Part 1「運命のミスコード」

 20XX年の秋休み。僕らはいつもと同じように「VILLAGE-THREE」で集まっていた。


 この「VILLAGE-THREE」とは、幼馴染の森田蓮があるサービスを利用して立ち上げた独自の仮想空間である。僕はこういった関連に弱いのできちんとした説明はできないが、もともと幼い頃からコンピュータ系に強かった蓮が『誰かに頼らずに仲間同士で集まれる仮想空間が欲しい』ということで作ったってのが彼からの説明だ。


 僕たちはZoomやゲーム内のサーバーではなく、「VILLAGE-THREE」で様々なことをやっている。ただの話し合いとか、学校の課題とか、アスレチックで遊ぶとか、こんなに汎用性の高いものをどうやって作ったんだろう……って、新機能を見せられるたびにワクワクしてた。


 だが、この日。僕たちのリーダー的存在の藤吉あやめがある“やらかし”をしてしまったせいで、ここが前線基地になる。いつもと同じように、蓮があやめにここの設定を変更するためのキーを指図していたのだが、それがすべての引き金だった。


 「あやめ、デフォルトではオンになっている時間経過を一旦オフにしてくれないか?」


 あやめは蓮からのメッセージに、ハートの絵文字で反応した。この仮想空間はあるサービスを元にしているため、流用元のキーも受け付けるようになっている。そのため、あまり詳しくない人でも簡単に設定が変更できる。あやめは事前に蓮から送られてきた一覧表を見ながら、指定のキーを入力した。


 「タイム、サン、セットだったよね……」


 マイク越しに聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、自分の入力したキーが正確かどうかを確認する。


 「おい、あやめ。今、タイム、サン、セットって言った?」

 「(グッドの絵文字)」

 「ちょっと待てよ。それって、もしや」

 「(チャットに)やばいことしちゃったの!?」

 「ああ。こっちでテストしていない、未知のキーをキミは入力したことになる」

 「嘘でしょ」

 「ほんと。どうしてくれるんだ……」


 僕は蓮の焦り具合を見て「これはまずいな」と感じた。普段、蓮はこんなに焦らない。この時、僕は脱出ゲームをプレイしていた。だが、ゴールを目の前にして、どんどん視界が狭くなっていく。まるで映りの悪いテレビのように。


 「蓮くん、どうすればいいんだ?」

 「裕翔、俺にもわかんないんだ。一度も対処したことがないし、どうなるかわからない。ひょっとしたら、三人ともパソコンがダウンするかもしれない」

 「まじかよ……」

 「あやめ、今日のところはこっちで何とかできるように頑張ってみるけれど、次逢ったらラーメンでも奢ってくれよな」

 「ごめんね。私が仕出かしたことだもんね」


 数十秒後、僕の「VILLAGE-THREE」は落ちてしまった。幸い、パソコンが落ちることも壊れることもなかったが、数ヶ月使ってきてこんなことは初めてだった。


 「裕翔、なんとか全員のダウンだけは避けられた。だが、一分後にまた未知の波が来るらしい。ちょっと構えててくれ」

 「わかった」

 「あやめもだ。何もする必要はないから、とにかくそのままにしておいてくれ」

 「了解!」


 五十九、五十八、五十七……五、四、三、二、一、シャルルルッ。

 アニメでしか聞かないようなSEがパソコンから大音量で響き渡り、画面には虹色の渦が全面に映し出されていた。


 「おい、これは一体……」

 「わからん」

 「蓮がわからないってどういうことなんだ」

 「俺は既知のことには強いけれど、未知のことにはからっきしなんだ。とにかく、何もせずに、今から起きることに向き合ってくれ。落ち着いて、な」

 「わかった」

 「私も……なんとか乗り切る」


 しばらく混乱状態が続いた後、私たちの前には沈黙が広がった。淡いようで鮮やかで、鮮やかなようで淡い。

 すると、画面から低く野太い声で「勇者はどこだ……」「勇者はどこだ……」という声が聞こえてきた。何度も、何度も、次第に距離が近づいてきて。蓮は明らかに速い鼓動をマイクに伝え、あやめは「えっ」という声を上げた後はひたすら唖然としている。


 これは、僕が始めるしかないのかもしれない。どうなるかは不明だが、今日の運を信じてみようか。


 「あの、すみません……」


 この僕の声をきっかけに、また運命は動き始めようとしていた。

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