大好きな恋人と別れない為のたった一つしかない方法
川木
第1話 私の15年を返してよ! え? 本気で返すの?
15年間恋人だった。何度も喧嘩をしたけど、いつだって翌日には仲直りしたし、ずっと一緒にいようと誓いあっていた。その誓いが嘘だなんて思ったことは一度もないし、ずっと、一緒なんだと盲目的に信じていた。
「は? え、ご、ごめん。え? 聞こえなかった。もう一回言って」
だから私、水口麗奈はいつも通り目を覚まして朝ごはんを食べてから、真剣な声音で言われたその言葉を受け入れられなくて、馬鹿みたいな顔をして問いかける事しかできなかった。
最近暗い顔をしていたことはわかっていたけれど、どう尋ねても本人が研究で行き詰っているだけだと言うし、私にできるのは精々サポートでしかないので心配はしていた。だから今日、ついに追い詰められたかのようで大事な話があると言うので何を言われてもいいよう、覚悟はして促したつもりだった。
「だから、別れよう。急で悪いけど、もうレナと恋人ではいられなくなったんだ」
だけど別れ話をされる覚悟なんて一ミリもしていなかった。どうしてそんなことになるのか、意味がわからない。
目の前のこの女、日上天と15年恋人で、それだって、この子が先に告白してきたのだ。確かに今25歳の彼女は今が一番美しいとばかりに、幼い頃から美少女だったのが今は花も恥じらうほどの美女になっているし、幼い頃から天才だったが今では国さえ下にも置かない扱いをしているほどの天才魔術師である。美しさも名誉も地位も金も権力もほしいままにしている。
対して、私はどれほどの世間的価値があるかと言うと、ほぼない。32歳。15で成人するこの国では孫がいてもおかしくないし、研究職についているとはいっても助手だし、晩婚化がすすんでいる研究者本人でも半数以上は25くらいで結婚し、30超えたら一生結婚しない人の方が多い。そんな中32歳。あくまで助手なのでベテランとは言え研究そのものはもちろんできないし、専門職ではあるので他業種への転職は不利。転職界でも婚活界でも需要はない。
「は? なんで? 意味わかんない。私、テンになんかした?」
テンの助手をずっとしていた。恋人となって公私ともに支えてきた。テンだけに特化した私は、テンの助手としては代えのない有能さを自負しているけど、今更他の人の助手なんてできるわけもない。
そして何より、テン以外の人を好きになるわけがない。もうずっと、何度だって別れるチャンスはあったのだ。年下で研究以外には無頓着で碌に何もできなくて、不愛想で口下手で愛を囁くのも下手くそで、何度も別れてやろうかと思った。もっと他の相手を見つけた方が簡単にお気楽に幸せになれたかもって、何度も思った。なのに私は、彼女しか目に入らないのだ。
あらゆる意味で、私にはテンしかいないのだ。彼女がいなければなにもない。逆に言えば、彼女さえいるなら私は何もかもなくたって構わない。だと言うのに、別れる? もはや意味が分からない。
「ごめん。なにもしてないよ。君は悪くない。ただ、恋人ではいられないんだ。ごめんね」
「は? なにそれ、それって、なに、私の他に好きな人ができたってこと!?」
私に悪いところがないのに別れるなんて、それくらいしか思いつかない。思わず怒りで声が大きくなってしまう私に、テンは研究者らしいテンションの変わらないトーンで口をひらく。
「そんな訳……じゃないけど、君のこと、好きじゃなくなったんだ。だからごめん」
「嘘! 嘘つかないで!」
「嘘じゃないよ。別れよう。本当は前から言わなきゃいけなかったんだ」
嘘に決まっている。だってほんの数か月前にはまだ、私のことを愛しているって言ってくれていたのに。それまでと何にも変わらない熱量を込めてくれていたのに。
なのにどうして、別れようって言った、その言葉には何も嘘が見えない。テンが嘘をついているかどうかなんて簡単にわかる。だから好きじゃなくなったのだって、嘘だってわかる。
なのに、どうしてそんなことを言うのか。
……嘘。本当は一つだけ、心当たりがある。どんなに好きでも、愛し合っていても、それだけじゃ足りなくて、別れる事もあるんだって。子供じゃないんだからわかる。
数年前から、時々いやみったらしく言ってくるやつがいたのだ。私なんかと恋人ごっこをしていないで、自由にしてやれ、なんて訳知り顔で言うのだ。テンにはもっとふさわしい相手がいるとか、足を引っ張っているとか、お偉いさんとお見合いの話もあるのに、とか。
でも、でもそんなの、どうしろっていうんだ! そんなのはどうしようもないし、そんなのがどうでもいいくらい愛し合っていたって心から信じていたのに!
