第6話 天才を出し抜く冴えたやり方
五回目だ。目の前には可愛いテンがいて、私は彼女に抱きついた。
「んあ!? な、なに、急に!?」
「ごめん。好きすぎて、つい」
そう弁解しながらも、私はテンをぎゅっと抱きしめた。馬鹿。テンなんか世界一のアホだ。どうしてすぐ、自分を犠牲にしようとするんだ。逆なのに。テンがいなければ私は駄目でも、テンは自分のことだけ考えればいくらでも自分一人で生きていける癖に。なのにどうして、私だけ生きろなんて言うんだ。
「いや……い、いいけど、別に。こ、恋人だし?」
腕の中のテンはこんなに小さいのに、突然の私の抱擁を受け入れてくれている。なのに、大人になったテンはあっさりと私の手を離すのだ。だけどそれは、私が今からテンにどう教育したって変わらないのだ。
そっと手を離して、改めてテンを見る。赤くなって照れていて、もじもじしながらちらちら私を上目づかいに見てくる。可愛い。とってもキュート。
だけど、ただこの可愛いテンと面白おかしく過ごすだけじゃ駄目だ。テンに足手まといって思われるようじゃ駄目だ。
「ありがとう。ところでテン、私、あなたの恋人としてもふさわしい人間になりたいの。だから、魔術について色々教えてくれない?」
だから私は、魔術師になることにした。
テンは驚いた様子だったけど、今までも仕事以外の時間も何だかんだ一緒にいたし、急に恋人になったからってもじもじしているテンとの距離感を縮めるのにもちょうどいいと思ってくれたみたいで普通に教えてくれた。
私だって基本くらいは知っている。一応私だって、ちゃんと学校を出ているのだ。でも私には合わなかった。この国では専門職まで極めて免許をとらないと日常使いすることもできないほど厳密な規則があるし、綿密な計算能力と記憶力がないとできないから、半端に頑張っても無駄なのでさっさと諦めていた。
魔術をつかうには魔力をつかう。魔力で魔法式をつくって魔術へと変換する。テンみたいに馬鹿ほど魔力がなくても、世界のどこにだって魔力はあるので体内の魔力が少なくても、空気中の魔力を集めるとかでも時間はかかるけど一応魔術をつかえないことはない。
自分で魔術式を理解していれば、魔力操作で魔力をそのまま式にできなくても型に入れるような形でなんとか魔術を発動させることもできるので、一応魔力が少なく不器用で魔力操作がへたくそな私でも、頑張ればなれないことはないのだ。頑張っても大したことない魔術師にしかなれないけど。
だけど今度こそは本気を出さなければならない。幸いと言うべきか、もう四回もテンの助手をしていたのだ。本業の助手業はもうベテランと言っていい。片手間でも簡単なものなので、勉強に時間をあてることは可能だった。
「レナ、才能ないのに頑張るよね」
「うるさいわね。仕事はちゃんとこなしてるんだからいいでしょ」
週末のお休みの日。テンのお仕事も忙しくない時期は普通に定期的に休日を定めているので、今日は自室で朝から自習をしているのだけど、朝からわがもの顔でやってきたテンは人のベッドに転がって相変わらずの上から目線を向けてくる。
「いいけどさぁ……来週も、勉強する予定なの?」
「来週、誕生日でしょ。お祝いに手料理ご馳走するけど、何か食べたい物ある?」
無視して机に向かっている私にテンは話しかけてくるけど、どうやらそれが聞きたかったみたいだ。可愛いやつめ。私は手をとめて振り返る。テンは半分体を起こしてこっちを見ていたのでばっちり目が合った。
「! ふ、ふーん。覚えてたんだ」
「当たり前。去年も祝ってるでしょ。今年は恋人になった初めての誕生日なんだし、盛大に祝うわよ」
