第4話 あとはまかせた、ご主人様

「カサネはさあ、僕のメイドなんだよな」


「あたりめえだろ、ご主人様」


 あれからすぐに席替えがあって、僕は変わらず窓際最後方の座席だったが、カサネは僕のすぐ隣の席になった。


 椅子の上でヤンキー座りをするメイド服のカサネは僕にメンチを切っている様な態度でこちらを見ている。


「じゃあ、お願いしたら何でも聞いてくれる?」


「もちろん。なんか飲むか? 腹滅ったか? ノート写しておこうか?」


「違う、そういうんじゃなくて……。あんまり言いにくいんだけど……」


「言いにくい……? あ!」


 何か悪いことを閃いたような表情で椅子から降りたカサネは僕の耳元に顔を近づけて……。


「今晩……ヤるか……?」


 囁く様にそう言った。


「くすぐったい囁くな!! そういうのでもないから!!!」


「んだよ。でも童貞なんだろ、ご主人様? 高校生のうちに卒業してた方がいいぞ?」


「そんな話は今はどうでもいい! あと女の子がそんな簡単にそういうこと言っちゃダメ!」


「ちっ」


「いま舌打ちしたよね?」


「投げキッスだよ」


 童貞だとか、ヤるだとか、そういう話ではなく……。


 いや、それと同じくらいまわりには聞かれたくはない話なんだけれど……。


「で、なんなんだよ、ご主人様」


「……ぼくに友達を作って欲しい」


「……ぷっ」


「いま笑ったよね?」


「まだ笑ってねえ」


「堪えてるよね??」


「まだ大丈……アハハハハッ! なんだよそれ!!」



 入学してから一週間。


 ぼくは早速、友達作りに失敗した!



 もともと積極的に誰かに話しかけることができるタイプではなかったけれど、それでもこれまでなんとかやってこられたのは「周りが話しかけてきてくれたから」だ。


 誰かが話題をふってくれればそれなりに会話ができる。


 しかぁし!


 自分からは決して会話することができないのだ。


「そういうの、コミュ障っていうんだぜ、ご主人様」


「知ってる。改まって言わないでくれる?」


 ではなぜ、この明流学園では友達ができない、つまり周りから話しかけられないかというと……。



「あ、あの……円城寺くん……。今朝回収したプリント……」


「あ゛あ゛ん!?」


「……ひっ」



 クラスの誰かがこうして話しかけてくれても、カサネのこの威圧感で逃げ去ってしまうのであった。


「あ……その……名前書いてなくて……」


「なんでそれがご主人様のってわかるんだ、あぁん? 名前書いてねえのによぉ?」


「そ、それは……座席ごとに回収してて……順番的に……円城寺くんかなって……」


「ちっ。んだよさっさとそう言えよ」


 カサネが何も言わなかったらもっと早くにそう言ってるはずだぞ、このクラスメイトは。


 僕はプリントを受け取って名前を書き込み、すぐにクラスメイトに返した。


「持ってきてくれて、ありがとう」


「あ……いえ……」


「ご主人様がありがとうっつってんだぞ? どういたしましても言えねえのか、あぁあん?」


「ど……ど……。ごめんなさああああああああああああああい!!!!!!!」




 そう言ってクラスメイトは走り去ってしまった。



「ったく。コミュ障っても普通に会話はできるのに、ここまで友達ができないなんて、コミュ障以外に何か理由が……」


 おまえだああああああああ、と心の中で叫んでみた。




◇◇◇



 良い考えがある。



 そう言ってカサネは放課後に僕を空き教室まで連れてきた。


 ただでさえ放課後なのに、この明瞭学園の東館5階は使われていない空き教室が複数あるせいで全く人気がしなかった。


 部屋の中央にカサネが置いた椅子にちょこんと座る。


「じゃ! ちょっと待っててくれ!」


 そう言い残して、走り去ってしまった。


 友達を作りたいのに、なんでこんな空き教室に連れてくるんだ。


 てっきりなにか部活動をやらされるか、委員会活動を迫られるかを予想してたのだけれども、そう言う感じではないようだ。


 まあ部活とか委員会とか絶対にやらんがな。




「またせたな!!!!」


 ものの十数分でカサネは戻ってきた。


 その表情はどこか満足げである。


「またせたって……それはなに?」


 カサネは何かが入った麻袋を担いでいる。


 その何かは担がれていることに抵抗するかのようにもぞもぞと動いていたのだった。


「な……カサネ……その中って……」


「ふっ。”ともだち”連れてきたぞ」


 どうみても誘拐してきた、の間違いではないだろうか。


「ふー、こいつちっせえくせにめちゃくちゃ抵抗するから疲れたぜ」


 そう言って、麻袋を僕の目の前に置いた。


 麻袋からは「うーーーうーーーー」とうめき声がする。


 完全に中にいるのは人間だ。


 しかも、こいつ口を塞いでやがるな、いよいよ誘拐だ。



「ま、あとはこの”ともだち”と仲良くなってくれよな。あとはまかせた、ご主人様」



 そう言って麻袋をほどき、中にいた人のアイマスクだけを残して口や手足の拘束を解いた。



「じゃ、あとはお二人で仲良くっ!」


「え……」


 逃げる様にカサネは教室を出て行ってしまった。



「……ちょっと、ヤンキーメイド! どこに連れてきたのよ! 目隠しも外しなさいよ! 動いて良いの? ねえ! 答えなさいよ! べ、別に怖いわけじゃないんだけど一応聞いてるのよ!」


「……侑」


「え……虎徹?」


 僕は彼女のアイマスクを外してあげた。


 カサネが攫ってきた”ともだち”とは、幼馴染の侑だった。


「……あんたがここに連れてこさせたの? あのヤンキーメイドに」


「……いや、僕もここにいろって言われただけで……」


「主人はあんたなのよ? 従者のコントロールもできないなんて、ほんと相変わらず情けないわね!」


「情けなくてもいいですよって。そんなことより、僕らをここに連れてきておいて、当の本人はどっかいくなんて……」


「そ、そうよ。用がないなら私帰るからね!」


 そう言って侑は教室の扉の方へと歩いて行った。


 しかし……彼女は教室を出なかった。


「……あれ」


 違う、出られなかったのだ。


「虎徹……。どうしよう、鍵がかかっている……」


「は? カサネのやつ何考えて……」


 僕も侑の方へ歩み寄って扉に手を掛ける。


 しかし、ガチャガチャと音を立てるのみで、扉は完全に鍵がかかっていた。


 すると、扉と床の隙間から一枚のメモ用紙がスッと出てきた。


 あいつ、まだこの扉の向こうにいるんだな。


「なによこれ」


 侑はそのメモを拾い、そこに書かれていた言葉を黙読して……。


「なななななななななななななによこれっ!!!!!!!」



 顔を真っ赤に爆発させた。



 硬直する侑からそのメモ用紙を取り上げて、その言葉をじっと見た。


 そこにはカサネの字でこう書かれていた。



『ヤらないと出られない部屋♪』

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