第5話 また騙された! いい加減詐欺で訴えるぞ!

 この国はそこそこ長い歴史がある。王様はそこそこいい人で、そこそこひどい人で、そこそこに安定した政治をしてくれている。周辺より大きな国で、気候も大地にも恵まれていて、飢饉とは無縁だから生活に困るひとは少なく、孤児でも生きれる程度には制度は整っている。

 今の王に大きな不満はなかった。欠点があるとすれば、少し家族思いがすぎた。政権交代時に確実に王位につくため当時の王の側近が、有能で民の支持を得ていた唯一の対抗馬である異母兄弟の弟を殺した。それに激怒した王は、その優秀で幼い頃から仕えていた側近を、代々続くその貴族の家ごと皆殺しにした。実際に、弟がひそかに王位を狙っていて王の暗殺を企てたのだと言う話も庶民の耳にはいるほどにはあるのにだ。

 今回の話も、その弟に関する話だ。その弟には娘がいた。亡くなった彼の代わりに大層可愛がりながら育てた。その娘の本心はわからないけど、普通に王家の一員として振る舞っていた。だけど彼女はある日恋をして、王の反対を振り切り失踪した。


 それがもう、10年も前の話だ。他国に逃げたようで足取りもつかめないままだった。それは彼女の選んだ道だからと、王も仕方がないと思っていた。だけど最近になって所在がわかった。

 隣の国で死んでいた。彼女を連れて行ったのは身分を隠した隣国の王族だったらしい。けれどそれも、彼女と正式に結ばれれば利益があると判断したからこそ近づいたものだったようで、思い余って立場を捨ててやってきた彼女は冷遇され、子供を一人産んですぐになくなってしまったそうだ。

 その子供は母親にも似ておらず放逐されたが、実のところ祖父そっくりの男子であったのでこちらの貴族の一人と縁がありそれが発覚したそうだ。


 きっとそこには様々なドラマがあったんだろうが、簡単に言ってしまえばそう言うことで、その王族、現王弟を殺したいそうだ。もちろん、本人だけではない。王族全員皆殺しが目的だ。どこの国も、王弟はろくなことをしないな。


 王族全てとなるともうそれは戦争でしかない。当たり前だ。戦争が始まろうとしていた。この国は軍隊も弱くない。他国より大きく豊かと言うことは、それだけ余裕があるのだ。それだけ多く強い人間を集めて、平和で戦争がない中でも戦力を鍛えて温存しておくことができる。魔術も発展していて、それ専用のたくさんの魔術兵士もいる。これは他国では難しいと聞くし、真正面から戦争したって簡単に負けることはないだろう。

 だけど王は真っ向勝負をして兵たちに損害がでることを危惧した。以前は自国の貴族だったから、命じれば誰一人余計な血は流さず目的の人だけを処刑できた。もう何年も兵を損傷していないのだ。周辺国にも恐れられ、それだけで戦争を回避できるほどの軍隊。それが傷つくのを恐れた。

 だったら戦争なんてしなければいい。向こうからは戦争をふっかけられないのに、自分からふっかけておいて、兵を使うのがおしいからって、どうしてテンなのだ。


「だからってなんでテンなの? 暗殺者って、そう言う悪いことする専用の集団だって普通にいるんでしょ?」

「直接は言われてないけど、いるだろうね。でも一人暗殺するならともかく、全員となるとね。向こうも警戒しているはずだし」


 テンが以前に発表した、姿を消す魔術がある。これは何も暗殺用ではない。治安維持や、守るためにももちろん使える。だけどそれなりに難易度があり、まだ全員が使えるわけではないし、何よりテンほど自由自在につかえて多種多様の攻撃魔術も魔術兵士たちの何倍もある魔力量で使い続けられて、そもそもこの国で一番強い。

 魔術師としての登録の為、どのくらいの力量かなんてのを計る為定期的に内々に大会が行われるのだけど、その全科目でテンは常に一番なのだ。暗殺者はそこに入っていないだろうけど、戦術や体術なんかはともかく、魔術に関してだけはからめ手を含めてもテンが最強なのは間違いないだろう。発表しているのに誰も使えない魔術も多数あるし、あらゆる魔術を無詠唱でつかえるし、っていや冷静に考えて強すぎるだろ! しかもおあつらえ向きに暗殺できそうな魔術も使えるって好都合すぎるでしょ! 拘束も無駄に得意だしね!


「テン……なんで無駄に強いのよ!」

「無駄って言わないで。私が天才なんだから仕方ないでしょ」


 ……だったら、暗殺だって簡単でしょ。なんて話ではない。わかってる。そもそも、どうしてテンがそんなことをしなくてはいけないのか。テンの発明はたくさんのひとを助けてきた。生活を豊かにして、笑顔にしてきた功績があるんだ。なのに、どうしてそのテンを人殺しの道具にできるっていうんだ。


 だけどようやくわかった。テンはこれに私を巻き込まないようにしたんだ。例えばテンが従って全てうまくいったとして、きっと恨まれてしまうだろう。それこそ、私の命も狙われるほどに。テンが従わないとしよう。国は当然許さないだろう。

 一緒に今まで通り平和に暮らすなんて、もうできないところまで来ているのだ。だから私を幸せにするために、私だけ戻したのだ。


「ねぇ、一緒に逃げましょう。この国を出ましょうよ。私、テンさえいるならそれでいいわ」


 私は遠い目をして、すでに諦めているみたいなテンの手を掴んで引き寄せ、真剣に目を見てそう提案した。

 私はテンみたいに頭がよくないんだから、どうせ考えたって打開策なんて見つからないのだ。だったら全部捨てよう。全部を捨てて逃げてしまえばいい。さすがの王も、逃げただけで親族全員殺す、なんてことはないだろう。