目があった途端、ばっとベッドに肘をついてどうでもよさそうに前髪をいじって相槌をうつけど、膝下をぱたぱたさせて喜んでいるのはモロバレだ。なのでそうさらに説明してあげる。
テンと出会って一年がすぎてお誕生日を祝ってあげて、それからすぐにテンから告白された。なのでそろそろ付き合って一年と言うことになる。
テンは天才だし教えるのも下手くそでしょ。と思ってたんだけど、意外と魔術式については丁寧に教えてくれた。わからないと言えばちゃんと言い方を何度もかえてわかるまで付き合ってくれた。
今までは私が、まあテンがわかってるならいいか。と理解を放棄していたからあれだけど、テンってちゃんと教えようと思ったら教えられる人だったのね。誤解してた。
まあそんなわけで勉強は順調だけど、ちょっと根を詰め込みすぎて、テンとの関係はちょっと親しくなったとはいえあんまり進展してる感じもない。ここらでキスくらいはしておきたいところだ。
「ふーん……私のこと、好き?」
「ん? 珍しいこと聞くわね」
おや? どうやら様子がおかしい。いつもならテンの方からそんなことをねだってくることはあんまりないのに。私は席をたってベッドに座り、テンの頭を撫でながら顔をのぞきこむ。
「どうしたの? 好きよー、好き好き。疑ってるの?」
「そうじゃないけど……レナが、私のことめっちゃ好きなのは、まあ、伝わってるよ。でも……なんか、勉強ばっかだし。私、教師になるために恋人になってあげたんじゃないけど?」
「あー」
なるほど。確かにテンからしたらそうなるか。それまで助手一本で、休みの日は普通に生活力ないテンの世話をしてあげたりとか、遊びをしらないテンを連れて遊んであげたりとかしてたのに、恋人になった方が逆にあんまり遊ばなくなってる訳だし? 恋人になったのも魔術を教えてもらうためって思ってる可能性もあるかこれ?
「なるほどね。ごめん。でも魔術目当てで恋人になったわけじゃないわ。テンのことは本気で、ちゃんと恋人として好きよ。キスしたいくらいに」
「!? そ、そういうことは、別に、疑ってないけど」
軽くもたれるように体をよせ、テンの肩を組むようにして抱きつきながらそう弁明すると、顔が近づいたのが恥ずかしかったのかテンは顔をそらしながらそう言った。
「そうなの?」
「だ、だってレナ、恋人になってからすごい、スキンシップ多いし、さ、さり気なくお尻とか、触ってくるし。……私のこと、好きすぎ」
「んんーん、それはね、まあ、その。好きですけど? 女の子として好きですけど? なに? 嫌なの? じゃあテンはどうなのよ。どういう好きで告白してきたのよ?」
そこまで意識してなかったけど、ついつい触ってしまってたのはまあ自覚はしてた。だってこう、今の年頃独特の薄い肉付き感とか味わえるのは今だけだし? こちとらテンの体に触れるのに抵抗なんかあるわけないし? そりゃ触っちゃうでしょ。ついでに。
でも付き合った途端距離0になったスケベ女に見えるのは仕方ないので、もうテンの体に半分乗り掛かるようにして頭をぶつけてぐりぐりしながら、脅しをかけるような口調で問いかけて誤魔化しにかかる。テンは抵抗せずに受け入れて仰向けに転がって胸の上に私を乗せた状態で天井を見上げた。
「私はその、普通。普通に、レナのこと他の人にあげたくないし、告白しただけだけど……別に、そう言うのも、嫌ってわけじゃないし。レナがしたいなら、その、し、してあげてもいいけど?」
そしてちらちら私を見ながら真っ赤な顔でそんな挑発するようなことを言ってきた。……いやぁ、その顔はまずいでしょ。普通に成人まで待つつもりだったけど、手、出したくなっちゃうじゃん?
