オボロ駅の風

まきなる

短編・読み切り

ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン


 キィキィキィ


「オボロ駅、終点、オボロ駅です。本日もトボトボ鉄道をご利用いただき、誠にありがとうございます。お忘れ物なされないように荷物をご確認ください。出口は左側です」


 冬華(とうか)は瞼を擦りながら自分が持ってきた荷物を確認し、明治時代にでも作られたのかと言うべき、古い木造の車内を後にした。彼女が降り立ったオボロ駅は日本では珍しい、海がそばにある駅であった。冬華はキャリーケースを駅の椅子に引っ掛け、人がいない駅を一人眺める。駅の大部分は木造の柱で建造されていたが、椅子の足など所々使用されている金属は、海風の影響で赤褐色の洋服を着ていた。


 吹き抜ける風は彼女が着ている白いワンピースと、麦わら帽子を揺らしている。首に着けているチョーカーが光を反射し、風で靡く黒髪が光を包み込み、いっそう彼女の魅力を上げている。ステレオタイプの夏服の彼女がここに来た時期は、夏真っ盛りというわけではなかった。ただ、この日に待ち合わせをしていたため、懐かしの格好で冬華は人を待っていたのだ。ほら、お迎えに女性がコンクリートの階段の下にいる。夏らしく、髪はボブに、服装は半袖半ズボンの女性は手を挙げて言った。


「や、冬華。随分早かったね、そんなに急がなくても良かったのにさ」


「別に急いでない。でも、美穂(みほ)とは話したかった」


「そう、ありがとね。じゃあ、行こっか」


「うん」


 カラカラカラ、冬華はスーツケースを引きながら美穂の背中を追う。風化してひび割れたコンクリートはキャスターを何度も捕まえて、彼女たちが歩いて行くのを引きとめた。コンクリートの道が終わったと思ったら、次に舗装はされていないが綺麗に固められた川沿いの土の道が続くのだ。シャンシャンシャンと鳴く蝉の声と、海か川なのか水が流れる音、そして、時々石に引っ掛かって跳ねるキャリーケースの音が彼女たちの周りを包み込んでいく。


 二人が目指していた場所が視界の端に映り始め、冬華は自身が美穂に会えたということを実感する。しかし、休憩がてら二人は駄菓子屋で足を止めた。美穂は駄菓子屋の外に置いてある冷蔵室からラムネを二本店内に持って行き、支払いを済ませたのか一本を冬華に渡した。彼女たちは所々破れたトタン屋根の下にあるベンチに座り、そこから目の前を流れる川を眺めていた。


「美穂はさ、私のこと待ってくれていたの?約束を果たすまでに時間がかかっちゃって、本当ごめんね」


「冬華は別に気負うことないって、謝るのは私の方だよ。勝手に約束をすっぽかしてこんなところに来ちゃって、挙句あんな手紙一枚置いていったんだから」


「それも、そうだね!」


「このっ!そこは、否定するとこだろ!」


「ちょっと、ラムネこぼれるよ!」


 美穂は冬華の首に勢いよく手を回し、その衝撃で帽子が外れそうになってラムネを落としかけていた。彼女達にあった時間が経って少し遠くなった距離は、ふとしたことで無くなって、少しずつあの頃の友達同士に戻っていく。


「ね、美穂。私も駄菓子屋入っていい?いいでしょ?」


「いいよ、ただラムネはこぼしたら迷惑がかかるからベンチに置いて行こっか」


「はーい」


「あと、帽子も邪魔だと思うし、私持っておくよ」


 冬華は美穂に帽子を渡し、駄菓子屋に入っていく。駄菓子屋には懐かしのお菓子がいっぱい並んでいた。幼い頃、お嬢様だった冬華は美穂に連れられてよく駄菓子屋に訪れ、来るたびに違うお菓子を一つだけ買って二人で分け合った記憶は、今でも鮮明に思い出せる。そんな記憶の中から、冬華は二人が一番好きだったお菓子を一つ手に取り、奥にいるお婆さんにお会計を頼んだ。


