第6話 荷物持ちよろしく、ご主人様

「紅茶飲む?」


「……」


「おい」


「……」


「無視すんなや、ご主人様」


「いたいいたいいたいっ!」


 カサネが突然耳を引っ張ってきた。


 しかしどうも突然というわけではなく、ずっと僕に声をかけてきていたらしい。


 それはそれで申し訳ないんだけれど、それにしてもいきなりご主人様の耳を引っこ抜こうとするメイドさんが他にいるだろうか。


「紅茶飲むかって聞いてんだよ」


「じゃあ、いただくよ……」


「ったく、一回で済ませろよな」


 ぶつくさと文句を言いながらカサネは僕の部屋を出て行った。


 毎日同じ学校の同じ教室に通って、荒っぽい口調で接してくるからたまに忘れがちなんだけれど、カサネは僕のメイドなのだ。


 こうして紅茶を入れてくれたりするし、屋敷の掃除、僕らの洗濯、そして料理は全て彼女がこなしている。


 それにこの前は、庭の草木の剪定までしていた。


 いや、それは庭師を雇えよ、と言いたくなるのだけれど、彼女のメイドとしての能力は非常に高い。


 カサネがきてから、虫一匹も屋敷の中で見た記憶がないし、取れないと爺が諦めていたカーペットのシミもいつの間にか消えていた。


 緑一色だった庭には、いつのまにか鮮やかな花々のガーデニングができている。


 それにこの前の休日は珍しく一人で外出して行ったかと思えば、大量の魚を釣って帰ってきたりもしている。


 もうもはやメイドじゃなくね。


 カサネのポテンシャルの限界はどこなのだろう、なんて考えていると、彼女が紅茶を入れて戻ってきた。


「待たせたな」


「ううん。ありがとう……。良い香りじゃん」


「先週買い物にいったらさ、通りの向こうっ側に新しいカフェがオープンしてて、のぞいたらなんか茶葉とか珈琲豆とか売っててさ、気になって試飲したらバチくそうまかったんだよ! それが、これ!」


「あ、うん、ありがとう……」


「なんだよ、文句あっか?」


「いや、なんでも」


「ずっと学校の勉強してんだろ? あーしの声聞こえなくなるくらい集中してるとか、まじびびったわ。これ飲んでリフレッシュしろよ、ご主人様」


「うん」


「あと、今日はステーキ作る予定だからな! 腹は空かせておけよ?」


「あのさ、カサネ」


 放っておけばまだまだ喋り続けそうな彼女に割って入る様にして口を開いた。


「カサネってさ、普段なにしてるの?」


「え? メイドだけど?」


「いや、そうじゃなくて、それ以外のプライベートな時とか」


「うーん。あーしのプライベート? 掃除洗濯、料理に買い物……」


「違う違う! 趣味とか! この前釣り行ってたんでしょ?」


「ああ、あれは新鮮な魚を調達したかっったから、実質買い物だな」


「一人の自由な時間が欲しいとは思わないの?」


 これは、僕がずっと、カサネに限らず爺やほかの家のメイドや執事にも聞きたかったことだ。


 どうして彼らはこうも僕らの生活の全てをサポートしてくれるのか。


 正直、僕はメイドや執事がいなくたって生きていける自信がある。


 それに、彼らの自由な時間を割いてまで家事や身の回りの世話をして欲しいなんて思いもしない。


 まして、カサネは僕と同い年だ。


 僕が遊びたいと感じるように、彼女だって遊びたいと思うはずだ。


 一人の自由な時間が欲しいはずだ。



「一人の時間ねえ……」


 天井をみつめて、ぼそりと呟くカサネ。


 そのまま僕の顔は決して見ようとせずに、こう答えた


「……家事も、買い物も、庭の手入れも……。ぜーんぶひとりだから……」


「あっ……」


「一人の時間はもう十分だな。自由な時間も腐るほどある。あーし、こう見えても家事をか超得意だし、すぐに終わっちゃうんだよなあ。だから余った時間でガーデニングしてみたり? ま、それも一人なんだけど」


 僕はとんでもない勘違いをしていたのかもしれなかった。


「カサネ……」


「ま、それがメイドってもんよ! あーしの生きがいみたいな?」


 同い年の女の子の生きがいを、僕なんかのために使わせるのは……。


「おい、ご主人様。なんかへんな同情してねえか?」


 図星。


「好きでやってんの、こっちは。休みが欲しかったらご主人様のことぶん殴ってでも休むから」


 本当に殴ってきそうだから笑えない。


「ただ、ただいっこだけ……強いて言うなら、な?」


 今度はくるりと背中を向ける。


 やはり僕の顔を見ようとはしなかった。


「一人の時間が多い方が寂しい……みたいな」


「え……」


「なんてな! アッハッハ! 変な話すんなよご主人様! ぶん殴るぞ!」


 笑ってそう言いながら振り返ったカサネは勢いよく僕の頭を叩いた。


「もう殴ってるじゃん!」


「ちげーし! つっこんだだけだし!」


 と言って、もう一度叩いた。


 ご主人様の頭を叩くメイドがどこにいるんだ!


 なんて思ったけれど、これでいいかも、なんて感じる僕もいたようだった。



◇◇◇



「あ、さっきの紅茶で砂糖無くなりそう……。牛乳も微妙だな……。ついでに来週のご主人様の弁当の材料も買いに出かけるか。どっちにしろステーキの肉も買うし」



 独り言を言いながら玄関に向かうカサネを僕は呼び止める。



「カサネ!」


「あぁん?」


「そのヤンキーみたいな返事はやめて欲しいな……怖い」


「んだよ、ご主人様」


「……買い物行くの?」


「そうだけど?」


「僕も一緒に行くよ」


 カサネはなにを考えていたのか、しばらく黙ってからこう返す。


「じゃ、荷物持ちよろしく、ご主人様」

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