私は軽くテンの頬にキスをして起き上がる。寝転がったままで裾がみだれてへそチラしてるのを直してあげながら微笑みかける。
「ありがと。でも大丈夫。成人してテンに心の準備ができるまでちゃんと待つから」
「え、いいの? でも、レナってロリコンなんじゃないの?」
「誰がよ。いい? 私はテンが好きすぎて子供でもいいだけで、他の子供とか眼中にないから」
「そ、そう……なら、いいけど」
「そうよ」
なにやら疑われていたらしいけど、ひどい誤解だ。私はテンとしか付き合ったことないし、テンのことしか好きになったこと、あ、テンくらいの頃に初恋はあったか。でも付き合ってないしただのいい思い出だからノーカンだし、とにかく。私にはテンだけなんだから。
と言うのをお誕生日パーティにも改まってちゃんと伝えた。ちょっと何回も繰り返してるからって雑になってたかもしれない。そこは反省。時間はまだまだあるんだし、ちゃんとテンとの愛も育んでいかないとね。
○
「テン、話があるんだけど」
「何?」
「私、未来から来たのよ。これで5回目ね」
「は?」
今回、ちゃんと真面目にしたとはいえやっぱりあんまり才能がなかったので、魔術師資格をとれたのは23歳までかかったし、32歳になった今も魔術師としての位は一番下だ。ぎりぎり資格持ちくらいなので、このレベルだと魔術の力量も卓上で一定の魔術を使えるかどうか計るので、助手なのもあり対人戦闘や訓練も免除なのはありがたい。ぶっちゃけそこまで考えてなかったし。
まあともかく、魔術師になることはできた。準備は万全。そしてまた、戦争が近づいてきて、テンが暗い顔になり話が通じる段階まで来たのでそう色々説明した。
「……はあぁ……」
「え? なに? なにか落ち込んでる?」
一応、すでにそのことを考えてはいたみたいで、荒唐無稽な時間移動の話を信じてはくれたけど、何やらがっくりきた様子で顔に手を当ててため息をついた。今までにない反応に首をかしげてしまう。
ちなみに例によってベッドの中である。だってこういう大事な話って、やっぱリラックスした状態で話したいじゃない?
「まあ、色々と。でも、理解はしたよ。納得した。それで、過去に送ってくれってことだね。準備がいるから今すぐには無理だけど、そうだね。一か月もあればできるよ」
「馬鹿ね。私が素直に何回もテンと人生を繰り返して、それで満足してあんたを捨てるって本気で思ってる訳? そんなわけないでしょ。何回やり直したって、何回も惚れ直してしまうテンとの生活にも飽きることも満足することもあり得ないわ。私の望みはただ一つ。テンと、死ぬまで一緒に過ごすことよ」
「……じゃあどうしろって? もう私にその話は来ているんだ。ちょっと早く知らされたからって、戦争がとめられるわけでもない」
「でも、付き合ってすぐに私がそれを言ったところで信じられないでしょ? テンがちゃんとその理論を頭の中で完成させて、実際に使おうって思うまでに話したって、絶対、重箱の隅つついて納得しないでしょ」
「……」
テンは黙った。図星だからだ。これだから頭の固い天才は。魔術師になったけど私にはいまだ何一つ理論のわからない時間移動なのだから、絶対テンに説明して納得させるのは無理。なんか言い出したぞ、付き合ってあげるかとなるに決まってる。そもそも、戦争になった経緯だって簡単にしか知らないのだから、さすがにこれだけの情報ではテンだって戦争を回避できないでしょ。
「私とテンがずっと一緒にいて、死ぬまで幸せな人生を過ごすために何をしなきゃいけないって、そりゃ、戦争をとめなきゃ駄目でしょ? でも、私では何回やり直したって無理よ」
「……待って。レナ、君、何を考えている?」
「簡単な話よ。今度やり直すのはテンってこと。ちなみに、残った世界がどうなってるかわからないうんぬんはもう聞いてるわ」
「だったらわかるだろう?」
「私を残せないのはわかったわ。だから、私が先に行くわ」
そう、簡単な話だったのだ。私は何度やりなおしたって、戦争の噂さえ耳にすることはなかった。自力で何一つわからなかった私が、これから何度戻ったところで戦争なんて回避できるはずがない。
そもそも戦争を回避なんて、普通の人にできるものじゃない。だけどテンなら別だ。テンなら、どんな荒唐無稽なことだってやってしまう。今までずっと失敗していたのは、私がいたからだ。文字通り私がいたから。私の存在が足を引っ張っていたのだ。私の為だけを思って、全て捨てていたのだ。
