第二話「分裂する好青年」
Part 1「その変身は蜜の味」
——謎の匿名アカウントが日本初銀河飛行士を批判。あまりの痛快さに一般ユーザーの間でその正体が論争に。
ある朝、ディスプレイにいきなり通知がやってきた。その主は、謎の声だった。
「やあ、天の声さん」
「裕翔。他のみんなはもう繋がっているから、早速要件を話そう」
「わかりました」
「君たちは“謎の宇宙論者”の件を知っているよな?」
問いかけとともに、ディスプレイにアカウントのアイコンが表示される。それと同時に、あやめがグッドのスタンプを個人チャットに送ってきた。
「知ってます。ニュースでも話題になっている、あの人ですよね」
「そうだ。実は、私はそいつの正体らしきものを既に掴んでいる」
「なんですと……」
僕の反応を面白がる謎の声。だが、一瞬の微笑ののち、すぐに元の厳格な声に戻って、こう言った。
「今度の相手はアイアンモンドとは訳が違う。ひょっとしたら、死ぬかもしれんぞ」
声の真剣さに、僕は思わず戦慄した。確かにそうだ。僕らがやっているのはゲームではないんだ。実際に起きている現実だ。あくまで仮想空間での戦いだが、その結果は間違いなく現実世界に繋がっていく。数秒考えた後に、こう答えた。
「わかりました。しっかり準備を整え、確実に戦います」
「その言葉、ちゃんと胸に刻んでおくんだぞ」
僕らはそれぞれの場所で、謎の声から今度の敵に関してのレクチャーを受けた。二戦目の敵は神出鬼没獣と呼ばれて、世界中のネットユーザーに恐れられているそうだ。「私は関係ない」と思っているようなユーザーの元に現れ、しばらく粘着し、その全てをむしり取っていく。手口はあまりにもダイレクトですべての証拠を残すために一見身元がすぐに割れそうなものだが、襲われた相手は人格が豹変し、さらにあまりにも証拠が多すぎるためにほとんどの事件が迷宮入りしているのが実情らしい。
「あの、こんな敵、どうやって倒せばいいんですか?」
「よく考えてみろ。弱点のない敵などいない。何度か戦った上で、君たちなりの戦略をちゃんと立ててみるんだ」
僕がまだ見ぬ敵との戦いに頭を抱えていると、蓮が個人チャットを送ってきた。
「なあ裕翔。偵察部隊ってのはどうだ?」
「偵察?」
「俺が最初に非人間の部隊を引き連れて、未知の怪獣と一戦交える。そこで取ったデータを元に戦略を立てるんだ。これなら危険も少ないだろ」
「良いんじゃないかな?」
「ひとまず、やってみようか」
何も返す暇もなく、蓮は僕に伝えてきた作戦を実行することを謎の声に提案した。
「良い考えだ。やってみなさい」
「わかりました」
蓮は謎の声に一通りの身体的特徴や行動パターンを訪ねた後、自らの手で異次元への扉をこじ開け、アノードグラファイトとして戦いに赴いていった。ここからのやりとりは、僕と蓮が交わした無線である。
「蓮、様子はどうだ?」
「バトルフィールドに無機質なダークパターンの生物を発見。おそらく、今回の敵はこの生物だと思われる」
「わかった。まずは刺激を与えないよう、遠くから観察してみてほしい」
「すまん、もうテストビークルを投入して戦わせてるんだ」
「まじかよ!?」
「大丈夫。いくら投入しても大丈夫だし、そもそもテストユニットだし」
「そういう問題じゃないでしょ」
「でも、やばいかも」
「どうしたの?」
「相手にバレた!」
僕は蓮がもう少し冷静に戦える奴だと思ってた。だが、蓮はそうじゃなかった。戦いに入ると、普段の性格がひとつ残らず変わってしまうのだ。今回も最初からテストビークルをすべて投入してしまい、思いっきり敵を威嚇してしまった。
「テストビークル、全滅。繰り返す、テストビークル全滅」
「蓮、どうするの?」
「とりあえず戦ってみるしかないでしょ」
「一旦撤退したらどうかって、あやめから来てるよ」
「あやめの言うことなんか、あまり当てにならないでしょ」
蓮はそのまま戦い続けた。いきなり第二形態を解放し、個人装備である銃のリミッターまで解除した。だが、データを見る限り、まだ見ぬ敵と対等に戦えているようには思えなかった。少なくとも、ゲームの世界で彼はトッププレイヤーだが、戦士としてはまだまだ素人そのものだったのだ。
「蓮、蓮、応答せよ」
「おい、蓮。頼むから返事をしてくれ」
僕は蓮の名前を必死に呼んだ。しかし、蓮はまったく反応をせず、こちらに送られて来るはずの戦闘データも途切れ途切れになり、終いには何も応答がなくなった。
「若き勇者たちよ、いざという時はそのキーボードに『RED』と入力してみてほしい。君たちか、他の仲間か、誰が押しても構わないが、仮想空間に飛び込んだヒーローが強制的に現実世界へと引き戻される仕組みだ」
「天の声さん、ありがとうございます」
「このままだとアノードグラファイトは空間と永遠に一体化してしまう。早くした方がいいだろう」
「わかりました」
もう迷いはなかった。一秒でも早く、暴走してしまった蓮の本音を聞き出したかった。僕はキーボードに『RED』を入力した。……すると、すぐに蓮から状況報告のメッセージが届いた。
「すまない。俺なら絶対にやれると思った。だが、実際はそうじゃなかった。敵は想像以上に強く、速く、力があった。一人では倒せない相手だった。俺はただ逃げるしかなかった。裕翔の言う通り、すぐに退却しておけばよかったんだ」
この時の僕はまだ蓮を許せずにいた。変なプライドがあった。しかし、そんなプライドが仲間を悲劇に巻き込んでしまうなんて、僕にはひとつの想像も出来なかったのだ。
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