age 1 開かれた扉

第1話 新年

【テイクン帝国】


【首都 テイクンシティー】



石造りの要塞の壁でぐるりと囲まれた、国の中心。パステルカラーで彩られた、お伽話のような街並みで有名なこの街。


この街では、新しい年を迎えた熱気が未だに続いていた。様々な人々が、街の中心を貫く大通りを慌ただしく行き交う。



「ね〜え、あといっこ!」



「ダメよ、明日のお楽しみにしなさい」



石畳の大通りを挟んで、街に敷き詰められたように並んだ建物。そのほとんどが、赤みがかった三角屋根で統一されていた。屋根とは対照的に、淡いがカラフルな漆喰の壁の様式。


あらゆる店や家の扉には、新年を祝う水色の花が飾られている。新年を迎えてもう数日は経つというのに、まだ飾りを残したままだ。


街が華やかになるので、観光客も多く訪れる。広場ではマーケットも開かれ、目を引く看板や、星のように輝く電飾が客を出迎えた。



「バスだ〜!」



「わぁー!」



「こら、お前ら危ねぇぞ!」



時刻は正午過ぎ。


寒さが強いこの季節に、人々の息が白くなる。天気はどんよりした曇り空。それでも、人々はそれぞれ穏やかな表情を浮かべていた。


雪が降り始め、ガス灯の頭にチラッと雪が落ちた──その時。



「きゃあああああ!!!」



突如人混みの中から一人の大きな悲鳴が上がり、周囲がどよめく。風の向きが変わり、通りに吹き荒れる。


一人、また一人、また一人。


蝉のように甲高い悲鳴は連なっていき、人々は一斉に血相を変えた。



「びゃああああ!!!」



「出たあああ!!」



「は、早く逃げろおおお!!」



逃げ惑う人々。



ガンガン!!! ガラガラガラガラガラ!!!!!



大通りに面している大きな商店の屋根が、激しく音を鳴らし、一瞬で雪崩のように崩れ落ちていく。


屋根の上から、何か大きな物でも落ちてきたかのよう。たが、その落ちてきた物の姿はどこに。



「そ、そこだあ、あぶない!! よけろ!!」



「きゃあああああ!!」



今度はとある家のベランダが、鈍い音を立てて手すりごと崩れていく。落ちた手すりが、カラカラと虚しい音を立て、地面を転がった。


一体、何者がぶつかったのか。



ひゅおおおお。



「……え?」



恐怖に慄く人々の間を、すり抜けていく影。何か大きな存在が通り過ぎたような、強い気配がかけぬけた。


だが、人々にはその存在を確認する事は出来ない。


ギギギと、壁を切り裂く音。レンガの壁に、傷ついた音と共に大きな跡が残される。


大きな大きな爪跡。その爪の持ち主は、人々の目には映らない。


とある男は野次馬根性なのか、おもむろにカメラを取りだす。その見えない姿をカメラに収めようと、カメラを構えた。


──こっち、あっち、今度は向こう。



「……!!」



だがいくらカメラを向けても、そのレンズにはただ脅える人々の姿しか映らない。男はカメラを構えたまま、呆然と息を呑む。


今、確かに通った筈なのに。



「うわああ!!」



「ぎゃあああ!!」



人々の悲鳴が幾重にも折り重なり、辺りに響く。人々は恐怖のあまり逃げ惑うが、姿の見えない存在に対して、どこにどう逃げればよいというのか。


賑やかだった街は、あっという間に大きな混乱に包まれていく。




中央通りから少し入り込んだ、ニザチェ広場。その広場の中央に、最も高く最も古い建物があった。


とんがり屋根が特徴的なこの街のシンボル、クロフツ教会。


教会の塔の一番上にある展望台は、街の全てを見下ろせる自慢の絶景スポットだ。


そこに、一人の女性がいた。


彼女は腰にまで届くか、というほど長い髪を揺らしながら大きく伸びをした。


見えない怪物に人々の悲鳴がこだまする中、この塔には彼女一人だけ。遠巻きに悲鳴は聞こえながらも、静けさに包まれている。



『──団長、準備はええか。そろそろ来るで』



突如、どこからか声が聞こえてきた。


いや、聞こえてきたというのは正確ではない。その声は、彼女の頭に直接響いてきたのだ。


しかし、彼女は動じる様子はない。優雅に軽い笑みを浮かべる。



「えぇ、いつでもいいわよ」



彼女はそう返すと、少し歩を進めゆっくりと展望台の端に立つ。高いヒールの音が、コツンコツンと響いた。


彼女の瞳に映るのは、どこまでも広がる美しい街。



3。



2。



1。




次の瞬間、彼女は展望台から一気に飛び降りた。



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