第8話 いつだって予想外で、可愛い君の為に
未来と言うのは不確定だ。そしてわずかの違いでも、思いもよらない方向へ変わっていくことがある。それは私もわかっているつもりだった。それを踏まえて、様々なパターンを想定していた。
「あ、じゃああれ食べました? 新作のマロンケーキ」
「もう出ていましたの? 予告は聞いていたのだけれど、まだだわ。栗は好きだから楽しみにしておりましたのよ」
何故、レナが王女と普通に話しているのか。王女は私より2つ上の16歳。レナは21歳。そんなに年が近い方でもないでしょ。なんでそんな簡単にフレンドリーになっているの。以前から面識があって前回半日一緒に過ごした私より親し気なのは理解できない。
明確に関係を強化して、これでレナも嫉妬しないだろうと思って安心して王女を監視し、ほどほどにぶらぶらさせたところで遠いままだと面倒だから開き直って合流させてもらったところ、何故かレナが現れてめっちゃ嫉妬して割り込んできて、仕方ないから紹介したら最初は普通に恐縮しきりだったのに。なんでせっかくだし一緒に、となって30分でここまで馴染めるの。普通に雑談してるのもう引く。
「テンもそれでいい?」
「あ、うん。私もケーキは好きだし」
「お二人はよくデートをしていらっしゃるのかしら?」
「ふふ、それはまあ。もちろんです」
「仲が良いのね。うらやましいわ」
「もー、アー様ったら」
……あだ名はね、本名で呼ばれたら周りにバレたらってことで許可されたのわかる。何を普通に肩を叩いてる? 不敬すぎる。でも王女別に不快そうな顔もしていない。むしろ私といる時より空気柔らかくなっている気がする。
まあ、正直引くけど、陰険な空気よりはいい。二人が仲良くなったなら、自然に王女を監視することもできる。
「あら、そんなに二人は長い付きあいでしたの?」
「そうなんです。テンが私のこと大好きすぎて」
「ちょ、ちょっと。さっきから聞いてたら話しすぎじゃない?」
「なによ。私が嘘を言ってるって言うの?」
「う、嘘ではないけど……」
ケーキ屋にはいって喉も潤したからか、余計にレナの口が軽くなっている気がする。そりゃあ、好きだし、告白とかこの間も私の方が積極的だと言われたら否定はしないけれど。そんなこと人に、しかも王女にわざわざ言わなくても。
と不満に思いつつも、王女の前である。後でお仕置きする計画を脳内でたてつつ、今日のところは黙っておいたのだが、そこからさらにレナの遠慮はなくなっていき、何故か王女と恋バナを始めてしまう。
「立場なんて関係なくなんて、アー様ったらまだまだお子様ですね」
などと普通に失礼すぎることを言って眉を逆立てさせた時はさすがに、もう戦争とか関係なく二人で他国に逃げるべきでは? とひやひやしたのだが、その後何故かそれを納得させ、最近告白してきた高位貴族の子息で幼い頃から顔馴染みの護衛騎士がいるけど幼い頃に悪口を言ってきていたのに今更地位を目当てに告白してきた嫌な奴として嫌っていると言う説明から、何故か最終的にはその護衛騎士と一回デートしてみる事になっていた。
レナ……口がうますぎる。前から軽く人と距離をつめるコミュ力の高さがあると思っていたが、詐欺師が天職だったのでは?
