第6話 ニンゲンの都合

 暴力シーンおよび残酷シーンがあります。ご注意ください。


 🎃🎃🎃🎃

 

 月明りが差し込む深夜の資料室。

 そこでネコの標本を見つめていたカウフマンは、ゆっくりとファウスト博士の方に顔を向けた。

 その顔は口の両端を上げ、薄気味悪い笑みを浮かべている。


「どうした? カウフマン。何が可笑しい?」


 ファウスト博士は、眉間に眉を寄せてカウフマンに尋ねた。それでもカウフマンは笑みを浮かべたまま、ファウスト博士を見ている。

 そしてファウスト博士が、カウフマンの方へと二、三歩ほど進んだときだった。


 カウフマンの姿が蜃気楼のようにゆらゆら揺れて、ぐにゃりと曲がり消えていく。


 するとそこにカウフマンの姿はなく、立っていたのはジャック・オ・ランタン。ネコ400号の魂を宿した殺戮人形。

 首に下げているのは、カウフマンの認識票だろうか? ゆらゆら揺れるたびに月の光を反射する。


 カウフマンの姿は、魔女帽子の魔物シャッピーのスキル「ミレエジ」によるものである。この魔物は、つばの範囲内に幻影を作り出すことができる。ただし、作り出すことのできる幻影は、シャッピーの体内に摂取されたモノに限られる。


 ジャック・オ・ランタンは、両手から鉤爪を伸ばした。


「な、何だ、お前は!?」


 そう言って立ち止まったファウスト博士は、その姿を凝視した。


 ひた、ひたと、それが近づいて来る。


 三角の目と不気味な笑みを浮かべるかぼちゃの頭。黒のネコ耳魔女帽子をかぶり黒のローブを纏っている。


 ファウスト博士は二、三歩後退りすると、ジャック・オ・ランタンに背を向けて廊下へ駆け出そうとした。


「あら、どこへ行くの博士?」


 ジャック・オ・ランタンはそう言うと、彼に向けて鉤爪を振った。

 ファウスト博士の背中を切り裂く鉤爪。裂け目から鮮血が流れ出し、じわじわとジャケットに滲んでいく。


 ファウスト博士は、構わず駆けていく。

 その後を、ひたひたひたひたと追いかけるジャック・オ・ランタン。彼との距離を縮めると、また鉤爪を突き出した。鉤爪がファウスト博士の左足の太腿に突き刺さる。


 左足に激痛を感じたファウスト博士は、前のめりに転がった。


「ぐっ、うっ……」


「うふっ、逃がさないんだから」


 足の痛みをこらえて、ファウスト博士はよろよろ立ち上がった。余裕の足取りで彼との距離を一歩また一歩と詰めるジャック・オ・ランタン。


 ファウスト博士は振り返ると、ジャック・オ・ランタンに向けて渾身の雷属性魔法弾を放った。


 ギニャア゛ア゛ア゛アッ!

 

 研究棟の廊下に響き渡るネコの悲鳴のような声。

 至近距離で魔法弾を受けたジャック・オ・ランタンは、その場に崩れ落ちた。


「よくも、よくも……。ぐっ、身体が思うように動かない……」


 ネコ400号は、顔を上げた三角形の目の奥から恨めし気に言った。


 彼女が駆るジャック・オ・ランタンは、魔力で動く「人形」だ。いくら頑強なボディであっても、魔力循環を乱されると動作不良を起こしてしまう。魔力循環が回復するのを待つしかない。


 その様子を見たファウスト博士は、足を引きずりながら研究室へと逃げて行った。


 ほうほうの体で研究室に逃げ込んだファウスト博士。

 彼は研究室に入ると、すぐさま扉を施錠した。そして、本棚や机を伝うようにして窓の方へと歩き、乱暴にカーテンを閉める。月明かりが差し込んでいた研究室は、暗闇に包まれた。


「はぁ、はぁ、は……」


 ファウスト博士はソファーの影に隠れ、乱れる呼吸を何とか整えようとした。しかし、なかなか呼吸が整わない。冷や汗も止まらない。


 廊下の方から、ひた、ひた、ひたと足音がする。


 彼は、手で口を塞いで無理矢理、息を殺そうとする。


 やがて、足音が彼の研究室の扉の前で止まった。


 彼はソファーの陰から顔を出して、おそるおそる扉の方を見た。目の方は暗闇に慣れてきたらしい。


 ガチャガチャ、ガチャ……。


 ドアノブを回す音。


 ファウスト博士の心臓が、びくんと跳ねる。

 彼は大きく目を見開いて、扉の方を凝視した。


 施錠されているためドアは開かない。すると、


 カリカリカリカリ……。


 扉を爪か何かで引っ掻くような音。やがて、


 ドンドンドン……。ダン、ダァン!


