第5話 ケツが好きなんだな、お嬢様

「ややややややるって、なななななななにをなのよ!!!」


「ししししし知らないよ!」


「あんたのメイドでしょ!」


 動揺を隠しきれない二人で教室中をうろうろとしていた。


 僕と幼馴染の侑はいま、ふたりで空き教室に閉じ込められている。


 脱出の条件は、「ヤる」ことらしい。


「……」


「……」


 お互い、なんとなく無駄とわかっているのだけれど、黒板やら掃除ロッカーやら、教室のあらゆる設備を見てまわった。


 やはり脱出の糸口となるものは何もない。


 結構黙りこくって、僕はまた椅子に座り、侑は教卓の上にひょいっと飛び乗った。



「……相変わらず身軽だね」


 侑は小さい頃から木に登ったり、鉄棒にぶらさがったりするのが好きなアクティブな子で、まあ体が小さいのもあるのだろうけど、とにかく身軽だった。


 侑の家族はもっとお嬢様らしくおしとやかにしてほしいらしいが、僕にとってはこれが侑なのだ。


 このちょっと生意気で元気すぎるくらいなのが、侑だ。


「虎徹、なんであんなメイド雇ったのよ」


 教卓の上で足をぷらぷらさせながら侑が聞いてきた。


「僕が雇ったわけじゃないよ。あいつ、爺の孫なんだって」


「ああ、あのおじいちゃん執事の……。全然あの人の孫らしくないわね」


「それは同感。とにかくうるさいし、怖いし、周りの目を全然気にしないし、家事は普通にしてくれてるけど、基本的に迷惑な事の方が多い」


 くすっと笑う侑。


「でも、ちゃんとメイドっぽいとこもあると思うわ」


「服装だけだろ?」


「気づいてるくせに」



 僕は思い出していた。


 服装だけだろ、なんて言ったのはただの照れ隠しである。


 侑にはお見通しだったようだけれど、まあ、その通りだ。



「ああいうタイプの人の方が義理人情にアツいって事じゃない?」


「……虎徹、なんだかんだで気に入ってるんじゃないの?」


 侑の声のトーンが少し落ちた。


「え?」


「だからっ! あのメイドのこと気に入ってるんじゃないかって聞いてるのよ!」


 今度は声を荒げた侑。


 いつもの生意気な口をきくときのそれとは少し違う、また別のなにか感情が伴っている声色だった。


 侑は教卓の上で前のめり気味になる。かなり熱が入っている様子だった。


「気に入ってるっていうか、今は屋敷にあいつしかいないし……」


「二人で暮らしてるってこと!? そんな、あんな品のないくせに胸だけは一丁前にあるあのメイドと!?」


「いや、だから爺の孫で仕方なく……」


「仕方なくあの巨乳ヤンキーメイドと一緒に暮らしてるっていうの!?」


「なんで急に胸の要素もりこんできたんだよ! それは関係ないだろ!」


「うるさいうるさいうるさーい! おっぱいか! おっぱいなんだな!」


 教卓の上に座りながら脚をバタつかせて侑は叫んだ。


「おい、そんな不安定なとこで暴れたら……」


「だまれだまれだま……あっ」


 教卓ごと、侑が前方に傾き始めた。


 僕はすぐに椅子から飛び上がって……。


「侑っ!!!」



 彼女を受け止めた。




 教卓はかなりの轟音をあげて、床に倒れた。


 しかし、直前までそれに乗っていた侑はいま俺の手の中で……。


 ん……?


 手の中……。


 手の中になにか……。



「……虎徹」


「ん?」


「とっさに抱き止めてくれたことは感謝するわ。でも……」



 俺は自分の両手の位置を確認した。



「どこを触ってるのかしら……?」



 俺は侑のおしりをしっかりと掴んでいた。


ーーカシャ


 カシャ?


 俺と侑はそのままの体勢でその音のなる方へと顔を向ける。


「ケツ派なんだな、ご主人様」


 にやりと口角をあげたカサネが扉の隙間からのぞいていたのだ。


 その手にはしっかりとスマートフォンが握られている。


「なに撮ってるんだカサネ!!!」


「なにって、これから始まる二人のアツい……」


「なにも始まらないわよ!!」


「そういうあんたもなんで抵抗しねえの?」


 挑発する様なカサネのセリフにハッとしたのか、侑は勢いよく俺から離れた。


 俺の手に妙な柔らかい感触が残っている。


「て、抵抗しなかったわけじゃないわよ! 変な体勢だったから、その……動きづらくて……」


「ふーん」


 ああ、これは悪いことを考えている顔だ。


「ケツが好きなんだな、お嬢様」


「なっ……」


 顔をさらに真っ赤にした侑が、カサネの空けたわずかな扉の隙間目掛けて突進して行った。



「うるさーーーーーい!!!!!!!」


 カサネを突き飛ばして彼女はそのままどこかへ走り去ってしまった。


 僕はしばらくなにも言わない方が身のためだと踏んで黙って床に尻餅をついたままでいたけれど、そんな僕に目をやったカサネはこう言った。


「ミッション失敗だな」


「うるさい。っていうか、そんなこと望んでない」


「本当にぃ? なんなら、あーしが相手してやってもいいんだぜ、ご主人様?」


 カサネは倒れている僕に胸を押し付けてきた。


「いいから、僕らも帰るよ」


「あ、続きは家で?」


「しない!」




 倒れっぱなしの教卓をそのままにして、僕らも西日が差し込む教室を後にした。




◇◇◇





 あら、だれかしら、この空き教室の鍵開けっ放しにしてるのは……。


 もう部活動やってる生徒もほとんど帰っているのに……。


 って、やだ! 教卓倒れてるじゃない! 誰か暴れたのかしら。


 この学校でこんな暴れそうな不良みたいな人なんていな……あ、いや一人思い当たるけど、彼女はメイドさんだし……。


 ん? なにか紙が落ちてる……なになに。


 ……ヤらないと出られない部屋……?!


 なんてこと!


 教師人生五年目、この小津恵史上初めて学園で破廉恥な事件の香りを感じます!!


 そんなえっちな薄い本みたいな展開がこの学園で起こってるなんて……!!!

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