第271話 アフター3:ゾロ目のラン


 赤い髪の幼女――ランは大きなベッドの上で目を覚ました。


「うー……」


 小さな手でくしくしと目を擦る幼女はミレイとレンの子供だ。

 

 その証拠に彼女が横を向くと、そこには大口を開けながらも腹丸出しで眠るミレイの姿があった。


「にゅふ……。レン、激しすぎだろ……」


 ニマニマと笑いながら眠る母親をじっと見る幼女。


 彼女が何を思っているかは不明であるが、幼い彼女は彼女なりに行動を起こす。


「あー」


 ぺちぺち。


 未だニマニマと笑う母親の顔を叩きながら「あー」「うー」と声を掛けるのだ。


 その姿は子供を産んでも変わらない母親に「起きて」と言っているようにも見えた。


「……あ?」


 愛娘にぺちぺちされ続けていたミレイがようやく起きると、彼女の顔は真っ先に横を向く。


 そして、その目で娘の姿を確認するとニコリと笑うのだ。


「おー、ラン。早起きじゃん」


「うー」


 ミレイは娘に手を伸ばすと、その体を抱きしめた。


「スゥゥゥッ!!」


 そして、娘のお腹の匂いを吸う。


 これが母親になったミレイが行う朝一のルーティーンである。


 その後、ぷにぷにのほっぺをムニムニしたりツンツンするのも同じく。


「んじゃ、飯食おう」


「あー」


 タンクトップにパンツ一丁、そんなだらしない恰好の母親に抱かれたランは食堂へ移動。


 因みに彼女達が暮らす屋敷だが、現在はアッシュと共にどこぞで戦っている夫が稼いだ金で建てた新築である。


 ズボラで主婦力の足りないミレイでも安心安全な最新式の魔導具が揃ったキッチンにて、手慣れた手つきで二人分の食事を用意。


 ミレイはパンにハチミツを垂らしたズボラパン。


 ただし、娘の食事はしっかりとした離乳食。健康面や栄養を考えて――主治医であるセラーヌ先生直伝のレシピを遵守したものを食べさせている。


 一見すると母親らしからぬ生活を送っていると思いきや、娘に関することには手を抜かないのがミレイ流の子育てなのだろう。


「美味い?」


「うー!」


 口の周りを汚しながらも、両手をぶんぶんと振りながらアピールする娘にミレイの笑顔が絶えない。


「飯食ったらどうする?」


「う?」


 ミレイも自分のパンに齧りつきながら問うと、ランは小さく首を傾げた。


「お外行く? ウルカんとこ冷やかしに行く?」


「あっ!」


 片腕をぶんぶんと振るランは「あーう! あーう!」と何かをアピール。


 その仕草について、ミレイは正解を知っていた。


「ああ、サイコロ?」


「あー!」


 ミレイが正解を口にすると、ランは正解! とばかりに両手をぶんぶんと振り始めた。


 この幼女、少し前までは魔法使いの少女と森のクマさんが一緒に冒険する絵本にハマっていた。


 その様子は実に子供らしく、父親であるレンも「うちの子は健やかに育っているなぁ!」と何度も頷くほど。


 遠くの街にある本屋に立ち寄り、アッシュ達に「うちの子、絵本が大好きなんです」と笑顔を浮かべながら買い漁る父親を他所に。


 子供のマイブームが過ぎ去るのは意外と早い。


「よし、飯食ったらな」


「うー」


 二人は食事を済ませると、広いリビングに移動。


 ミレイはランを絨毯の上に座らせると、年季の入った二つのサイコロと小さな紙の箱を持ってきた。


「ほれ」


「あー」


 サイコロ入りの紙箱を手にしたランは目を輝かせ、小さな手でシャカシャカと箱の中のサイコロを動かす。


 そして、ぽいっと箱ごと投げるのだ。


「どれどれ」


 ミレイが箱をどかしてみると、サイコロの目は二と三だった。


「あー、だめだな」


 このミレイという母親は、子供がサイコロに興味を持った途端に言い放った言葉がある。


『私の子ならゾロ目を狙いな。一点狙いだ』


 ミレイの愛するギャンブルにて、ゾロ目が出れば一発逆転というシーンがある。


 彼女はそれで何度も勝ってきた。


 だからこそ、娘にも『勝ち方』を教えたわけだが……。


「あっ! うっ!」


 娘は何度投げてもゾロ目にはならず。


 しかし、そこで泣かないのがミレイの子。ランは何度もサイコロを振ってゾロ目を目指す。


 何十回目かのチャレンジで遂にゾロ目が揃うと――


「むふーん」


 母親に向かってドヤ顔を見せるのだ。


「ははっ。さすがは私の子」


 ミレイがランの頭を撫でると、幼女は再びサイコロに熱中しはじめた。


「大人しく遊んでろよ」


 その間、ミレイは溜まった洗濯や掃除などをこなす。


 そこらへんの貴族よりも財産を持っているものの、爵位を持たないミレイ達の暮らしは平民基準。


 結婚前にメイドを雇わずに暮らすことを決めたミレイは、娘が何かに没頭している間に家事を行うというのが日常である。


