第4話 この自称天才にわからせてやる!

 四回目。私はもはや、テンと別れる気はまったくなかった。ただどうしてああなってしまうのか。それを突き止めたかった。

 だけど若いテンに尋ねても、命の危機って何の話? すごいね。自分のこと重要人物だと思ってるの? とか小ばかにされてしまう。しかも最後は私が守ってあげるから大丈夫とか言って、きゅんとすると同時に、できなくて放り投げる癖にと腹がたってしまう。


 いつものようにテンから言い出すのを待っていたら時間がないと言われてしまう。だからその前に問い詰めないといけない。だけど早すぎたら何のことかわからないわけだし、テンが暗い顔をしだすのも同じころで、言い出すのはいつも同じ日だ。ならその数日前に聞けばいいだろう。


 それまでは普通に、最初と同じようにテンと接することにした。と言っても、もう一番最初、戻ってくる前の記憶なんか薄れている。テンのことを本気になる前の自分なんてもう思い出せないから、普通に考えたら告白して恋人になった途端デレデレになる駄目な大人にはなってしまう。

 でも何故かテンもデレてくれる以外は、周りの人ほぼ同じ反応なのはなぜだろう。よもや最初から同じように周りには見られていたわけじゃないわよね?


 あと、あんまり早くエッチなことするのはやっぱよくないし成人するまで待って、普通に節度を持った普通の恋人になることにした。そうしたら今度はテンから結婚を言い出さなかったし、普通に最初と同じような流れだ。


「ねぇ、テン」

「何?」

「私のこと好き? 愛してる?」

「……急に、何?」

「急でもいいでしょうが。答えなさいよ」

「…………好き。愛してる。これでいい?」


 先月、私は誕生日を迎えた。32歳の誕生日。そう、今年、私は彼女に別れを告げられる。そろそろ何か変化があったのだろうか、と思って聞いてみたけど、めんどくさそうにしつつ普通に言ってくれた。

 ちょっと照れくさくて目線をそらしているのも、可愛い。うん、いいよ。好き! って言って抱き着きたいくらいだ。


「んふふ……私も好きよ」

「……あのさぁ、レナ。その、待たせてるのは、悪いと思ってる。でももう少しで、なんとかなりそうだから」


 だけどもうちょっとつっついて、最近変わったことない? とか聞くつもりなのでこのままいちゃいちゃに夢中にならないよう、ほどほどに答えるとテンはなにやら気まずそうにしてから真剣な目を向けてそう言った。

 でも待たせてるってなんだろ。え? 私なんか最近約束なんかしてたっけ?


「ん? なんかあった?」

「チッ……だからぁ、結婚。待たせてるし」

「えっ、え? ま、待たせてるって言う風に思ってたんだ?」

「そりゃ、まあ。私が同性でも子供できるよう私が魔術をつくったら結婚しようって言いだしたから、レナはずっと黙って待ってくれている訳だし」


 え、いや、まあ、その言葉を忘れたわけじゃない。ちゃんと覚えてたし、いつか結婚したいとは思ってた。でも別に、テンと一緒に過ごしてるだけで幸せだったし、一緒に住んでるんだから実質結婚みたいな状態だったし、そこまでまだかなって気にしてなかっただけなんだけど。だから最初も、研究してる素振りないけどとか急かしたりとかはしなかったし。

 その言葉があったから待ってたのはある。あるけど、まさか待たせてるって思ってくれて、そんな申し訳なさそうな感じの顔してくれる気持ちでいたなんて。そしてそれでいてちょっと拗ねたみたいな感じなのも可愛い。


 気持ちが収まらずに、つい手が伸びてしまって私は隣に座ってるテンの頭をそっと撫でながら慰める。


「ふふ、気にしてくれてありがとう。まあ仕方ないわよ。そんな簡単な話じゃないんだから」

「簡単じゃないって、馬鹿にしないでよ。言っておくけど、理論はほとんどできてるんだから。ただ……合法にするために、ちょっとね。こればっかりは私が天才でもどうにもならないからね」

「そうなの? ふーん……ところで、最近なんか、変わったこととかない?」

「え? ……何か、噂でもきいた?」

「あー、まあそんな感じ」

「まあ、ちょっとね、きな臭くはなってる。戦争は避けられないかもね」


 !? え? え? せ、戦争!? は? そ、そう言う話なの? 私の命が危ないとかって、そう言う?


