第9話 こういうご奉仕もさせてよ、ご主人様
なんとかテストを乗り越えた僕だったが、ある朝、その緊張の糸がぷつりと切れたかの様にどさりと倒れ込んでしまった。
「お、おい、ご主人様!?」
朦朧とする意識の中、必死に僕を呼びかけるカサネの声が響いていた……。
◇
「38度7分。えらい熱じゃねーか」
僕は思いっきり体調を崩してしまった。
原因はおそらく、カサネに気を遣ってベッドではなくソファで寝たあの夜だろう。
春から夏へ向かっていく季節とはいえ、まだまだ朝晩はひんやりする日も多い。
試験期間中もうすうす体調が思わしくないことは感じていたけれど、気合と根性で乗り越えていたのだ。
「情けねえな、ご主人様……と言いたいところだけど……まあ、学校には休むって連絡しておくからゆっくり寝ときな」
カサネ自身もこの体調不良の原因に思うところがあるのだろう、なにせ自分が僕のベッドを占拠したが故に発生したのだから。
申し訳なさそうに、体温計を救急箱にしまって部屋を出て行こうとした。
「あれ、カサネは学校は?」
「ご主人様が休むなら、あーしも休みでしょ?」
「そんな気を遣わなくても……」
「気を遣ってるんじゃなくて、これが従者としてのあたりまえだっつーの」
そう言って彼女は部屋を出て行った。
見た目と言葉遣い以外は完璧なメイドなんだけどなあ。
それはそうとして、体調に限界がきたのが今日で本当によかった。
テストは終わったし、ゆえに学校に行ってもそんなにやることがない。
授業で使うプリントとかノートは……まあ侑に頼もう。
安心してゆっくりできる。
そう思うと僕は自然に眠りの世界へと導かれた。
◇◇◇
ふと気がつくと、ベッドの脇で座っているカサネと目があった。
「ご主人様……」
カサネ、わざわざ見守ってくれなくても……。
「ご主人様、あーし色々考えてたんだ。あーしがご主人様のためにできること……」
どうした急に、という言葉さえ出てこないほど、真剣な面持ちで語り出した。
「あーしが冗談半分でご主人様のベッドに寝たせいで、こんなことになって。あーし、メイドなのに何やってんだって……」
いつになく深く沈んだ表情のカサネ。
そこにはあの生意気なヤンキーメイドの姿など微塵も感じられなかった。
本当にどうしたんだ?
そう声に出そうとしたけれど、体調がやはりよくないのだろう、口がうまくうごかないし、手足も思うように動かせなかった。
「あーし、メイドとしてもっとご主人様にやるべきことがあると思うんだ……」
メイドとしてやるべきこと?
何を言ってるんだ。
カサネは言葉遣いこそ、まああれだけど、メイドとして十二分に働いてくれているし、面倒を見てくれているじゃないか。
これ以上俺が何を求めていると思って……。
「だから……。こういうご奉仕もさせてよ、ご主人様……」
こういう……?
そう思った矢先、カサネは俺のベッドの上にメイド服のまま乗っかってきた。
え? なに?
俺の布団をぺろっとめくると、カサネは顔を紅潮させ、俺の胸元に手を当てると、妙に慣れた手つきで寝巻きのボタンを外して行ったのだ。
なななななな、なにしてるんだカサネ!
声は出ない。
抵抗もできない。
「ご主人様に、しっかり満足してもらえるようにしっかりサポートしてあげんからね」
さささサポート!? ナニのサポートなんですか!?
ただでさえ熱っぽい俺の体温がみるみる上昇していくのがわかる。
やめろっ、カサネ! その手を止めろ!
カサネ! ちょ、どこ触っ……、カサネ! カサネ!
◇◇◇
「……ネ……やめ……カサ……」
……違和感。
さっきまでと全身の感覚ががらりと変わっていたことに気付いた。
「……あれ」
もしかして、いや、もしかしなくても……。
「随分うなされてたみてーだけど、変な夢でも見てたのか、ご主人様?」
とんでもない夢を見ていたようだった。
カサネは俺の部屋の俺のデスクで帳簿をつけていた。
普段俺の部屋にないアイロンや郵便物もここにあることから、彼女は自分の雑務も俺の看病をしながらこの部屋でずっといたようだった。
「体調は?」
そんなカサネの顔を真っ直ぐ見ることができずに、手元の布団を見つめながら上半身を起き上がらせて答える。
「……うん。だいぶ」
「そりゃよかった」
そう言ってカサネは立ち上がり、俺の元へと近づいてきた。
「……服、脱げよ」
!?
「そんな童貞みたいな反応すんなよ、ご主人様。汗ふいてやっから」
「あ、ああ……。そういう……」
夢とわかっていても、さきほどの妖艶なカサネの表情が頭の中から消えない。
目を逸らしながら俺は寝巻きのシャツを脱ぎ、その背中をカサネの方へと向けた。
「じゃ、拭くからね」
暖かいタオルをカサネは俺の背中に押し当てる。
ああ、気持ちいい。
ゆったりカサネに背中を拭いてもらっていると、ふとタオル以外のものが当たる感触がした。
「……あの、カサネ……。タオルじゃないものの感触が……」
「ん? ああ、おっぱいだな」
「ちょ! なにしてるんだよ! 当たってるから離れて!」
「当ててんだよ、ご主人様。どうせ風邪にうなされていやらしい夢でもみてたんだろ? ほら、発散させてもいいんだぜ?」
「や、やめてよ!」
「ほらほら〜〜〜」
このヤンキーメイドのペースにはいつも心を乱される。
だけど、毎日がちょっと楽しい、そう思っている自分も確かにいることは、まだ誰にも内緒でいようと思う。
◇
一方、屋敷の中でヤンキーメイドがご主人様の背中に胸を押し当てているとはつゆ知らず。
屋敷の正面門前で行ったり来たりしている少女が一人いた。
「い、いきなり来ちゃったけど……。虎徹、大丈夫かな……」
この少女、ご主人様の幼馴染の侑はせっかくお見舞いに来たのに、門前でかれこれ1時間もチャイムを押すことを躊躇しているのだった。
ご奉仕上等! ヤンキーメイドがご主人様の生活すべてをサポートしてやるぞオラァ! 小町さかい @sakai_kidult
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