「あら、べっぴんさんね。美穂ちゃんのお友達?」


「はい、幼馴染です。今日は久しぶりに再会できたので、昔を思い出しながらこれを食べようと思ったんです」


「いいわねぇ。あ、ベンチでゆっくりしていいからね、人なんてほとんど来ないから気にしなくていいわよ」


 冬華は掌を組んでお辞儀をし、店を後にした。冬華が買ってきたお菓子をちらつかせると、美穂はどこか呆れながら言った。


「変わんないね、昔からそれ好きだったもんな」


「美穂こそ好きだったでしょ?あの頃みたいに半分こしよっか」


「半分は私がやる」


「嫌、美穂って割るの下手っぴなんだもん」


「はいはい、じゃあ綺麗に半分にしてくれよー」


 冬華はパッキとその硬めのお菓子を割る。美穂に啖呵を切ったような言い方をしたが、そのお菓子はあまりにも不格好に割れてしまった。二人でそれぞれ小さくしながらお菓子を黙々と食べ進めていくが、小さく割ってしまっていたので所々付いた粉が爪と指の隙間に入り込んでしまっていた。


 お菓子を食べ、一息休憩をした彼女たちは本来の目的地に向かうことにした。その場所とは、この駄菓子屋からそこまで距離の無い、一軒の家だった。日本家屋を彷彿とさせるその家は年代物ではあるが、手入れをされているのか古い家特有の嫌なにおいなどせず、非常に綺麗に手入れされている。冬華はこの家に来たのは初めてで、美穂が長年住んでいるこの場所にどこか羨望の目を向けていた。


「今日はここに泊まっていくでしょ。とりあえず荷物は奥の部屋に入れておくね。あ、そっちの部屋から縁側に行けるからそこで待ってて」


 美穂は冬華のキャリーケースを抱え、部屋の奥に進んでいく。スサッスサッ、美穂の歩き方は、外のような大地を踏みしめるような歩き方ではなく、床を撫でるように歩く。冬華はその歩き方が彼女らしからぬ歩き方なために、違和感を覚えた。しかし、その理由は彼女が床に足を踏み入れた際にすぐに判明した。ギ、ギィ、ギィと床がたわむようにきしみ始めるのだ。思っていたより、ここは年代物だったらしい。冬華は床を踏み抜いてしまわないように、美穂を真似て摺り足で縁側に向かった。縁側には茶席判が二枚敷かれてあり、そのうちの一枚には白色の猫が座っていた。よく見るような三毛猫が、日のぬくもりを感じながら丸くなっている。


「猫さん、お昼寝かな?にゃんにゃーん。あー起きないね」


「何やってんの」


「げ、見つかった。見なかったことにしてもらえないかな~」


「い、や、だ。はい、また歩いてきたから喉乾いてるでしょ。麦茶持ってきたからさ、少しゆっくりしようよ」


 冬華は猫の隣に座り、美穂は麦茶を乗せたお盆を置いたかと思うと、もう一度奥に戻ってふかふかな座布団を持ってきた。その猫はその座布団に反応し、吸い込まれるように移動して、何かありましたか?というような様相で同じように丸くなり始める。はみ出て揺れる尻尾も時間が経てば、自ずと動きを止めていた。


「ここまで来るのに時間かかったみたいだし、結構大変だったでしょ。あ、でも冬華の実家家の財力ならどうとでもなるか」


「どうにでもならなかったことばかりだよ。だから今私はここにいるの。もしかして、大変…だったのかな。そうかもね。きっと私、感情が無くなっていくのがどうしても耐えられなかった。それだけはどうしても譲れなかった。」


「相変わらず頑固だなー冬華はさ!もっと気楽に生きていけばいいのにさー。あたしみたいに、何かと抱え込んじまうのはしんどいぞー」


「あなたは抱え込み過ぎで、私は抱え込まなさすぎだっただけ。それでも、あなたよりはまだまだ子供で、どこか誰かに頼りたくなってしまうのは変わらないかな。はーあ、私わがままだなー」