「……不安そうな顔しないで。大丈夫。私がいるんだから、レナは大丈夫だよ。というか、私がいるのに心配する何て生意気じゃない? レナなんか、黙って毎日幸せって馬鹿みたいに笑ってればいいんだよ」


 予想外の言葉に混乱する私に、テンはそう優しい声音で優しい顔で、相変わらず偉そうに物を言う。

 その物言いに、ほっとしてしまう。そうねって言って、身をゆだねたい。私はテンみたいに頭もよくないし、ずっとそうしているのがほんとは一番いい形なのだ。

 だけど、そうさせてくれないのはあんたじゃない。テンが傍にいてくれなくなるから、幸せにしてくれないって言うから。テンは本当に賢いし、魔術の腕前もすごいし、私を言い負かすのも無理を通すのも簡単なのだ。まして惚れた弱みまである。勝てっこないのだ。絶対負ける天敵だ。なのに、そんな相手を私は説得して考えを覆させて、どんな理由でも私と別れたくないと言わせないといけないのだ。


「……あんたほんと、なんでそう上からなのよ。私の方が年上なんだから、生意気なのはあんたでしょうが」

「とか言って、君はそんな私が好きでしょ? 知ってるよ」

「ほんと、生意気……」


 ときめきと苛立ちが混じり合って、八つ当たりしてしまいそうなのを誤魔化すためテンにキスをした。テンはそれに嬉しそうに応えてから、まあもう少しだけ、待っててよ。もう少しだからさ。と言った。

 その未来を見据えた言葉に、幸せな家庭を夢想する言葉に、私は何にも言えなくなった。









 だけどこんなにも幸せな会話をしてから、三か月後にはテンは暗い顔になった。何か言いたげになったり、悩んでいるように部屋にこもったりした。もうすぐだ。あと三か月もしないうちに、別れを切り出される。

 そうなる前に、時間のあるうちに話をしなければならない。私は強引に夕食を一緒にとらせてお風呂にいれて、気持ちをリフレッシュさせてからベッドに連れ込み、口が滑りやすなリラックス状態にしてから話を切り出すことにした。それにテンはいつも、こういう時音がもれないように魔術を使ってくれるから、万が一危険な話でも大丈夫なはずだ。


「ねぇ、最近、何だか行き詰ってるみたいね」

「あ、まあ……たまにはそんなこともあるよ」

「……あのさ、私、未来から来たんだ」

「は? えぇ、なに? だから相談にのるってこと? でも、悪いけどレナに相談できるようなことで悩まないから」


 相変わらず生意気がすぎる。でもさすがのテンでもこの唐突さでは一発で理解できないみたいだ。私は小ばかにしたようなテンの態度をスルーして、真顔で説明を続ける。


「今から三か月後、あんたは私に別れを切り出すの。そして私の命が危ないとか言って、昔の恋人になった瞬間に私を送るの。別れろって言って」

「…………今、二回目なの?」


 これでもだいぶ唐突でめちゃくちゃな設定だ。これを私が言われたら、きっと何言ってんだこいつ。と思う。だけどテンはやっぱり天才で、だから眉を寄せながら私の説明を本気にとらえてくれた。話が早い。それが助かることもたくさんあった。だけどだからこそ、頭がいいからこそ、私に相談なんてなにもしてくれなくて、自分でだした結論を一方的に押し付けてくる。


「四回目よ」

「よっ……ば、馬鹿なの? 君、どんだけ私のこと好きなんだよ」

「うっさいわね。わかってるわよ。私だって別れてやろうって何回も思ったわよ。思っても、やっぱりあんたのこと好きになるんだから仕方ないでしょうが」

「ほんとに……馬鹿だなぁ」


 テンはそう言って、髪をかき上げた。呆れたみたいに言って、でもどうしようもなくその目は優しくて、嬉しそうに口角はあがっていて、その表情を見ただけで、何度も繰り返しても好きになってしまうのは仕方ないし、むしろ、その甲斐があったって思ってしまう。わかってるけど、相当私はいかれてる。


「……わかった。そこまで言われたら仕方ない。あのね、今、この国は戦争の準備に入っているんだ」

「うん。でも、それってテンには関係ないでしょう?」 


 テンはこの国直属の機関に属している。だけどだからって、兵士ってわけじゃない。あくまで登録されたいち魔術師であり、いくら優秀でも研究者の一人でしかない。

 もちろん戦争になればそれに関わるような研究をさせられるかもしれないけど、命の危機なんて。そりゃあ、国が負けたらそうなるかもしれないけど、戦争が始まる前に私を過去に送るなんて、判断するには早すぎるでしょ。


「もちろん、私の存在は戦争においても有益だけど、それはあくまで頭脳としての話だと私も思ってたよ。だけど、王はそう判断されなかった。私と言う天才を、たった一人使い潰すだけで戦争に勝てる。そう判断されたんだ」

「えっ。そ、それってまさか、テンを暗殺者みたいに、単騎で送り込むってこと?」

「偶には頭が回るみたいだね。そう。そもそも戦争の目的が、たった一人を殺すことだからね。使える駒一人で目的を達するには十分なんだ」


 そう言ってテンはどうして戦争が起こりそうになっているのか、どうしてテンがそんなことに巻き込まれているのか。

 それを私の髪を撫でながら目をそらして説明し始めた。

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