「いや! やめて! なんで、なんでいまさらそんなこというの!? 私もう32だよ!? 今さら別れてどうしろってのよ! 別れるなら、私の15年を返してよ!!」
「……わかった。15年、返すよ」
「へ?」
テンは大真面目な顔で頷いて席をたった。思わずつられて立ち上がる。
こんなのは難癖だ。できないに決まってるから別れないと言う前振りでしかない。なのに、返す? 私を若返らせるとでも言うのか。見た目だけ若返らせても、体内は変わらないのですぐに元に戻ってしまうと結論が出ていると言うのに。いくらテンが天才でも、そんなことできるはずない。できないでほしい。
「ついてきて」
「ちょ、な、何変なこと言ってるの? 体を若返らせて終わりにするわけじゃないでしょう? そんなの納得しないんだからね!」
できるはずないけど、自信ありげに歩き出したテンについていきながら、一応釘をさす。肉体年齢戻してはい終わりってんじゃないんだから。私がテンにささげた15年は、それだけじゃないんだから。
「そうじゃないよ。それじゃあ15年を返すとは言えない。でも、15年前に時間を戻したらどう?」
「時間……? じょ、冗談やめてよ。テンが五年前に関わってたやつでしょ? 不可能だって結論だったじゃない」
魔術によって時間を操る研究は昔からされている。一定の範囲において時間の経過を緩やかにすることはできるようになったけれど、それも完全にとめたり、時間をすすめたり戻したりなんてことはできない。と言うのが結論だったはずだ。
助手でしかない私だけど、ちゃんとテンの研究内容とその結果の大まかくらい把握してる。さすがに理論とか詳しくはわからないけど。確か、時間軸の把握とかできないし、そもそも過去とか未来があやふやだったみたいな話のような?
私は国の最高研究機関である魔術研究者達の助手になったのは、特別学があったからではない。コネだ。一応国立学校をでたけど、成績は中くらい。親族に研究者がいるのもあって、情報漏えい的な不安はないから助手ならって感じで雇ってもらえた。
そもそもそんなに向上心とかやる気もないので、詳しい理屈とか聞いても理解する気がなかったのでよくわからない。
「時間を戻す、と言うのは時間の概念から考えると不可能と言う結論に達したのは事実。だけど、そもそも戻すと言う視点を変えれば、不可能ではない。すべての生き物に平等に流れている時間を巻き戻すのは不可能、だけど過去の特定の地点の、特定の人物にのみ一時的に干渉するだけならば理論上は可能」
説明モードに入ってしまった。研究者と言うのはどうしてこうも説明したがりなのか。それでもテンは私の頭の程度を知っているのでだいぶかみ砕いて言ってくれはするけど、わかる言葉でも理解するのめんどくさいと滑っていくってことが頭いい人はわかってないんだよね。
「えーっと? 特定の何かの物体を戻したり進めるんじゃなくて、その瞬間の何かに対してってこと、よね? でも戻すんじゃなくて干渉なら全然話は変わってるんじゃない?」
仮にできて、過去に干渉して現在の事象を曲げられたとして、もちろんできたらすごいけど、それは時間を戻すとは言わないでしょ。
「でも、その干渉の瞬間に記憶を埋め込んだなら? その人物には未来の記憶があることになる。本人の視点のみで言えば、過去に巻き戻ったと言える」
「あー……なるほど? それって憑依と似てる? 過去の自分を操るみたいな」
「少し違う。それは過去とはいえ、未来の自分が操っていることになる。正確に言えば過去の本人はそのままで、知識が増えただけだから」
「んー? それって、今ここにいる私はそのままなんじゃない?」
「記憶を複製するならそう。でもそんなことはできない。だから、レナの魂そのものを焼き付ける。魂を過去の自分に移動させるようなもの。同一人物なら魂を融合させることが可能なはず」
「……」
ちょっと待って。わからなくなった。魂? 憑依も魂じゃなくて遠隔操作みたいなものだったし、そもそも魂って肉体から分離できたっけ? できなかったよね? あー、理屈はわからないから、とにかくできたとしよう。
できたとして、私の魂を過去に引っ張って、過去の私と融合させる。そうすれば過去の私は未来の私と記憶も感情も同一であり、私の視点だけで言えば過去に戻ったようなことってこと? そうすれば、時間が戻った=15年を返す、と?