「それぐらいでいいんだよ」


「そう?美穂が言うことは間違いないもんね」


「買いかぶりすぎ。あー眠い、ちょっと横になる。膝貸して」


 美穂は少しうつぶせ気味に冬華の膝の上に頭を乗せて、縁側から見える景色をただ眺めていた。蝉の声が鳴りやまず、風が吹き抜ける縁側で少女たちは話し続けていた。縁側に橙色の光が差し込み始め、烏も顔を出し始めるが二人の会話は止まなかった。


「冬華、これから話すのは独り言だから」


「そう。わかった」


「私の家は冬華の実家のように金を持っていない。同じ学校に入って、同じように過ごしてきたけど、やっぱりどこか私はここにいるべきじゃないと思っていた。そう、スタートラインが明らかに違うんだ。努力して同じ学歴、同じ成績になったとしても、すでに抱えているものが違い過ぎて人によっては負い目も感じてしまう。何もかもがつらく感じた。快く話しかけてくれたとしても、きっと裏では馬鹿にされているんだって、ずっと思っていた。あの日はもう疲れ切っていて、今の状況から楽になりたい。少しだけ休みたいと思っただけだったのに…はぁ、弟は元気にしてるかな。それだけは本当に気がかり―自分の身勝手さに呆れるよ」


 冬華は美穂の頭を撫で続けて考える。

『美穂は、心を許せる人がいなかった。ずっと、誰にも相談できない悩みを多く抱えて過ごしていたのに、私はそれに気がつくことができなかった。ごめんね、美穂。だから私は、ただの自己満足でもあなたの話が聞きたいの』


「美穂、もう休んでいいの。話せなかったことは、ここじゃ誰もあなたの話は聞いていないよ」


 美穂は過去のことを話すとき、冬華に視線を合わせることは無い。いつもどこか遠くを見ているその横顔は猫が虚空を見つめている表情と酷似している。そんなことがあったから冬華は美穂に対して猫に似ているねと言って、よくからかっていた。昔のことを少しずつ話していこう。冬華が話す美穂の顔を見ていると突然、何かに気がついたのか美穂は冬華に顔を向けた。お互いの視線が合い、先に冬華が目をそらす。


「蝉の声が止んだ」


「それがどうかしたの?別に何か変なことなのかな。あーでも蝉がこう鳴りやむのは珍しい気がする」


「冬華、何隠しているの?」


 冬華は沈黙で返す。何かを隠しているのは明白であるが、それゆえに美穂はこれ以上問い詰めるつもりは無かった。冬華は膝枕したままこちらを見ている美穂に向き直した。


「私がなんでこの場所にいるのかは知っているでしょ?」


「うん、それで?」


「この場所で一晩明かすと、私は帰りの電車に乗れなくなるの」


「ちょっと待って!じゃあ、なんで冬華はここにいるんだ!?」


 美穂は冬華の膝から飛び起きた勢いのまま立ち、座布団に座った猫を眺め始めた。烏が子供は帰る時間だと知らし、水の音がより鮮明に聞こえるようになった。


「冬華、今すぐ駅に戻ろう?ね?」


 美穂は自分の膝などお構いなしに正座の状態になり、冬華の左手を包み込む。冬華はその時の美穂の表情を直視することができなかった。その表情は、あの日の、心に穴が開いた日の朝、美穂が浮かべていた表情そのものだった。


「ねぇ、冬華。なんで…なんで私と同じことをしたの?ここじゃ時間なんてわからない。気がつかないよ…」


「ごめんね。でも…私も、耐えられなかったの…あなたと同じ」


「私がどれだけの人を悲しませたか、今でも悔やんでる。それは冬華も知っていた。でもどうして!?」


 冬華はとっさに両手で自身の顔を覆い、自らの表情を隠した。


「苦しみは知っていたよ。けど、もう、もう、もう!もう無理だったの!皆が平気な顔して生きていくことができるのが、信じられなかった。どうして簡単に、周りの歩調に合わせることができるの?私がされてきたのはピアノの調律と同じよ。正しい音が鳴ればあの人たちは、それで良かったの!私に近づいて来た人は結局、皆その調律されたピアノを弾きたかっただけ。正しい音が鳴らなかったら、皆私を吐き捨てていった!だから…だから…」


