第3話 きもちわりーよ、ご主人様

 私立、明流学園。


 ここに通うために求められるのは頭の良さだけではない。


 そう、財力。


 ここの生徒のほとんどがどこかの企業の社長役員、政治家、地主などなどを親に持つ金持ちの子供なのである。


 お嬢様、お坊ちゃまのための学園なのだ。



 だから、校内に執事やメイドがいること自体は珍しくはない。


 しかぁし!!!


 同じく生徒として通う執事やメイドはほんの一握りである。


 しかぁししかぁし!!!


 それでも各学年に二、三人は毎年いるそうなのでこれまた周りが奇妙な目で見る必要もないのだけれど……。




「花笠歌咲音ってんだ。円城寺家でメイドやらせてもらってんで、よろしく」



 そんな口調のメイドなんて聞いたことないですけど!?


 案の定、クラスの全員の顔から血の気が引いてますけど!?


 ここにいる連中は金持ちのぼんぼんばかり。


 つまりこんな血の気たっぷりなヤンキーとは絶対に交わらない世界線の人間達なのだ。


 彼女をみる周りの目は……、例えるならライオンに怯えるうさぎのような……。



「はい、花笠さん、よろしくね。最初は席順が出席番号順だから円城寺くんとは席が離れてしまうけど……」


「ああ、別にいいよ。ご主人様が寝てたらこっからシャーペンぶん投げっから」


「先生が普通に起こすから大丈夫だよ〜」



 生徒達が小声で「円城寺家ってやっぱやべえよ」「金持ちの頂点は考えることわかんねえ」「変に気に触ることしたら潰されんじゃない」と口にしているのが耳に入った。


 自己紹介を終えたカサネは満足げに椅子に座った。


 これでもかというくらい浅く腰掛ける彼女。


 僕のことをご主人様と呼ぶ点と、服装以外はまったくヤンキーのそれなんだよなあ……。


 僕は窓際最後方の自分の席から、ふた席挟んで同じく最後方の席に座る彼女をじっと見つめた。


 ……普通にしてたら綺麗な高校生だと思うのに、なんつって。


「じゃあ次、また前に戻って藤ケ丘さん自己紹介お願いね」


「はい」


 教室の前に座る少女は立ち上がると教室をぐるりと見回した。


 あれ、あいつ……。


「藤ケ丘侑(ふじがおか ゆう)。よろしく」


 金髪ショートヘアの彼女には見覚えがあった。


「中学の三年間はフランスにいました。久々に帰ってきたら色々変わっててびっくりしたわ。とくに……」


 その視線が俺に向けられた。


「円城寺の人間が、あんなヘンなメイドを雇うようになってるとはねっ!」


「……侑」


 僕が彼女との思い出を回想する前に……。


「んだとぉ? やんのかてめぇ!?」


 カサネが立ち上がった。


「やらないでくださーい」


 軽い口調で小津先生が口を挟むも全く意に介さない二人である。


「ほらそうやってすぐに牙を剥くでしょう? これだから品のない人は」


「ぶっ潰すぞてめえ、生意気な口ききやがって!!!」


「つぶさないでねー」


「やれるものならやってみなさいっ! 私は藤ケ丘家の人間よ! 円城寺家との間にもしものことがあったら、損をするのはどちらかしら?」


 円城寺グループは財力単体で見れば侑の藤ケ丘家より上である。


 が、実は藤ケ丘の人間が全力で円城寺をサポートしてくれているという側面が裏にはある。


 その手が引かれれば、円城寺グループにとっては大打撃である。


「んなこた知らねえよ!」


 知っててくれ……。


「こんな品のない女性を雇うなんて、虎徹も随分と情けなくなったものね!」


 矛先が明確に僕に向けられた。


 侑の嫌味ったらしい性格は相変わらずだった。


 彼女が僕にこんな口を聞くのは正直慣れっこだった。むしろ懐かしく思えるほど。


 だから小さい頃のように適当にあしらっておけば……。




「ご主人様のことは悪く言うんじゃねえよ!!!!!」




 静寂。


 これまでのどのセリフよりも、一番大きな声で、カサネはそう叫んだ。


 その表情から感じるものは、圧。


 近づこうとするもの全てを退けようとするほどの。


 とてもメイドとは思えない顔である。


 だけど……。



「べ、べつに悪く言ったつもりは……」


 折れたのは侑だった。


 折れた、というより、これ以上立ち向かえる気配がなかったと言う感じだろうか。




「はいはーい。さ、変な空気になったけど、自己紹介の続き進めていくよ〜」




◇◇◇



 その後、僕はカサネを連れて中庭に向かった。


「おうおう、ご主人様。あの藤ケ丘ってガキはなんなんだよ!」


「小さい頃からの僕の幼馴染で……。っていうか、同い年にガキってどういう……」


「あのガキ、ナマ言ってっから一回シメてみねえとわかんねえようだな」


「シメなくて良いから! あいつだいたいあんな感じなんだってば!」


「そうなのか?」


「昔からよく僕にちょっかいだしてきて、それで僕が泣いたりすると、すぐに謝ってきたり、実は良い子なんだよ」


「ふーん……。それって、好きな人にいたずらをしたくなる女の子のテンプレって感じ?」


「好きな人? 僕が侑の?」


 コクリと頷くカサネ。


「ないないないないないない! ただの幼馴染だって」


「そうかぁ?」


「侑とはこれでも3歳のころから一緒なんだ。中学はフランスに行ってたけど、たまにメールがくる程度のやりとりはしてたし、一応侑のことは妹みたいにわかっているつもりだから!」


「妹ねぇ」


 にやにやしながら話を聞くカサネ。


 ところで、中庭に彼女を連れてきた理由はそんな話をするためではない。




「あのさ……」


「なに?」


「ありがとう……カサネ」


 彼女の顔を見て、そう言うのはまだ恥ずかしかったから、カサネがこのときどんな表情をしていたかは分からなかった。



「僕のことを思ってくれて、悪く言うなって、そう言ってくれて……」


「ふっ……」


 カサネの口から息が漏れた。




 しばらくの沈黙ののち、カサネはこう返してきた。


「アッハッハハハハハハ!!! まじうけるんだけど!? なにその発言!? ご主人様がいうとなんかきも……や、鳥肌もんだわ!」


「わ、笑うなよ! ってかいまキモって言いかけたよな!?」


「だってだって! ふふっ、『僕のことを思ってくれて』だってよ!!! きもちわりーよ、ご主人様! 録音しとけばよかった!!」


「笑うな! そもそもカサネが侑に突っかかるから!!」


「アハハハハハハッ!!!!」



 中庭に響く、ヤンキーメイドの笑い声。


 校舎からは何人かの生徒が「なんだなんだ」と覗いてくる。


 ほんと、カサネといると周りの視線を買って仕方ない……。




「てかさぁ」


「なに?」


「やーっと、呼び捨てしてくれたな。あとタメ語も」


「……あ」


「ありがとな、ご主人様!」



 相変わらずヤンキーな風貌だけれども、その笑顔はとても無邪気で、普通の女の子に見えた。

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