第7話 別人のような、それでもなお愛おしい君へ

「……っ、レナ!!!」

「ひゃっ、な、なに? どうしたの、テンさん」


 目の前に現れたレナに、私は我慢できずに抱き着いた。私より大きくて、若くて、温かくて生きているレナ。ずっと、ずっと会いたかった。


「うっ、れ、レナぁ」

「……はいはい。私はここにいるから」


 突然告白して、恋人になったと思ったら急に抱き着いて泣き出す。そんな唐突すぎる私に、レナは優しく抱きしめ返してくれた。優しく背中をなで、ゆっくりとあやしてくれる。


 ようやく会えたレナは、何一つ記憶の中と変わらない優しさにあふれていて、私は子供の体になったのもあって大泣きしてしまった。


 レナが自殺をしてから、私はすぐには戻らなかった。本音を言えばすぐにレナに会いたかったけど、レナを何度も死なせるわけにはいかない。私はどうすれば戦争をとめられるのか、どうしたら私たちが巻き込まれずにすむのかを時間をかけて調べた。

 レナさえいなければ、私一人ならどうにでもなる。適当に従っているふりをして国を出て自由になってから調べた。最終的には自国の王を殺すことになってしまったのだけど、レナのお墓を暴いたのだから仕方ない。


 結論は出た。いくつか方法はある。そもそもあの戦争は、どうしようもなくて起こるものではない。情勢も民衆もみんな平和だったのだ。それを王の我儘で起こされる戦争なのだから、とめようはある。その全てを並行して実行していけば、どれかは功をなすだろう。時間はまだある。まだ王女は問題の男に出会ってすらいないのだから。


「テンさん? 落ち着いた? ほら、目をこすらないの。可愛い顔が台無しよ」

「……さんはやめて。テンでいいから」


 泣き止んだ私にレナは優しく問いかけてくれるけど、どこか距離のある感じに悲しくなってまた涙が出そうなのをこらえてそう言った。レナはそれを見てちょっと笑って私を抱きしめるのをやめて立ち上がった。


「んー、そう? じゃあテンで。泣き止んだなら、そろそろ帰るわよ。晩御飯の用意もあるし。寮の食堂は何時までだっけ?」

「レナの料理が食べたい」


 この頃私たちは職員用の寮に住んでいた。それぞれの部屋にもキッチンやトイレお風呂など部屋だけで生活できるよう一通り揃っているけど、独身者が多いので福利厚生として食堂もやっているのだ。レナが規則正しい生活をしている方で、基本的に自炊で付き合う前から私にもよくつくってくれていた。

 当然付き合ってからはほとんど毎日作ってくれていたし、さっそくレナの

料理がたべたいのでそうおねだりする。

 子供の体になったからか、目に見えてレナが年上だからか、素直に甘えてしまった。そんな自分が恥ずかしくて、つい顔を見れずに俯いてしまった。


「え? いいけど、残り物しか今日ないわよ。買い出し行くつもりだったけど、もう遅いから」

「レナの料理ならなんでもいい」

「あー、そ。ならいいけど。ていうか、ほんとに私のこと大好きなのね」


 心臓が熱くなる。私は顔をあげる。レナは少し呆れたような顔をしていて、私はそこに少しでも気持ちを届けたくて。熱を伝えたくて。まっすぐに言葉にした。


「うん。好き。ずっと一緒にいる。レナとのこと、幸せにするから」


 付き合っていても、毎日言われていても、自分が言うのはいつだって少し照れくさくて、レナみたいにあっけらかんとはついぞ言えなかった。だけどこの気持ちだけは、嘘はないから。何回だって、胸を張って堂々と伝えよう。


「あー……まあ、私も好きよ。ええ。テンが飽きるまで、一緒にいてあげる」

「ん」


 レナはそうちょっとだけ照れたように頬をかいて嬉しいことを言ってくれた。だけど、その姿はどうみても、恋に落ちてはいなかった。予想はしていたけど、当時は気付かなかった。

 告白をして恋人になった途端、まるで私と恋人であることになれているかのように自然に距離をつめたレナ。その目にいつだって熱を込めて私だけを見てくれていた。だからちょっとそっけなくされたりしても同じように恋人として、女の子として見てくれているって無条件に実感できた。