うーん、理屈は合ってる、のかな? そもそも理屈はできたとして、そんなことできるわけ? 過去に干渉するってだけでも未実証だし、魂を過去に飛ばしていれるって、そんなの理論確立してたっけ? テン以外の人の理論とかあんまチェックしてないけど、そんなすごいやつなら話題にくらいしてるはずだし。
あー、いや、テンができるって言うならできるんでしょ。こいつ腹立つくらい天才だもんね。でもそもそも、返されても。今好きだから別れたくないのが本音であって、ほんとに返されても。また15年前からやり直すって……うーん。
「あのさぁ、理屈はわかったとして、そんなのほんとにできるの? そもそもどのくらい魔力かかるの? 時間をゆっくりにするだけでめちゃくちゃ魔力かかるんだよね?」
なら普通に私と今まで通り付き合った方が絶対コスパいいよね? ね? このまま責任取って私と結婚しよ? 私子供だってまだ産めるし、子供の扱いも悪くないはずよ? だって初めて会った時10歳のテンの面倒見てたじゃない?
「以前に、見せたことあるよね」
私の問いかけに答えず、テンは物置きに入りながらそう言った。続けて入って明かりをつける。テンは一番奥の鏡にかけている布をとった。それは前に見たことがある。
たしかテンの家に伝わる大事なものだとか。とても大切なものだと聞いていたから、定期的に掃除する時にも気を付けていた。
「確か、移動用魔術具よね?」
「うん。空間を移動するって言うことは、時空を移動するってことだから、ひいては別の時空間上にある別の世界のこの魔術具にこめられた魔力も、同時に使用することができるんだ」
「は? ちょっと待って、理屈飛んでる。何、別の世界って」
別の世界? 急にめちゃくちゃ話変わってる。えっと、世界の定義は観測によってなるとか前にテン言ってたけど、それ自体意味がよくわからなかったからスルーしたんだけど。
「世界って言うのは、あー、まあそれはいいよ。つまりこれを使えば、普通ではありえない魔力量を確保できるってこと。それ自体は前からわかってたんだ。でも、それを使うことは考えなかった。
時間を戻すのもそうだよ。理論上可能でも、それをしてしまえばあらゆることがめちゃくちゃになってしまうかもしれないからね。本人以外の視点ではどのように観測されるのか不明だし、過去から現在につながる今がどうなるのか、何が要因でかわるのかわからない。
例えばほんの少しの違いで、もしかして今の世界が何もかも変わるかもしれない。蝶の羽ばたき一つの違いで、世界滅亡の危険だってあった。だからこんなことは、思いついても研究してこなかった。思いつかないふりをしてきたんだ」
んん? あれ、なんかすごいこと言ってない? つまり今までテンが無理だと言って、研究不可と結論をだしていたことも、本当はできるかもって思ったけど危険だからわざと結論出さないようにしてたってこと?
あ、それはまあいいか。そんな研究倫理があったことには驚くけど、そうじゃなくて、そんな危ない魔術なら私にも使えないでしょ。だったら私に今説明する意味とは?
「だから、今からレナに15年を返すよ」
「いやいや、待って。今世界滅亡とか言ったでしょ。何を使おうとしてるの」
「レナが15年前に戻ったくらいで、世界が滅亡すると思ってるの? そんな影響力、君にはないよ」
「ちょっとぉ!? 蝶々より影響力ないってどういうことよ!」
「冗談だよ。レナの望みなら、それで世界が滅びても仕方ないよ」
「なにを馬鹿なこと言ってんのよ。って、いうかそこまで言うなら普通に結婚してよ!?」
いつものテンと変わらない、好きだよって言うようにちょっと柔らかな感じで言うから一瞬普通に突っ込んでしまったけど、いや絶対やっぱ私のこと好きなままじゃん!? なんか事情があるのかもだし、もしかしてそれ、テンと結ばれるのに邪魔な私が殺される的なこともあるのかもしれないけど、だとしてもテンが守ってくれればいいでしょ! 結婚してよ!
「それはできない。ごめんね。さぁ、時間を返すよ。ただ私がその時間軸を指定する為に、私とレナに特別な関係が結ばれた状態でないとできないんだ。だからレナが告白を受けてくれた瞬間に戻ることになるけど、私のことは構わず振ってくれていいから」
そう言いながらテンは私に軽く手をかざして拘束した。え、普通にこれ犯罪者とかにつかう魔術拘束。しかも、急激な眠気。これ凶悪犯に使うやつ。やばい。時間に関するような大魔術は準備や大規模な詠唱が必要になるから急にはできないと思って油断してた。
まさか無詠唱でできる魔術で私を拘束して、そこまでして、こいつ、いつもいつも、勝手すぎるのよ! この馬、鹿……ッ!!
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