、彼女は完全に足場をなくし落下していく。


真っ逆さまに下へ、下へ。


これだけの高さだ、落ちたらひとたまりもない。それでも、彼女はあくまでも優雅なまま。彼女の体に流れる時間だけ、ゆっくりと遅くなっていく。


もう一度、細い体がふわりと柔らかく回る。


彼女は空中で華麗に舞うと、スローモーションのように滑らかに地上に降り立った。


まるで、一枚の羽根がヒラヒラと落ちる如く。



「おお!!!!」



見ていた人々は、まるで舞台を観た後のように盛り上がり、大きな拍手と歓声を贈る。



そんな彼女に近づく、若い男女の二人組がいた。


二人共、彼女と同じ服を身に纏っている。濃い紺色の、重厚感のあるスーツのような服。異なるのは、襟元のラインの色だけ。



「見事やな、団長。ホンマ、飛ぶ奴は毎回苦労するわぁ」



男の方は、先程彼女の頭に響いてきた声の主だ。ロウ地方の方言で喋る青年は、軽く愚痴をこぼしながらも、得意げな顔をしている。



「ルノちゃんも、あっちの方倒したって言ってましたぁ~! ウフッ」



もう一人は、いかにも今時の若い娘。きゅるんとした瞳ではしゃぎながら、嬉しそうに報告してくる。


団長、と呼ばれた彼女も、朗らかな笑顔を返して二人に歩み寄った。



「そう、引き継ぎの時期はいつも大変ね。今年は特に人数が少ないから。新しい子、入ってくれるといいけど」



「もうすぐやな」



青年の言葉に、彼女も微笑んで返す。


後は後始末だけ。観客達に、彼女が被害状況を尋ねる。周りの建物の被害はあったが、幸い酷い怪我人は出なかったようだ。


それを聞き、彼女も二人組も安堵の表情を浮かべる。これで任務は完了。


これはこの街の、ただの日常なのだ。



「あ、そうだ! 忘れてたわ」



彼女はおもむろにそう告げると、髪をなびかせながらくるっと振り向く。



後ろには、彼女達を讃える観客達。



観客を前に、彼女はとびきりの笑顔を向けた。



「女神が降りてきました、誰ですか?」



「エリーナ!!!! ふぉおおおおおおおおお!!!!!!」



観客達は皆、一斉に大きな歓声をあげたのだった。


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