 だけどそれはその時点で四回、何十年も私と恋人でいたレナだったんだから当たり前だ。こうして初めて私と恋人になってくれたレナを見ればわかる。

 彼女は、私に恋をしているわけではない。女の子として見ているわけではない。子供として見ているだけだ。だけどそれでもいい。だって、本人が言ったんだから。


 何回繰り返したって、その度に私に惚れるって。なら、今回だって私のことを好きになってくれるはずだ。レナが何を好きで、何をすれば喜んで、どうしたらときめいてくれるのか、私は何もかも知っているんだから、


「レナ」

「なに? 晩御飯のリクエストなら明日以降にしてね」

「覚悟してね」

「は?」

「絶対、私と別れたくないって言わせて見せるから」


 私が飽きるまでなんて、そんな受け身のOKじゃなくて。私が飽きても捨てないでと縋りつくくらい、惚れさせてみせる。前回はそんなことなかったけど、そのくらい惚れられていたと思うのはうぬぼれではないから。

 だけど私の宣言に、レナはちょっと呆れ顔になる。


「……いや、あんたから別れを切り出すのかよ」

「もう! 鈍いなぁ」

「わかってるわよ。はいはい、楽しみにしてまーす」


 雑な態度のレナに頬を膨らませながら、私はレナの飾らない態度に、確かにここにいるレナに、胸をときめかせた。うん。やっぱり若い頃のレナも好きだ。









 それから戦争対策をしつつも、前と同じようにちゃんと仕事も成功させ、同時にレナにアプローチをかける。

 仕事に関しては焼き直しだから、ほどほどに苦労するフリや人間関係に気を付ければ問題はそうない。いつ何をしてきたか、だいたい覚えているし、その全ての理論は頭にあるので論文にするのも簡単だ。


 レナは、思った以上に簡単だった。と言うか、私がつい前と同じようにレナに接してしまい、レナの理想通りだろうよりときめくセリフとか選んだりしていないのに、普通にして普通に成長するにつれて段々私を見る目を変えてくれているのが伝わってきた。

 特別なことをしたつもりはない。好意を伝えることはためらわないけど、弱みを見せたり素直に甘えるのはやはり少し気恥ずかしいし、素直になれずつい悪態をつくこともある。だけどよく考えたら、前の私のままで好きになってくれたのが一番最初にあるのだから、結局そのままでよかったのだ。無理に未来の知識で何かしなくたって、そのままで私のことをレナは好きになってくれるのだ。なんてちょろい、もとい、なんて愛おしいんだろう。


 結果的に戦争対策が一番神経をつかう。失敗は許されないのだ。何重にもパターンを想定して、そうなった場合のまた違う未来を予測して、それにも対策を同時進行するのだ。しかも私はまだ未成年の新人だ。信頼関係や使える人の数は大人になった状態と同じとは言えない。


「ねー、おかしくない? 私テンの恋人なんですけどー?」

「……」

「なんでどこ行ってたかってことすら教えてくれないのよ。ねー、おかしいでしょー?」


 私が戻ってから三年。来年には成人する。レナは完全に私のことを一人の恋人として見てくれているのはわかっている。

 戻ってこなかったレナは前回と大きな違いがもう一つあった。それは魔術を私から習わないことだ。私が魔術を使えないように拘束する為だけに、15年をかけたのだ。今思い出したって、レナはけしてそんなことができるような魔術師の力量はない。なのにあんな複雑な拘束魔術をつかったのだ。きっと数年かけたのだろう。自分が死ぬために、私を生かすために、私と一緒にいる未来の為に。


 そして今のレナは魔術を習わない。自主的にすることはない。仕事も前に比べるとちょっとどんくさかったり、勘が鈍かったりするところもあった。でもこれが普通のレナなのだ。

 普通の女の子。そこそこ真面目で、私よりは先輩だけどまだまだ新人で、休日はだらだらしたり遊びに行ったりする、普通の女の子。前よりちょっと子供っぽくて、ちょっと休日一人で出かけたら、一人だった? とか嫉妬して確認するようなめんどくさいところもある。

 以前のレナは私との関係が極まっていたからだろう。私がレナを大好きで、他の人なんて見ないって確信していたから、嫉妬するなんて冗談で言った時も全然してなくていつも余裕だった。私の方が内心焦れたりしていたけど、それも見透かされていつも丁寧にフォローして私を気遣ってくれていた。


「レナ、別に隠しているわけじゃなくて、普通に色々と買い出しとか調べものとかがあって、どこって特定の場所じゃなかったから言葉に迷っただけだよ」

「ふーん……」


 実際には戦争を回避するのに、手っ取り早く王女が相手の男と会わないようにするため連日魔術を使い外出すれば実際に遠目に観察してひそかに守っているのだ。王女は気晴らしに二週に一度程度外出しており、その際に身分を隠してマッチポンプでチンピラに襲わせて自分が助けると言うしょーもない演出で出会おうとしているので、先んじてチンピラをボコれば簡単に阻止できるのだ。

