ご奉仕上等! ヤンキーメイドがご主人様の生活すべてをサポートしてやるぞオラァ!
小町さかい
第1話 さっさと起きやがれ、ご主人様
「……い。……おい……」
頬をぺしぺしと叩かれている感覚がする。
ああ、もう朝か、起きなくちゃ。
まだまだ重たい瞼をこじ開けると、そこには……。
「さっさと起きろやがれ、このやろう! ……じゃなかった、ご主人様」
「……ひっ」
恐ろしい眼光で僕を睨むメイド姿の女がいた。
しかしその服装に反して、とてもメイドとは思えない……そう、まるでヤンキーのような口調で僕は起こされたのだった。
◇◇◇
遡ること一週間。
いつものように爺の作ってくれた美味しい晩御飯を堪能している時だった。
「虎徹おぼっちゃまも春から高校生ですなあ」
「爺がいろいろ勉強を教えてくれたおかげだよ。ありがとう」
「いえいえ、おぼっちゃまが受験なされたあの明流学園は私の母校でもありますので、傾向と対策はばっちりでございますぞ」
「何十年前の傾向と対策なんだよ、爺……」
「あっはっは」
僕は円城寺虎徹(えんじょうじ こてつ)。
はっきり言って、金持ちだ。
円城寺家は円城寺グループとして国内外に大きな力と財力を持つ企業グループで、僕の両親は世界的な旅行関係の会社を経営している。
両親は外国で暮らしているのだけれど、僕は日本のこのお屋敷で爺と呼んでる専属執事と二人で暮らしてきた。
この春からはお金持ちのおぼっちゃまお嬢様たちが通うという名門・明流学園への進学を控えている。
「これからも爺は頼りにしているよ」
「……そのことですがおぼっちゃま」
少し間を開けて、爺は深刻そうな面持ちのまま食卓を挟んで僕と対面する形で姿勢良く立った。
「私も、その名の通りもう爺さんとなってしまいました。重たいものを持つのも、遠くへ行くのにも、自分の体の面倒をみるだけで精一杯でございます」
爺がいくつなのかはよく知らなかった。
けれども、お父様が子供の頃から円城寺家に仕えているらしい。
「え、そんな、爺。いなくなったりしないでよ?」
「そうしたいのは山々なのですが、体にもそろそろ限界が来ております……」
「爺……」
「悲しい顔をしてはいけません、おぼっちゃま。それに一人には決してさせませんぞ」
「それって……?」
爺が一枚の写真を執事服の胸ポケットから取り出した。
「こ、これは……?」
そこに写っていたのは、いまより少し若い爺の姿である。
爺の引く手の先には5歳くらいの小さな女の子が笑顔で写っていた。
「これはいまから十年ほど前の私と、その孫になります」
「お孫さん、可愛らしいね」
「初孫でした。いまでも目に入れても痛くないほど可愛いのですよ」
十年前、ということは今は僕と同い年くらいだろう。
小さい頃からこんなに可愛いの上に、爺の丁寧な教育が施されれば、さぞ立派なお嬢様に育っていることだろう。
ところで。
「その写真がどうかしたの?」
「この子の名前はカサネと言いまして……」
「カサネさん、可愛い名前じゃないか。で、その人が?」
「来週からこの屋敷でおぼっちゃまの専属メイドを勤めていただくことになりました」
「なるほどね」
なるほど?
キャピキャピJK女子が、専属メイド?
「……えええええええええええええええええっっっ!?」
「ど、どうなさいました、おぼっちゃま!」
同年代の女の人が専属メイド!?
それって教育的に大丈夫なの!?
なんかちょっと期待してる自分が隠しきれないのも恥ずかしい!
待て、落ち着け虎徹。
屋敷には爺も住んでいるから……。
「あ、私は故郷のほうに帰ることになりましたので」
一つ屋根の下だぁあああああ!
◇◇◇
寝ぼけた頭で先週の爺との会話を思い出していた。
その間、目の前にいたメイド服の鋭い目つきの女性は、ベッドから少し離れたところでいわゆるヤンキー座りをキメている。
もしかして、と、頭の中で先週爺から見せられた写真を思い浮かべながら、彼女の姿をじっと見つめてみた。
ロングスカートのクラシックスタイルのメイド服。
せっかく綺麗に仕立てているのに、そんな座り方をしたら変なシワがついちゃうじゃないか。
髪は金髪をポニーテールにまとめている。
脳天の方は若干黒髪が戻ってきている。染め直しはしないのだろうか。
そしてメイドさんらしからぬ真っ赤で大きなピアス。
そして。
「あぁ? 何みてんだよご主人様」
猛獣のような鋭い眼光。
「あ、あの、その……」
恐る恐る、問いかけてみる。
「カサネさんですか……?」
「なんだ、爺さんから聞いてねえのか?」
「いえ、しっかり聞いてます……」
しかし、聞いていたのは十年前の幼気な少女の姿の印象のみだった。
今でも目に入れても可愛い、というものだから、てっきり超清楚なお嬢様のような風貌かと勝手に思っていた、なんて言えるわけがない。
「あーしの名前は花笠歌咲音(はながさ かさね)。漢字で書くと長ったらしいけど、よろしくな、ご主人様」
語尾にご主人様とついているものの、話し方、風貌その全てはまさにヤンキーである。
「だから、なにジロジロみてんだよ」
「い、いえ……その、想像してたメイドさんっぽくないかな、と思いまして……」
「あ?」
「なんでもないですすみません」
「なんでご主人様が敬語なんだよ、あーしはメイドなんだから奴隷のようにこき使ってくれて構わんから」
「どどどどどどどど奴隷って」
よからぬ妄想が頭を駆け巡る。
それを察したかのようにニヤリと笑みを浮かべたカサネは腰をあげてベッドにいる僕へと近づいた。
「ご主人様……いま何かいやらしいこと考えたんじゃねえの?」
「そそそっ、そんなわけ……」
「金持ちのご主人様も、しょせんただのガキってことかぁ?」
ベッドに乗り上げたカサネはそのまま僕の寝巻きのボタンに手をかけた。
「お世話、してあげよっか?」
「っ!?」
頭の中が爆発した。
「で……」
「で?」
「でていけええええええ!!!!!」
ヤンキーメイドとの一つ屋根の下共同生活が始まった。
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