第2話 たらふく食えよ、ご主人様

 なんとかカサネを部屋から追い出すことに成功した僕は、平穏な朝を堪能するかのようにゆっくりと着替えた。


 昨日の入学式で初めてきたこの明流学園の制服。


 まだまだどこか制服に着られている感じは否めないけれど、この制服が外ではひとつステータスになるのだ。


 まあ、円城寺家の人間である僕にいまさらそんなステータスあんまり関係ないのだけれど。


 別に驕っているわけではなくて、むしろ、普通の学校に普通に通いたかったくらいだ。


 ただ両親がそう僕に期待するのだから仕方なく受験勉強をして、合格した。




 制服に着替えた僕は、すっかりいつもの感覚のままで食堂に向かっていた。


 そういえば朝食はどうしよう。


 今日から爺は居ない。


 ってことは、だ。


 あのヤンキーメイドが支度してくれているのか?


 申し訳ないけどあいつが?


 朝からインスタントラーメンなんて勘弁だぞ、育ち盛りなんだからバランスの取れたいい朝食を……。



「おう、やっときやがったな、ご主人様」


「え……なにこれ……」


「なんだ? 朝はパン派だったか?」


「いや、そうじゃなくてですね……」


 テーブルに用意されていたのは、お米がピンと立ち上がった白ごはん、お味噌汁のいい香り、つやつやの焼きたての鮭、ぷるっぷるなだし巻き卵、わかめときゅうりの酢の物まである。


「これ……カサネさんが……?」


「あーし以外だれもこの屋敷にいねえっての。ご主人様も高校生なんだからちょっとは頭使えっての」


「……はい」


 仕上げに緑茶をテーブルに差し出すカサネ。


 しばらくそのプロのシェフが作ったかのごときラインナップを見つめていると、素直な腹の虫がなり出しそうだったので、箸を進める。


「……おいしい」


「だろ?」


 僕の顔にこれでもかと顔を近づけてにやりと笑うカサネ。


 正直、爺の料理より美味しい。


 爺は最近自分の舌が老いてきたせいか、随分と味の濃い料理ばっかりだったので、このなんともちょうどいい朝ごはんがとても身に染みたのだ。


「じいさん、最近舌ばぐってきてるから、しょっぺえもんしか食べてないだろ?」


 どうやらこのヤンキーメイド、かなりやり手である。


「たらふく食って、大きくなれよ、ご主人様」


 言葉遣いと見た目以外は完璧だ、このヤンキーメイド。


 嬉しそうにクスッと笑うカサネがこう言い残して一旦食堂を離れた。


「おかわりあるから、欲しかったら呼べよ、ご主人様」



◇◇◇



 結局ご飯も味噌汁もおかわりしてしまった。


 朝から時間をかけてたっぷり堪能した。


 そのせいで……。



「遅刻じゃないですかっ!!!!」


「おう、そんな慌てんなよ、ご主人様」


「慌てるよ! 入学2日目から早速遅刻ってやばいですって! 絶対目をつけられる!」


「円城寺家の人間ってだけで色んな意味で教師からは気にかけられてっけどな」


「そう言う問題じゃないんです!」


 僕はとにかく急いでカバンを手に持ち、屋敷を飛び出た。


 屋敷の玄関から、敷地の正門まで数十メートルをダッシュする。


 朝ごはんを食べすぎたせいでお腹が痛い……。


「ご主人様、足遅えな。運動不足だろ?」


 ふと横をみると僕と併走するようにカサネがついてきている。


 僕と違うのは、彼女は息切れひとつ起こしていない。と言うかむしろ、まだまだ余力を残しているような走り方だった。


 僕は全力で走っているのに!


「ってか、どこまでついてくるんですか!」


「学校まで」


「そ、その格好でついてくるんですか!?」


「はぁ? あたりめえだろ? あ、カバン持ってやろうか、ご主人様?」


「送迎ってこと!? 歩きで!? こういうのって車とかじゃないの!?」


「まだ自動車免許は持ってねえんだよ。普通二輪はもうすぐ取るから、そっから一年経てば二人乗りで送迎できっからよ」


 その見た目で道路交通法は遵守するのか。


 なんて会話を早口でしながら、街中を疾走する男子高校生とヤンキーメイドの僕たちはようやく明流学園に辿り着いた。


 僕は呼吸をするのも精一杯なほど、疲れ切っていた。


「入学二日目でこんなに疲れることになるとは……」


「だらしねえな、ご主人様」


「わ、わるかったですね……」


 汗だくな僕と、飄々としているヤンキーメイドはいやに周囲の視線を買っていた。


 ああ、入学早々、「一年のヤンキーメイドを連れてるやべーやつ」と思われているに違いない……。


「なんだあいつら、ご主人様のこと睨みやがって」


 違うよ、僕の隣にいるヤンキーメイドを奇妙がって見ているだけなんだよ……。


「じゃ、じゃあ、カサネさん。僕は行くから。あ、帰りは迎えに来なくて大丈夫だからね!」


「帰りってか……」


 カサネが何かを言いかけると同時に、一人の女教師がこちらに寄ってきた。


「円城寺くん!」


「あ、えーっと……、小津先生?」


 彼女の名は、小津恵(おづ めぐみ)。


 先日の入学式で発表されたクラス分けにて、僕の担任となった先生だ。


 まだ二十代で若々しい生徒から人気のありそうな人柄である。


「おはようございます、円城寺くん。朝から元気だね」


「元気なくなりましたけど」


「生徒指導顧問として校門前でずっとみんなの様子を見てたけど、君たちが一番元気よく登校してきてたわよ?」


「はあ……」


 ん? ”たち”?


「おう、先公。おはー」


「おはようございます、花笠さん。昨日は引っ越しやらメイドの準備やらで忙しかったから欠席したと聞いてますが、今日からは大丈夫?」


「ご主人様がだらしないから遅刻すっかと思ったけど、まあ大丈夫。入学式とかどーせだりぃし」


 ……ん?


 入学式を欠席?


 カサネが? 保護者としてか?


 ……でも”今日から”って?


「それじゃあ昨日渡せなかった入学関連のものがあるから、一緒に職員室まできてくれるかしら?」


「えー、だるっ」


「すぐに終わるから、ね」


「はあーい。んじゃ、ご主人様は先に教室に行ってな!」


「さ、先に教室って……え? カサネさん、もしかして……」


「あ? なに不思議そうな顔してんだよご主人様。あーしもご主人様と同い年なんだから、学校くらい通うだろ?」



 えええええええええええええええええ!?!?!?!?!?!?

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