「転移魔術はそんな簡単なものじゃない。数ヶ月準備して、貴重な素材もつかって巨大な魔術陣をつくって、膨大な呪文を唱えなければならないんだ。それにあの鏡も、何度も連続してつかえるものじゃない。そもそも二人とも過去に行ったとして、時間差があればそこはもう」
「ねぇ。まだ気づかないの?」
滔々と私の案を否定しているけど、テンは見当違いな勘違いをしている。私が過去に行く話なんてしていない。
「え? ……まさか」
テンに魔術を使うのは、普通なら不可能だ。魔法式を消されたり上書きされてしまえばその効力を失う。生半可な魔術をかけようとしても、発動する前にキャンセルさせられてしまう。だから気付かれないようにじっくりと、時間をかけて魔術を発動させた。
普通の拘束魔術じゃない。普通のではかかったとしても感知されない程度の魔力ですぐに解除されてしまう。きっと今もそうだ。だからそうされないように。時間がかかるように、めちゃくちゃ複雑で、馬鹿みたいに無駄が多くて、わかりにくくて、ふざけた式をつくった。数年かけた。テンと一緒にいるからこそ、テンが苦手なことも全部わかる。いくらテンでも、数十分はかかる。
私は自分の限界を知っている。だから魔術を勉強しなかった。実際、15年頑張って私は大した魔術を使えないままだ。だけどそんな凡人でも、数年かければ天才をほんの少し上回ることができる。ちょっとだけ、胸がすく思いだ。ざまぁみろ、天才。私を舐めるからだ。
「私を拘束してどうするつもり? 言っておくけど、どう頑張ってもレナには時空魔術なんて扱えない。失敗するだけだ」
「馬鹿にしないで。私が馬鹿だってことくらいわかってるわよ。テンしかできないことも、そしてテンが自分を過去に送るためには、私がいなければいいってことも」
「!?」
自分の体が動かないことに気が付いたテンは、起き上がった私を渋い顔で睨んできたけど、私が追加で説明してあげると顔をしかめた。ようやく気が付いたらしい。私が死ぬ気だってことに。
そっとテンに覆いかぶさってキスをして、その距離のまま思いを伝える。
「テン、今までありがとう。大好きよ。だから、ずっと一緒にいるために、私の為に、戦争をとめて。私と結婚して、死ぬまで一緒にいて。お願いね」
「やめ……っ!!」
体が動かないのにその気迫だけで私をとめそうな勢いで大声をあげた。その隙に、睡眠の魔術を発動する。普段のテンならこんな普通の魔術は効かないだろう。だけど体を拘束され、その解除に魔力操作と意識をさいて、その上で動揺した。そうなればいくらテンでも隙ができる。テンは私のことが好きだから。絶対に隙だらけになるって思ってた。
いくら私でも、死ぬ瞬間を見られるのは嫌だもん。
ベッドからでて、思い出の服に着替える。テンが私が20歳になる時に買ってくれた洋服。今着るには子供っぽくて恥ずかしいけど、何度もやり直しているのに、毎回これを買ってくれるから。馬鹿みたいにいつも似合う、さすが私って自画自賛するのが可愛くて、私はそれを捨てられないのだ。これくらいがいい。
だってこれから着るのは死装束ではなくて、テンが迎えに来てくれるまで待つための服なのだ。デートの待ち合わせくらい、ちょっと若作りしたっていいでしょう?
そしてそっとベッドに戻る。顔をしかめているテンの隣に戻って、自分に魔術をかける。自死の魔術。病気やケガで、苦しみながら死ぬしかない時に使う。痛みを失くして数分後に楽に死ねる。
「っ……」
途中で詠唱をとめてしまった。恐い。覚悟していたのに、恐い。やっぱりテンを起こして、テンと相談した方がいいんじゃないか。テンが怒って、過去に戻らなかったらどうしよう。いくらテンでも、戦争回避なんてやっぱり無理なんじゃ。テンが単純に私と別れる道を選んだらどうしよう。
隣のテンを見る。……大丈夫。大丈夫。テンを信じる。テンのことだけ、信じられる。私はぎゅっとテンの手を握って、その熱い手の力を借りて、最後まで詠唱をした。
元々痛みはないから、効いているのかいないのかわからないかと思ったけど、これは、思った以上に、心地よい。ふわふわして楽しい気分だ。
「テン……テン、愛してるよ」
「……」
答えはない。だけどそれでいい。眠るテンの横顔。彼女が私の隣にいる。それだけで、いいの。
私はゆっくり、眠りについた。
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