第3話 どうしても惚れてしまう。これって運命(デスティニー)…?
「っ、馬鹿!」
「わっ!? え、な、なに、急に。なんでそんなこと言うの? え? なに、嘘ついたの?」
怒鳴りつけた瞬間、覚えのある埃っぽい室内にいた。目の前には泣き出しそうに震えるテンの姿。頭に手を当てて自分を落ち着ける。
こうなったら、仕方ない。うだうだ言っても戻れないのだ。とにかくいったん、告白を受けよう。
「……テン、ごめん。今、混乱して、とにかく、テンに言ったんじゃないから。好き。付き合う。めっちゃ好き。結婚して」
「え、えぇ。いや、い、いいんだけどさ。そ、そこまで私のこと好きなんだ?」
「好き。一生一緒にいたいくらい、好き」
だから、二回目でもやっぱり、人生をささげようって思ってしまった。こんなに、好きなんだ。わかってた。わかってたけど、どうしろって言うんだ。
やけになって適当に答える私に、テンは顔を真っ赤にして誤魔化すように頭を搔いて笑顔になる。
「……へ、へへ。ったく、しょうがないなぁ。いいよ。結婚して、幸せにしてあげる。まあ、すぐには無理だけど。ちょっとだけ、成人するまで待ってもらうけど」
……可愛い。好き。好きだよ。どうして、何が起こってるの? なんで、別れようとするの? テンはなにをそんなに苦しんでるの? どうして、私に言ってくれないの? テンの馬鹿。馬鹿。
テン一人苦しんで、私だけ過去に戻ってやり直して、幸せになれとか。自分勝手にもほどがあるよ!
「うぅ」
「え? な、なにも泣かないでも……よしよし。大丈夫だよ、レナ」
我慢できなくて、しゃがんで涙を流す私に、テンが同じようにしゃがんで慌てながらも頭を撫でて慰めてくれた。
私は、どうすればいいんだろう。テンのこと本当に思うなら、別れてあげたほうがテンを苦しませなくてすむのかな?
私はテンと恋人になったけど、どうすればいいのかわからなかった。少なくとも、テンに逆恨みする気持ちはなかった。むしろ前回のことが申し訳ない気がした。本当はテンに理由があるってわかってたのに、八つ当たりみたいに手をだした。いや純粋に楽しんだし、別にテンが嫌がることはしてないけど。
だから今回はできるだけプラトニックでいることにした。テンと恋人なのは変わらないけど、どうせいつか別れを切り出されるなら、心残りがすくなくなるように、テンが苦しまなくていいようにしてあげようと思った。
「ほんとうに、お誕生日おめでとう、テン」
三回目のテンの成人を迎えて、私は心がときめくのを自覚していた。だって、最初の時も、二回目も、この後関係をもったから。未成年のテンに手を出した私に言えることじゃないかもしれないけど、やっぱり成人したテンは未成年とは違う魅力がある。
プレゼントをしてテンの部屋で手料理を振る舞って、当たり障りなく過ごした。あまり遅くならないうちにお暇したくて、そう最後の挨拶として気持ちを改める為お祝いの言葉を口にすると、テンは嬉しそうに目を細めた。
今日で成人したと言っても、別れる時の25歳のテンに比べるとまだまだ幼い。背も少し低い。あどけなさと美しさが同居した、完璧なバランスの美少女だ。可愛らしい。胸も程よく手の平に収まるくらいで、揉み応えがあるころなのよね。あ、駄目、いやらしいこと考えちゃ駄目。プラトニックプラトニック。
「ありがとう、レナ。あのさ、今年で私成人でしょ?」
「ええ、そうね。小さかったテンが大きくなったわね」
今思うと、前回手を出したのやっぱさすがに早すぎたよね。まあ、ほぼ膨らんでない肉付きのない体から、徐々に女性的になる感じを肌で実感していくのも、それはそれで成長を見守った感もあってよかったけど。
しみじみとなんか年寄みたいなことを言ってしまった。下心を感じさせないようにするにしても、ちょっとこれは恋人のセリフではない気がする。
「子供扱いしないで。……もう、大人なんだから」
「え、ちょっと、テン……」
やっぱり気を悪くさせた? と慌てる私に、テンは真顔でそっと距離を詰めてきた。
「ごめん、でも、もう子供じゃないから。我慢、できないよ」
ごくり。
結局、迫られて拒否できるわけもなく、成人したテンと関係をもってしまった。
しかも最初の時は未成年からちょっとずつキスとか、ちょっと触れ合うとかはしてたのもなかったからか、今回すごい積極的で、今までとまた違う魅力でドキドキしてしまった。
○
そんな感じで、最初がそうだったからか、それ以降も同じようで、なんだかテンにリードされるような関係になってしまった。だけどそんなテンのことも、やっぱり好きなのだ。