そして私をそっちのけで二人は楽しそうに街を散策し、あれよあれよと言う間にレナはまるで以前から親交のある友人のようになり、帰る前にはお手紙のやりとりをする約束までとりつけてしまった。
「……レナって人誑しだよね。前からわかっていたけど」
「なによ、その言い方。王女様と仲良くなって損はないでしょう? まして最初、どろぼう猫扱いしちゃったし、挽回しなきゃと思って」
「どうやってあの状態からあんなに懐かれるのか謎だよ」
「謎も何もずっと一緒にいたでしょう。あと懐くとか失礼でしょ」
「レナほどではないよ。途中はらはらした。お子様とか、わかってませんねぇとか、よく言えたね」
「え? 私そんなこと言ったっけ? ……まあ、結果オーライと言うことで」
王女もあれでいて人を見る目がないわけではない。あの年齢にしては町娘なんかよりよっぽど多くの人と接してきていて、薄っぺらな嘘ならすぐ見抜いてしまう。だからこそ、町中を一人でぶらついても護身術と魔術がつかえるだけではなく、そうそう厄介ごとに巻き込まれずにやってこれているのだ。それは監視している間にわかった。
そうして自分の目に自信があるからこそ、自分より上手だった王子の嘘の仮面を見破れずに一気に傾倒してしまったし、レナの何にも考えてない普通に王女関係なく失礼しちゃった女の子相手に仲良くしようと言う嘘のない態度には心開いたのだろう。
これでいてレナ、家から魔術研究者もそれなりに輩出しているし貴族関係者もそれなりにいるお家の子で裕福で金銭的に何不自由なく過ごしてきたお嬢様でもあるのだ。そして恵まれていたからこそなのか、特に上昇志向もなくお金や権力にも大して興味がないので、王女だから取り入ってやろうと言う下心はないんだろう。
私に対してもそうだった。一人の子供として扱ってくれた。それでいて馬鹿にせず、研究者としては一人前に扱ってくれた。そう言う人に対してまっすぐに向き合うところが、好きなんだ。
それは間違いないし交友関係に口出しする気はないけど、目の前でされるとすごく微妙な気持ちだ。
と言うか、レナには戦争は回避できないから、とか言ってたけど、むしろこれ、うまくいくのでは? これ、もしかして王女が護衛騎士とくっついたなら完全にファインプレーだ。少なくとも、王子からのちょっかいは何とかできる。
もちろん手を変えてまた別のちょっかいをかける可能性はあるけど、そもそもその王子の目的は大国のうちと関係をもちたい、だったのだから本来なら友好的関係を築ける未来の方が選択肢は多いはずなのだ。
……いや、そうなったらもちろん、めでたい。何の問題もない。だけど日々監視してもその隙をつかれた場合とか、色々考えて王女が向こうへ行った場合に備えていた努力は全て無駄になる。一番面倒なのは私が選ばれるきっかけになった姿を消す魔術を、私ではない別の人間に開発させるため、さりげなくアドバイスや気づきをさせて思考誘導させていることだ。
元々私をライバル視しているうっとうしい同僚で好きじゃないけど、他に私が自然に接触してヒントをだせてかつ能力的に開発できそうな人がいないから選択肢がなかったが、やっぱりうざいしかつ私がさり気なくサポートしているからなのに今ものすごいもの開発しているから! とめっちゃマウントとろうとしているのも我慢していたのに。あとちょっとのところまで来ているのに、無駄な我慢だったのか……。
いや、他に何が起こるかわからないし、それは一応そのまま開発してもらっておくけど。
「なに? テン今日テンション低いわね。あ、もしかして私がアー様と仲良くなったから嫉妬してるの? いやーね。私の一番はいつだってテンよ。よしよし」
「……ん」
まあ、無駄でもいいか。レナの為なのだから、無駄でも念には念を入れて、他のパターンも対応しておこう。レナと一生を過ごすためなら、それが結果何の意味もなかったのだとしても、それは十分にやる価値があることだ。
と、帰宅中の私はレナに頭を撫でて半ば抱きしめられながら気持ちを前向きにして、それはそれとして帰宅してから王女への話題を選ばなさ過ぎたことはお仕置きした。
私は仕事で会うこともあるんだから、勝手にプライベートな話をするのはなしでしょ。まあ、最終的には喜んでいたから罰になったかはわからないけど、私にとってはご褒美だから許してあげよう。
○
私が過去に戻ってから、多くの時間が過ぎた。私は成人し、そろそろ世間の結婚適齢期になろうとしている。職種によって差はあるけど早いってほどではない17歳になった年。私の元に結婚式の招待状が届いた。私の元に届いたけれど、実質私はオマケのようなものだ。
「レナ、招待状届いたよ」
「お! 待ってました! これが王族の……さすがね。招待状だけでもすごいきらびやかさ! え、嘘。ネックレスまで入ってる。そんなことあるの?」
「へー、あ、ペアネックレス。すごいね。一人ずつにちゃんと送っているんだ」
件の王女とレナは友好を結び続け、ついに数年の時を得て王女の結婚式に招待されるところまできた。なお、相手はレナが相談に乗っていた護衛騎士である。何がどうなっているのか。と思うけど、実はその護衛騎士の家が戻る前の未来では王女の子息を見つけ出しているので、つまり前回も惚れていて探していたということだったのだろう。