 テンは一瞬だけ目を細めた。そして子供にするように、ぽんぽんと私の頭を撫でた。


「……それはできないよ。そんなことをすれば、国家反逆罪だ。他国の首都にも手配される。王女が見つからなかった一番の理由は王族が囲っていたからだ。そんな後ろ盾がない私たちは、きっといい手土産になると喜んで通報されるだろうね」

「なら、人のいない山奥でいいわ」

「そんな危険なことできむっ」

「っ、だったら! あんたが私を守りなさいよ!」


 言い訳はたくさんだ。これ以上、私たちが別れる言い訳なんて聞きたくない。私はテンの手を払いのけてキスでその口を封じてから、そう頭突きをしながら命令した。

 もういい。わかった。全部わかった。どうしようもないんだってわかった。だけどその上で、テンがいればいい。私は、テンさえいればいい。もう何度も人生をかけてきた。ならもう、何度だって同じだ。私の人生、全部テンにかけるしかない。


「…………わかった。一緒に、逃げようか」

「!」



 私の言葉に、しばしテンは困ったように眉を寄せていたけど、やがて根負けしたように息をついて微笑んでそう言った。私はそれが嬉しくて、ぎゅっと抱き着いた。


「ええ! 始めからそう言えばいいのよ。私と別れるなんて、馬鹿な事言わなきゃいいんだからっ。テンなんて、私がいなきゃ駄目なんだから!」

「わかってる。……レナがいなきゃ駄目だって。そんなこと、ずっと前からわかってるよ」


 顔を見ると、テンは泣きそうな顔になっている。そんなに私の思いに感動したのだろうか。全く、いつも偉そうな癖にすぐ感動するんだから。そういうとこ、凄く愛しいって前から思ってた。


「テン、好きよ。だから、ずっと一緒にいてね」

「……うん、いるよ」


 私はキスをして、テンに思いの丈を伝えた。テンもまた、さっきより情熱的になっていて、久しぶりに私は何の憂いもなく純粋にテンを愛した。









「ごめんね、レナ」

「ど、どういうことなの!?」


 問いかける事しか私には許されなかった。あれから私たちは逃げるために色んな準備をしなきゃいけなくて、忙しい日々を過ごした。期限らしい三か月後まであと少し。今日はそろそろ保存食を買いに行かなくちゃ。そう思っていたけど、目を覚ましたところ何故か体が動かないし、枕元にテンが立っていた。


「レナ、私と一緒に逃げようって言ってくれて、本当はすごく、嬉しかったよ。本当だ。だけど、それはできないんだ。人のいない文明のない場所で二人で暮らすなんて、言葉にすれば簡単だけど。きっといつか、君はそんな生活が嫌になる」

「そんなことない!」

「そうじゃなくても、幸せにはなれないよ。レナが不幸せになるくらいなら、私は君を戻すよ。大丈夫。私と恋人になったところまでしか戻せないんだから、何回だって、気が済むまで、嫌になるまで、私と一緒にすごせばいい。そして飽きたら、私を捨てて幸せになるんだ。いいね」


 こ、こいつ! 始めからそのつもりだったな!? これだから、これだからテンは! 考えろ私、考えろ。どうやっても戦争から逃げられないならどうすればいい? どうすればテンを説得できる?


「! 待って! じゃあ、テンが戻ればいいじゃない! 私にはどうしようもないけど、テンならもっと安全に、逃げることだってできるでしょ? テンが指名されないよう、実力をちょっと隠すくらいできるじゃない!」


 そうだ。どうして思いつかなかったのか。テンが暗殺者に指名されたのはテンが有能過ぎたせいだ。なら、テンが戻ってその実力を隠せばいい。今ほどのエリートになって贅沢をする必要なんてない。ほそぼそと、そこそこの研究者の一人になって、それなりの生活を私と送ればいいんだ。

 私の訴えに、テンは表情を変えなかった。少し悲しそうな、だけど唇だけは無理やり笑っているいびつな顔。


「それは無理だよ。レナと言う成功例があったとして、戻らなかった、残った側の世界がどうなったかがわからないままだ。仮説はいくつかあるけど、もしかしたら、その世界はその世界で残る可能性だってある。なら、君一人を残せない。きっと、私の居場所を聞くために拷問されて殺されてしまう。そうじゃなかったとして、職もなくなって困ってしまうだろう?」

「ならっー!」


 こ、声が出ない。だからあんたは、すぐに人の口をふさぐんじゃない!

 体が自由だったら今すぐ頭突きをしてやるのに、テンは平然と私の口まで動かないようにして、そっと顔をよせてきた。綺麗なテンの顔が、まつ毛が触れそうな距離にある。いつものことなのに、こんな状況だからか予想外で変にドキッとしてしまう。


「レナ、君はね、お姫様なんだ」

「!?」


 え? この状況で口説き文句を言い出す? どういう神経しているの?


「だから君には、逃亡生活なんて似合わない。世界で一番幸せなお姫様が、一番似合うんだ。いいね?」


 ふざけないで! 私より断然お姫様みたいな綺麗な顔で、どうしてそんな馬鹿みたいなことが言えるわけ!? だいたい残される可能性って何!? そんなの言わなかったじゃない! 私が過去に戻った後、あんたはいったいどうするのよ。一人で寂しく野山に潜むわけ? 信じられない。どうしてそんなことができるって言うのよ。私が、私がどこまでだって一緒にいてあげるし、一緒にいさえすれば、どこでだって幸せにしてやるのに!


 こんなに簡単で当たり前のことがわからない、自称天才の馬鹿は指先一つ動かせない私にキスをして、そっと目を閉じさせた。そのまま私の意識は落ちて行った。

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