 両手は役割を終え、ただうなだれる。


「私は、その鏡に映ったガラクタを捨てたの」


 冬華がここまで感情を表に出したのは、これが初めてだった。美穂と同じく誰かに相談することが許されない環境がずっと続いていたのだ。冬華はぐしゃぐしゃになった顔も髪をそのままに、美穂を見つめる。二人は沈み始めた光を浴び始め、世界は沈黙する。


 冬華の視界が急に暗くなり、すすり泣く声が耳に残った。美穂が冬華を抱きしめ、ただ泣き続けていたのだ。美穂は何も言わない。慰めの言葉を紡がない。その代わりに、ただ流れる涙を止めない。次第に冬華も美穂の服にしずくをこぼし始めた。二人の涙が落ちるたび、彼女達は一層輝いて見える。涙の残量が底をつき、美穂は再び口を開く。


「冬華」


「何?」


「駅に戻ろう?」


 しばらくの間、冬華は口を閉ざした。しかし、親友に励まされて心は軽くなりここに来た時の感情とは変わっていた。答えと共に、冬華は美穂を強く抱きしめた。


「……うん」


 二人はこの日、再開した喜びと共に過ごした道を同じように戻っていく。違うのは少し身軽になった心と、荷物を何も持っていないこと。キャリーケースを引く音は聞こえない。二人の足を止めるものは何もなかった。川のせせらぎが彼女達を迎え入れ、道端の雑草がその踊りで場を盛り上げ、蝉と烏の歌声で彩っていく。二人が歩いていたのは、整備されていない道などではないのだ。


 駅に着く。二人が見上げると電車はすでに駅に停車していた。冬華は一段、階段を上がる。けど、美穂はコンクリート製の階段を登ることができない。冬華は手を引っ張って連れて行くこともできない。これが、境目だった。


「じゃあ、バイバイ。私は電車に乗る。やっぱり怒られちゃうかな?」


「きっと大丈夫。怒られたら、ぶん殴ってやんな」


「嫌、美穂みたいに男勝りじゃないもの」


「じゃあ、うーん。どうだろ。どこか相談所とかで相談してみな。私の時とは違うんだ。きっと体制も良くなっているはずじゃない?」


「そうする。でも、まずは話し合ってみる。どうなるかわからないけどね」


 冬華は階段を登り切った。その時、一段と強い風が吹いて冬華の帽子を彼方へと運んでいく。二人はその様子をじっと見つめていた。


『全部、こっちに置いていきな』


 冬華はそんな声が聞こえた気がした。


「ねぇ、美穂」


「何?」


「私、まだあなたと話をしていたい。でも、それはできない。だから続きはいつかに取っておこうと思うんだ」


「うん」


「最後に一言だけ伝えさせて」


 帽子が無く、冬華の表情が良く見える。深い黒が輝く姿が、美穂の目には映っていた。


「今日はありがとう。じゃあ、またね」


「またすぐに来るとかはやめてよね。こっちにも都合があるんだからさ」


「いじわるね」


「いいじゃん、減るもんじゃない」


「でも、美穂の言うとおり。すぐには来ないわ。だから待っててね」


「OK!じゃ、またいつか!」


 冬華は駅の奥に向かう。しばらく歩いて振り向く。そこにはもう美穂の姿は無い。


『間もなく、オボロ駅発ウツシヨ駅行き電車発車いたします。ご乗車予定の方はお乗りください』


 冬華は電車に駆けこんだ。彼女が乗ると扉は閉まり、電車は動き出す。ゆっくりと、オボロ駅から遠ざかっていく。電車の後方に走り、冬華はオボロ駅に近づこうとするが決して近づくことはない。彼女が今いるのは電車であり、最後部から先は進むことができない。ガラスに腕を立てようとも、後悔を残そうとも、彼女の気持ちとは真逆の方向に電車は進んでいく。それなら、できることをするだけだ。冬華は遠く小さくなっていくオボロ駅を目に焼き付ける。ずっと、ずっと刻み込んでいくために。