甘えたところが減って、まるで年上みたいにカッコつけたりして、そんなところも、可愛くてカッコよくて、好きだ。テンがテンであるだけで、もう、どんなふうに成長しても好きになってしまう。
本当は、早くに別れた方がよかったのだ。戻ってすぐは告白を受けたばかりなんだから、さすがに別れるわけにはいかないけど。半年もすれば気持ちが変わったと言ったって違和感はない。申告すればテン以外の人の助手に異動することもまだできたはずだ。
だけどやっぱり、できなかった。だって、何回やり直したって。もうとっくに私はテンのことを好きになってしまっているから。どうしても、傷つくんだってわかってるのに、嫌いになることも、別れることもできなかった。
テンが成人して一線を越えてしまえば、ますますお互いの執着は燃え上がり、別れるなんて一応案として考えはしても、本気で実行する気にすらなれないまま時間だけが過ぎてしまった。
「……急な話なんだけど、別れてほしい」
ほら、まただ。また、性懲りもなく期待してしまった。今までよりずっとしっかりして、積極的に好意をつたえてくれるようになったから、今までより愛されている実感をくれたから、今度こそ別れないで済むんじゃないかって思った。
今回は私から一度もせがまなかったのに、7年前にテンの提案で結婚もしたのに。こんなに、好きなのに。
「……いや。別れたくない。テンのこと、好きなの」
「っ……うん。知ってる。ごめん。本当に、ごめんね」
「謝らないで。撤回する気もないくせに」
「……」
その気もないくせに。そう言ったけど、否定してほしかった。だけどテンは何も言ってくれない。いますぐ、テーブルをひっくり返してしまいたい。だけどできない。ならせめて、理由だけでも教えてもらわなきゃ。
「いいわ。素直に別れてあげる。どうせいつか、こんな日が来るってわかってたもの」
「え? もしかして、気がついていたの?」
「……何に? ねぇ、理由があるなら話してよ。ちゃんと我儘言わずに別れるから」
本当は今でも嫌だ。嫌で仕方ない。何回もやり直した? またテンと出会える? だとしても、今ここにいるテンとはもう会えないのだ。小さなテンはもちろん可愛い。少しずつ私と接し方が変わるけど、でも結局どれも同じ愛しいテンだ。だけど、やっぱり別のテンでもある。
もう何度もこうなっているんだからわかる。よっぽど、テンにもどうしようもない大変な何かが起こっていて、別れるしか手がないんだろう。期待しながらも、覚悟もしていた。だからせめて、理由を教えてほしい。
「いや……、ごめんね。あまり時間がないんだ。だけど私なりにレナが幸せになる方法は考えているから、安心して別れてほしい。過去に戻って、やり直すんだ」
「時間って、説明くらいしてくれてもいいでしょ? 過去に戻るのはわかってる。もう、戻ってきたんだから」
「え? ……なるほど。その可能性は考えていなかった。と言うか、別れろって、私は言ったってことでしょう? どうして別れていないんだよ」
ついに言った。すでにこれが初めてではないことを。驚愕の真実のはずなのに、一瞬だけびっくりしてすぐに理解して何故か逆に文句を言われてしまった。怒鳴りつけたくなるのを堪える。時間がないなら、ここで口論する暇はないはずだ。
「馬鹿。私だって別れられるものなら別れてるわよ。なのに何回やっても別れられないくらい、あんたが好きだからに決まってるでしょ。お願い。いい加減、理由を教えてよ」
「……ごめん。本当に、時間がないんだ。ギリギリまで結論を出せなかった私のせいなのはわかってる。すぐに術式を開始しないと、昼までに間に合わないんだ。私と恋人でいると、レナの命にかかわるんだ。だからお願いだ。今度こそ、私と別れて幸せになってほしい」
「待ってよ。それってテンのい」
テンの命は大丈夫なんでしょうね? と、一番そこが聞きたかったのに。質問が口に出るより先に、私の口はとまった。また、魔術拘束だ。悔しい。私ではテンの魔術に対抗することはできない。無詠唱で使うことすらできないし、ふせぐことも解除することもできない。
そもそも時間って何の話? お昼に何があるのか。爆弾でも落ちてくるんじゃあるまいし、いやだったらそれこそわかっているなら避ければいい話だ。テンにどうにもできない命の危機ってなんなの。何が起こっているの。
「私は大丈夫。一人ならなんとでもなるからね。レナ、君は足手まといなんだ。だからさっさと、別れてよ」
馬鹿。本当に馬鹿。悪ぶってそんなセリフを言うくらいなら、泣くんじゃない。泣きながら言って、説得力があるわけがないでしょうが。そう言ってやりたかったけど、そのまま私は眠らされた。
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