Part 2「ヒーローのプライド」

 蓮が圧倒的な力で蹂躙された翌日。僕らはいつもの空間に集まっていたが、そこに蓮の姿はなかった。あやめがピンボールで遊んでいるのが表示されているのみで、蓮はログインすらしていない。昨日のことがそんなにショックだったのか。僕には彼の気持ちがよくわかる。よくわかるからこそ、ちゃんと立ち直ってほしい。友達ゆえの願いだ。


 「なあ、藤吉さん」

 「なぁに? ……いつも『あやめ』って呼んでる人がいきなり苗字で呼んでくると怖いんだけど」

 「ごめんごめん。いつも夢中すぎて中々振り向いてくれないから」

 「あ、人のせいにした」

 「んで、あいつのことなんだけど」

 「蓮?」

 「そう。今日はまったく姿を見ないし、学校も休んでたし、僕らは彼にどうすればいいんだろうって」

 「簡単じゃないかな。蓮は新しい怪獣と戦ったけど、私たちは怪獣の力を知らない。だから、彼の気持ちはわからない。一回、ふたりで力を合わせて戦ってみようよ」


 今日のあやめはやけに力強かった。すると、どこから現れたのかはわからないが、謎の声まで同調する。


 「それは正しいと思うぞ。君たちはあの力の正体を知らない」

 「行ってみようよ。私たちも」

 「マトモに戦って勝てるのかな?」

 「君も、あやめも、その実力を自らの手で確かめてくるといい」


 僕は謎の声にも押し出される形で、次の怪獣とのバトルフィールドへ向かうことになった。あやめと一旦通話を切り、十分な備蓄と残機を稼いでおく。おそらく、今度の怪獣は前回以上の持久戦になるだろう。だったら、僕らに出来ることは正面からぶつかるのみ。


 数十分後。僕はあやめに「そろそろ行こうか」というメッセージを送った。あやめからはすぐに『了解!』という返事が返ってきた。


 「アノードバーニング。今回も頼むぞ」


 僕はパワードスーツを身に纏い、アイアンモンドと戦った異空間とはまた別の空間へ飛び込んでいった。蓮を圧倒した敵とやらは、一体どれだけ強いのだろうか。データ収集のためのカメラの電源を入れた。


 「……おおっ、こいつが蓮を絶望させた怪獣か」

 「強そうだね」

 「スラっとしていて、アイアンモンドよりも速く動けそう」

 「てか、絶対すばしっこいって」


 ……その時だった。


 「おい、あやめ。後ろ!」

 「えっ? ……ぐわっ!?」


 さっきまで目の前にいたはずの怪獣がいきなりあやめに斬りかかったではないか。怪獣の剣はアノードスカイのスーツを鋭く切り裂いた。幸い、致命傷には至らなかったものの、あやめはパニックに陥ってしまった。


 「僕らのアイドルに何してんだよ……」


 僕がいきなりのことに憤っていると、傷を負っているあやめが窘めてきた。


 「それより、あいつをなんとかしてよ!」

 「わかった。僕に任せて」


 僕はあやめを庇うように怪獣と対峙した。怪獣はこちらを向いたまま、「さあ来いよ」というふうなジェスチャーを向けてきた。僕は頭に来た。だが、ここで頭に来ているようでは、これからの戦いを優位に進めることはできない。何より、こいつは相当な強敵だ。まともにぶつかって勝てる相手ではないんだ。……必死に自らを落ち着かせた。


 「噂のヒーローとは、そんなものか」


 この時の僕は怪獣の急所を探っていた。しかし、次の瞬間、溶けていくような声と共に、僕もあやめとまったく同じように首元に剣技を受けてしまった。


 「うわ、まじかよ?」

 「裕翔くん!」


 あやめが心配して駆け寄ってくる。だが、僕も致命傷にならないほどの傷の深さだった。しかし、怪獣の攻撃でわかったことが二つある。こいつはあまり動きこそしないが、一撃でかなり大きな傷を与えてくるタイプだ。さらに、いざ動き出すとこちらは動きを捉えることすら出来ない。単身で動いた蓮はそりゃ苦戦するはずだ。


 僕はあやめとチャットで戦略を協議した。あやめは先ほどの攻撃ですっかり意気消沈だったが、ここで逃げ帰ってしまうとせっかくこの空間へやってきた意味がなくなってしまう。


 「あやめがダメなら、僕がひとりでこの怪獣を倒してみせる」


 あやめは必死に止めてきたが、彼女の足はぶるぶると震えたまま動かない。僕にもヒーローとしてのプライドがあった。ここで引き下がるわけにはいかない。


 僕は第二形態へと変身するボタンを押した。あの時と同じ光に包み込まれ、手には個人装備である剣が装着される。


 「もう、どうにでもなれ!!!!!」


 未だ二手しか動いていない怪獣に対して、僕は全身で飛び込んだ。もちろん、この時は勝てると信じていた。捨て身で突っ込めば、倒せはしなくとも多少のダメージは与えられる。それに、僕は死にはしないだろう。だって、ヒーローだから。


 「愚かな人間よ。何かをする前に、すべてをぶつけるのは愚かな証拠だ」


 再び、溶けていくような声。


 「裕翔くん。後ろ、いや、前!!」

 「何っ!?」


 僕は怪獣に取り囲まれてしまった。いや、同じ怪獣が僕を無数に取り囲んでいた。取り囲まれてしまった以上、飛翔するか、怪獣の攻撃を受けるしかない。


 「裕翔くん、飛んで!」

 「わかった」


 ……ダメだった。怪獣は僕の行動をすべて読みきっていた。僕は怪獣の攻撃をもろに受けた。今度は多少の傷ではなく、全身が硬直し、パワードスーツには数え切れないほどのエラーが出た。結局、僕もあやめも、怪獣に傷ひとつ与えることが出来なかったのだ。


 僕が痛みに苦しんでいるのを見たあやめは脱出コードを入力し、ふたりを脱出させた。それは屈辱的な“敵前逃亡”だった。


 「あやめ、ごめんね。蓮と同じようになってしまった」

 「大丈夫。また戦えばいいよ」


 あやめは優しく慰めてくれたが、蓮とはまだ連絡が取れない。ただ、確かなのは、今の僕らにヒーローを名乗る資格がないこと。そして、僕らに新しい怪獣を倒す術がひとつも見つかっていないことだ。

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