 ドアを叩いたり、蹴ったりしているのだろうか?


 研究室のドアは、アドミスリル合金製だ。そう簡単には破壊されない筈である。

 ファウスト博士は、ジャック・オ・ランタンが諦めて立ち去るのを、息を殺して待つより他なかった。


 だが、


 ガリッ、ガリ、ガリリ……、バギッ、バキン、バギン、ガリガリガリ……。


 そして、ドアノブの周りに大きな穴が開けられた。


「っ!?」


 ファウスト博士は、にわかには信じられない光景を目の当たりにした。最硬度を誇るアドミスリル合金の扉が破られたのだ。一体どうやって、あの扉を破壊したのか!?


 彼は震える手で口を塞ぎながら、ソファーの陰で息を殺して身を潜めた。


 ダァーン!


 ジャック・オ・ランタンが、ドアを乱暴に蹴り飛ばす。

 そして右手に持っていた黒の魔女帽子をかぶると、ファウスト博士の研究室に足を踏み入れた。


 魔女帽子の猫耳をぴこぴこ動かして、辺りを見回している。


 やがてジャック・オ・ランタンは、ひた、ひたと歩き出した。その足は、迷うことなくソファーの方へと向かっている。


 そしてソファーの陰を覗き込み、頭を抱えるようにして身を潜めているファウスト博士を発見した。


「ふふっ、ふふふふふふふ。みぃーつけた」


 ジャック・オ・ランタンは、ファウスト博士を見下ろしながら愉快そうに言った。


「な、何なんだ、一体お前は何なんだ!?」


「アタイ? アタイはアンタたちにオカシなゴハンを食べさせられて、オカシな病気になり、そして殺されたネコよ。ネコ400号って、アンタたちに呼ばれていたわ」


 ファウスト博士は、目を大きく見開いた。


「ネコ……400号だと!? バカな……」


 彼はそう言うと、首を左右に振った。


「さっきの部屋で見たけど、ずいぶん酷い姿にしてくれたじゃない」


 それは、資料室の棚に並んでいたネコ400号の標本。円筒形のガラス容器の中でホルマリン漬けになっている彼女の姿だった。


「……だ、だがキミのおかげだ。おかげで、たくさんの人が救われた」


 ファウスト博士はジャック・オ・ランタンを見上げながら、咄嗟にそんな言い訳をした。

 その言葉を聞いたジャック・オ・ランタンは、無言で彼を見下ろしている。


 やがて、三角の目の奥で蒼白い焔のようなモノを瞬かせながら言った。


「そう。おめでとう。良かったわね」


 とても優しげな声だった。そして、ファウスト博士の手を取り立ち上がらせるジャック・オ・ランタン。彼の肩に手を乗せた。


 ファウスト博士も笑みを浮かべて、ジャック・オ・ランタンを見た。


「あ……」


 なにかを言いかけた瞬間、ファウスト博士は言葉を詰まらせた。

 ゴポッと、彼の口から大量の血が溢れるように流れ出す。


 ファウスト博士は、自分の胸元に視線を落とした。


 五本の鉤爪が彼の胸を貫いている。


 ファウスト博士は彼女の顔を見た。不気味に薄い笑みを浮かべるカボチャの顔。三角の目の奥に、ぼうっと光を放つ蒼白い焔のようなモノが見える。


「あははっ! バカね。アタイが、アンタを許すワケないでしょう」


 ファウスト博士の胸を貫いていたジャック・オ・ランタンの鉤爪が引き抜かれる。崩れるように立膝状態になるファウスト博士。胸を押さえてジャック・オ・ランタンを見上げた。


「ニンゲンの都合なんて、知ったコトじゃないのよっ!」


 血しぶきを全身に浴びながら、鉤爪を振り下ろすジャック・オ・ランタン。


「あははっ。あはははっ、あはははははは」


 少女のような声で笑いながら、何度も何度も何度も……鉤爪を振り下ろす。

 鉤爪が振り下ろされるたび、はね散らされる赤い飛沫。壁に付着したそれが、表面を伝って流れ落ちる。赤い大雨の降る壁画が描かれた。


 五本の鉤爪に切り刻まれ、肉塊となったファウスト博士の身体。


 ジャック・オ・ランタンは、床に広がった血だまりの中に横たわる彼の亡骸を見下ろした。


「うふふふっ。まぁまぁ、いい顔してるじゃない」


 大きく目を見開いているファウスト博士の顔。それは、戦慄とも驚愕とも解釈できるような表情だった。


「シャッピー、ゴハンの時間だよ」


 ジャック・オ・ランタンはそう言うと、かぶっていた魔女帽子のシャッピーをファウスト博士の頭にそっとかぶせた。


 ガリッ、パキ、パキッ、パキンッ……、グジュ、グジュ……。

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ネコ400号のランタン🎃 わら けんたろう @waraken

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