「ふ~」


 掃除と洗濯を終えたミレイがランの様子を見にリビングへ戻ると――


「…………」


 彼女はまだサイコロと向き合っていた。


 しかも、じっと見つめる姿は幼女なりに真剣な雰囲気を纏っている。


「ラン、どうだ?」


 ミレイが彼女の隣に腰を下ろすと、ランは紙箱の中にサイコロを入れて「あ」と声を発した。


 母親に向かって「見てて」と言っているようで、ランは小さな手で紙箱をポイと投げる。


「お?」


 絨毯の上に転がったサイコロの一つは『一』を示している。もう一つのサイコロは紙箱に隠れてしまっていた。


 ミレイが紙箱をどかすと――もう一つの目も『一』だった。


 ゾロ目だ。


「むふーん」


 ランちゃん、本日二度目のドヤ顔。


「やるじゃないか」


 次はミレイがサイコロを振ってみると――出た目は『三』と『五』であった。


「うっ」


 またしてもランの番。彼女は再びサイコロを振って――出た目は『一』と『一』だ。


「むふーん」


「ええ? 二回連続?」


 すげえな、と娘を褒めるミレイを見たからか、ランはドヤ顔のまま再びサイコロを振る。


 さすがに三度目は無い、と思いきや。


 またしても出た目は『一』と『一』である。


「むふーん」


「ええ!? どういうこと!?」


 さすがに違和感を覚えるミレイ。


 四度目のサイコロを振ってみると――出た目は『三』と『一』であった。


「まぁ、四回連続はねえよな」


 しかし、ランの賭博伝説は止まらない。


 少し安堵したような表情を見せるミレイだったが、三の目を示していたサイコロがコロッと勝手に転がる。


「え?」


 示した目は『一』だ。


 ランが手で触れたわけでもなく、サイコロは勝手に転がって『一』を示したのだ。


「むふーん」


 そして、ドヤ顔である。


「……どういうこと? 私の娘は博打の神様に愛されてんのか?」


 何かがおかしい。


 長年、博打に金を投じてきた彼女だからこその違和感なのだろう。


 しかし、違和感の正体までは掴めない、といったところか。


 ミレイが腕を組みながら首を傾げていると、玄関から「ただいまー!」という声が聞こえてきた。


「あれ? どうしたの?」


 帰ってきたのは父親のレン。


 彼はサイコロを前に首を傾げる妻の姿を見て、つられて首を傾げながら問うた。


「おかえり。いやな、ランがさ」


 ミレイは説明するよりも見せた方が早いか、とランに「もう一度やって?」とお願いした。


 母親にお願いされたランは素直にサイコロを振る。


 また出た目は『一』と『一』だ。


「ゾロ目が何度も続くんだ。私達の娘は博打の神に愛されているみたいだから、将来はこの子に大金を稼いでもらって平和な老後を――」


 などとミレイは言うが、対するレンの顔は真剣そのもの。


 そして、彼の口から種明かしが告げられる。


「この子、魔法を使ってるよ」


「え!?」


「正確に言うと、魔力でサイコロを操作してる」


 何度もゾロ目が出る秘密は、まさかの魔法。


 それも異次元の魔力操作を以てして実現している、とレンは見抜いた。


「……この子は天才だ」


 ランの年齢から魔力を自由自在に操れる子など聞いたこともない。


 アッシュ達と数々の魔物と戦い、成長しながら場数を踏んできたレンであるが、自分の娘に対して「凄まじい」とさえ口にした。

 

「うちの子は天才魔法使いになるかも。神童ってやつ」


「へぇー! 天才魔法使いか!」


 レンの言葉を受け止めたミレイは娘を抱きしめる。


「博打の天才じゃなくて魔法の天才だってさ。次は森のクマさんをお供にするのか?」


「うー!」


 母親から頬擦りされる幼女は両手を挙げながらドヤ顔を決めた。



※ あとがき ※


2024年もお世話になりました。

今年は灰色のアッシュのコミカライズが始まりましたが、来年も動きがありそうな気配が漂っています。

来年も引き続き灰色のアッシュをよろしくお願いします。


最近は新作も投稿し始めました。


タイトルは『おかしな見習い魔女は自立したい』です。


お菓子大好きな見習い魔女がお菓子食べ放題生活を目指しつつ、仲間を増やしながら徐々に色んな事件に巻き込まれて……といったお話となっております。

年末にお暇な時間があれば、読んで下さると嬉しいです。


良いお年を!

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灰色のアッシュ ~騎士団をクビになった男、隣国に移住して灰色の人生をひっくり返す~ とうもろこし@灰色のアッシュ書籍化 @morokosi07

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