 ピーッピーッピーとなる電子音で目が覚めた冬華は口元に酸素マスクをつけ、その無機質な部屋に自分の両親がいることに気がついた。ただ彼女の知っていた両親ではなく、いつか鏡で見た自分と同じような血色をしている。言葉を発することができず、ただ目をパチクリさせていた。


「冬華!」


「良かった、目が覚めたのね!」


 冬華の両親は、目が覚めた娘に気がつくと各々両手で彼女の手を握りしめた。二人は冬華に謝り続ける。遺書を読んだ。そこまで思いつめさせてごめんなさい。お願い、話を聞かせて。後悔と懺悔の言葉を両親は娘に伝え続けた。取り返しがつかないぐらい、自分の娘を傷つけたことに気がついたのだ。思いつめて自殺に追い込み、両親は自らの過ちを知った。


 冬華からすれば、いや客観的に見ても遅すぎた。いつだって話を聞かなかったくせに、なんで今更とは思うのは当然だ。けど、冬華はこの人たちと話し合おうと心に決めていた。それは大切な友達との約束で、自分の初めての反抗で生まれた時間だったのだ。冬華はベッドに泣き崩れる両親から目を離し、腕に繋がっている点滴を見続けた。




 数日後、冬華は無事に退院することができた。彼女は大量に睡眠薬を飲み、首を吊った。何かしら後遺症が残ってもおかしくなかったが、今彼女はこうして大地を踏みしめている。そして彼女は両親に打ち明けた。自分がどんな気持ちだったのか。これまでの人生を両親に全て話した。しかし、冬華は二人に謝罪の言葉は求めない。家族三人で旅行に出かけることにした。中々こうして過ごすことができず、冷え切ってしまった家族関係を暖めたいという提案だった。


「冬華、帽子忘れてるぞ?」


「荷物は本当にキャリーケースじゃなくていいの?」


「うん、いいよ。何かを被るのはもう嫌なの。それに引きずるより、これからは背負っておきたい」


「冬華がそれでいいのなら、別に止めないが…」


「ほら、グズグズしてると飛行機に乗り遅れちゃう!二人とも行くよ!」


 玄関を開けると、涼しい秋の風が冬華を包み込んだ。後ろを振り向くと両親が慌てて靴を履いていて、その様子をみて彼女は微笑む。『またすぐに来るとかはやめてよね』美穂が言った言葉が頭にこだまする。何があるかわからないけど、すぐには行かないよ。次に会うときはもっと土産話を持って行く。それとお礼。これから、どんな感情の物語があるかわからない。けど、ゆっくり歩いていく。踏切があればきちんと止まるよ。開かなかったら戻ってもいい。後ろ向きに歩くことも決して悪いことじゃない。


「放心してたみたいだけど、体調悪いの?大丈夫?」


「ううん。あ、お母さんのその服、いいじゃん!えっとお父さんのは…えーっと」


「センス上げておくよ」


 電車に乗り、冬華たちは空港へ向かう。街を流れるのは車のエンジン、人の話し声、草木が葉を揺らす音。それはオボロ駅から発車した電車と似ても似つかない風景だ。しかし、この見慣れた風景、見たくも無かったこの景色を冬華は楽しんでいた。


 そう、あの列車に乗ろうと思えばいつでも乗れるのだ。それなら、少しぐらい乗り遅れてもいいと冬華は思った。ガタンゴトン、ガタンゴトン。冬華の口は奏でる。電車の終点は、もうすぐそこだった。

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