19歳の王女の結婚が決まったと知った時は、先を越されたと少々意味ありげに私を見ていたけれど、王女に含むところはないようで素直に祝福しているようだ。そうやって純粋に喜べるところがとても愛おしい。
「そうね。とっても参考になるわ」
「そうだね」
ちょっぴり私たちの結婚を匂わせてきたけれど、それはスルーする。まだ子供をつくれる魔術を認可させる為に、まだ少し足りない。あと数年以内には根回しも完了するはずだから、もうちょっと待っていてほしい。
王女の家出が完全になくなったと確信できてから始めたから、前回も途中まではしていたからそれよりは早いけど、思ったより時間がかかってしまっている。やはり私以外の人間の意志が関与することに関してはなかなかうまくいかないものだ。
「……ふん。いいけど。ねぇテン、せっかくこの国の王女様の結婚式なんだから、とーぜん、新しい服買ってくれるわよね?」
私のそっけない態度にレナは一瞬不愉快そうに鼻を鳴らしたけど、すぐに気を取り直して私にしなだれかかるようにして甘えてきた。
「しかたないなぁ。レナに似合う服だけだからね」
「んふふ。じゃあ何でも買ってくれるってことじゃない。やーさしい。好きよ」
「……うぬぼれがすぎるよ」
まあ、似合わないものを選ぶはずないから、レナが選ぶものに関しては無制限も同然ではあるけれど。なんでもではない。レナが選んだものだけだ。事実を言ったと言うのに、レナはにたーっと笑って、そっと招待状をたたんでから私と腕を組んだ。
「じゃ、早速出かけましょう!」
「……仕方ないなぁ」
今日は平日だし、午後からの仕事はまだ残っているけれど、しかたない。うちのお姫様のご希望なのだから。
そしてレナは結局三着の服を買って、直前まで迷って服を選んで結婚式に参列した。王女様の結婚式は大規模なもので多くの貴族なども参加していて全員が着飾っていたけど、主役を除いてレナが一番綺麗だった。いくら私でも結婚式の主役より、とは言わない。
「それにしても、ほんとうに、すっごく綺麗だったわよね。それに幸せそうで、本当によかったわよね!」
「はいはい、そうだね」
帰って着替えてお風呂もすませてからベッドに腰を落ち着けても、まだ興奮冷めやらないようで、レナはそう瞳をキラキラさせている。午前に行って夜まで続いて一日中飲んだり食べたり話したりしていたのでとても疲れたのだけど、レナはまだまだ元気いっぱいなようだ。
私だって研究中なら数日徹夜したって平気なのだけど、こういう人が多くて不特定多数と顔をあわせるのはどうにも体力を持っていかれてしまう。
「それにしても、王様を至近距離で見たの初めてだけど……意外と普通の人だったわね」
「ちょっといくら自宅だからって、不敬発言は控えてよ?」
「失礼ね。普通の人って言うのは、もっと怖い人だと思ったってことなの」
「まあ……」
それはそうだろう。人を駒として扱うけれど、それは王として必要な思考なのだ。
身内に優しいけれど、それは一応国民に対しても発揮される。家族ではなく財産程度だろうが愛着を持っていて損なわれることを憂うし、他国から害されるのはもちろん治安維持だってしっかり力をいれていて、それなりに国民思いの政策をしてくれてはいるのだ。
ただ本当の身内に何かあれば権力を全力でつかって報復してしまうと言うだけで。極力財産を減らさない方向には考えるので、冷酷非道の王様と言う訳ではないのだ。
もちろん、駒として減らす財産として選ばれた私にはとんでもないクソ王だし、前回結局殺したけど。それはどうせ過去に戻るし。と言う思考もあったからで、さすがに今回は殺す気もない。
「ところでレナ。今日着ていたドレス、よく似合っていたね」
「え? そう? なんだか露骨に話題そらしたけど、私そんなにまずいこと言った?」
「そうじゃないよ。ただ、あんまりすぐ脱いだからもったいなかったなって」
「……もう一回着てほしいってこと? でも、布団に入ると皺になっちゃうわ」
ううん。そう言うつもりでは……少しはあったけれど。でも今日は疲れている。だけど何となく触れ合いたい気持ちにはなっているので、そっと肩を抱き寄せる。
「じゃあ、立ったままならいいってこと?」
「……変態。仕方ないから着替えてあげるわ」
「待った待った。ちょっと疲れているから、明日じっくり三着とも着替えて一緒に楽しむのはどう?」
立ち上がろうとするのを、強めに肩をひいて引き留める。明日もお休みなので、それならいいだろう。と思うのだけど頬を寄せるとお風呂からあがりたてだからか、火照りとふんわり花の香りが感じられてちょっとだけ胸が高鳴ってしまい、そっと手を腰から太ももにかけて撫でながら移動させてしまう。
「ん、ちょっと、言ってる事とやってることが違うんじゃない?」
「でも着替えは大げさだし」
汚れは魔術でなんとでもなるとしても、皺にはなってしまう。以前にレナにめちゃくちゃ怒られたことがあるので、そこはちゃんと気にしているのだ。そう思いながらもついつい触り心地がいいのでそのまま太ももを撫でてしまう。
「もう……じゃあ、仕方ないから今日は普通に、私が可愛がってあげるわ」
レナは妖艶に微笑みながら私の手をとり、幼い私にそうしたように積極的にリードしてくれた。
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