 と言うかその出会いベタすぎるだろう、と思うのだが世間知らずな王女にはストライクで作戦成功していたのだから馬鹿にはできない。元々式典などですでに王女と面識もあったし、年も近いので割と親近感を持ってもらえているので、ついに先日チンピラが登場して助けた際にはそのまま顔をあわせて行動を共にさせてもらった。


 さすがに一回で諦めはしないだろうが、相手も王族だし滞在期間は限られている。あと数カ月見張れば十分だろうが、さすがにレナには説明できないので勘弁してほしい。それにぼかして説明しようものなら、王女と一緒に休日を過ごしたことに絶対文句を言ってくるに決まっている。


「別に、テンのこと束縛したいわけじゃないし、たまには一人でぶらぶらしたいっていうのもわかるけど。わかるけどぉ……」


 わかる、と言いながらジト目がとまらないレナ。全く面倒くさい。もう21歳になるのに、大人の余裕と言うのが感じられない。

 そもそも休日に出かけたら、こうして私の部屋に勝手に入って待ち構えていて、見るからにむくれた顔で問い詰めてくるのがめんどくさすぎる。暇だからだろうなぁ。


「レナ、不安にさせたなら悪かったよ。でも、私にはレナだけだから。浮気とかそう言う心配はいらないから、どっしり構えておいてよ」


 だけど、今のレナも好きだ。傍にいればいるほど、違うところにも気がつくけど、変わらないところもたくさんある。根っこの部分は同じで、こんなにめんどくさくて余裕がないほど私のことが好きなのだと思えば、その全てが愛おしい。


「……う、疑ってる訳じゃないわよ? ただその、だって、普通にどこ行くの? って最初に聞いた時、ちょっと色々とか、私は興味ないところとか、なんかすごいけん制するように言うから。帰り時間も遅かったし」

「うーん」


 まあ、その辺りは私も確かに言い方がまずかったよね。王子側の存在も確認していて、今日こそかもと気合を入れて様々なパターンを考えていたのでレナへの態度がいい加減になっていたのは否めない。


 私はこの事態を収束するべく、と言うかこれ以上あんまり問い詰められると普通に話してしまいそうだから、レナに自信を持って細かいことを気にしないようにしてもらうべく行動することにした。

 ベッドにレナと並んで腰かけている状態だったので、そのままさらに肩が触れ合うまで距離をつめ、そっと小さい声で雰囲気を高めながら提案することにする。


「あのさ、じゃあ今度のレナの誕生日、私を疑わないでいいように、自信を持てるいいものをあげるよ」

「え? そ、それって、その……せ、籍的なやつ?」

「速攻ネタばらしを求めてくるね。私が成人してないのに無理でしょ」

「もう、じゃあ何よ」


 顔を赤らめて口元を押さえて普通に尋ねられてしまったけど、意味ありげに言ってるんだから当日のお楽しみってわかるでしょ。全く、仕方ないなぁ。

 私は少しお尻をあげてレナの耳元によって内緒話をするポーズになる。レナも何?とさっきまでの不満顔はどこへいったのか、素直にときめいてくれているのが分かって可愛い。


「私の処女」

「しょ……そ、そう、そう言うのは別に。ちょっと早いんじゃないかしら? と言うかー、私もまだだから、その、あげるよっていうか、私もあげちゃうし?」


 囁き声で伝えると、レナは動揺して耳を抑えながら私から距離をとるように上体を反対側に傾けてしまった。好意を隠さなくなっているのに、とっくに先に成人しているのに、急に初心になるの可愛すぎる。

 思えば前回は普通にしていたし、最初からうますぎたけど、今回のレナは正真正銘身も心もはじめてなのだ。そう思うと、もう数えきれないくらいレナを抱いてきたから何ら焦れることなく体も成長したしそれでレナが満足するならそろそろいいかなって思っただけなんだけど、こう、俄然意欲がわいてきた。


「……いいでしょう? ちょうだい。レナの初めて。誕生日までに心の準備しておいてよ」


 真っ赤になったレナは子供の癖に、とか悪態をついたけど、最終的には来週の誕生日にと約束してくれた。楽しみすぎる。貴重な休日を王女に使うのは面倒だけど、レナとずっとこんな日々を過ごすためだと思えばなんてことない。


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