十二月一日
十二月一日
十二月の幕開けはあいにくの雨模様だ。
今日の庭掃除は中止だ。こんな日は、毛布にくるまって映画でも観るに限る。
「月が変わったので、いよいよサブスクに入ろうと思います。今月から映画が観放題です!」
僕は居間のテレビに向かって、意気揚々と宣言した。
「旬君は映画が好きなのか?」
シモツキさんが背後にもわんと現れる。冬の日にはありがたい生温かさだが、同時に背筋はぞくぞくする。守護霊(自称)に進化しても、そのへんは進化した様子がない。守護霊ってもっと包み込んでくれてほっとするような存在だと思っていたが、どうもイメージとは違うようだ。
「うーん、普通です。どっちかというと読書のほうが自分のペースで読み進められるから好きかもしれません」
僕は映画館に行くと眠くなってしまうか、トイレに行きたくなってストーリーに集中できなくなってしまうタイプの人間だ。音響やスクリーンの大きさに対するこだわりはないし、レンタルしたDVDを返却するのも面倒くさい。かつての僕は、映画といえば家で地上波放送を時々観るだけだったが、いまはサブスクという便利なサービスがある。
「そんなに好きじゃないなら、サブスクはもったいないんじゃないか? 月に何本も観ないと元が取れないぞ」
シモツキさんはなかなかお金に堅い。さすが、生前は資産管理室長だった人だ。
「いいんですよ、いっぱい観ますし」
「観たい映画がいっぱいあるのか」
「まあ、そうですけど」
僕はノートPCから申込フォームに必要事項を入力しながら答えた。
「文庫本は僕ひとりでしか読めないけど、映画ならシモツキさんも一緒に観られるでしょ」
「しゅ、旬君……!」
僕の守護霊おじさんが目を輝かせた。ぽかぽかした生温かさがもわーっと広がる。おや、やっぱり進化しているのかもしれない。
「シモツキさんは映画好きでしたか?」
「学生時代はよくひとりで観に行ってたな。全国でロードショーされるハリウッドのアクション大作よりも、ミニシアターで単館上映される渋い映画が好きだった。……いや、みんなと違う渋い映画を観ている自分が好きだったのかもな」
「うわー、イタいですね」
「だよな。私もそう思う」
登録はすぐに完了した。さっそく映画が観放題だ。伯母さんが地下室に作ろうとしたホームシアターはないが、PCからテレビに接続すれば、でふたり一緒に映画が観られる。が。
「……どうやって繋ぐんだ?」
いきなり出鼻をくじかれた。
「よし、HDMIケーブルを買いに行きましょう」
「本気か? 雨だし、かなり寒いんじゃないか」
「大丈夫ですよ。バスに乗って駅前まで出ます」
ついでにポップコーンとコーラも買おう。シモツキさんは食べられないけど。
フランネルのシャツにニットを重ね着して、ダウンジャケットを着込んで傘を差した。防水のスニーカーも持っている。外の空気は冷たいが、身体がぽかぽかするのはたぶんダウンの効果だけではない。
「行ってきます」
踏み出した僕の一歩は、水たまりを勢いよく蹴散らした。〈了〉
十一月とともに過ぎゆく 泡野瑤子 @yokoawano
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