Part 5「虹色の巨人、立つ!」

 ついに怪獣を倒した。ファースト・バトルは僕たちの勝利だ。三人揃って浮き足立っていた時、背後ではモノクロームの光が残骸を掻き集めていた。


 「おい、裕翔、あやめ。あれは一体どういうことなんだ?」


 最初に気づいたのは蓮だった。蓮が顔面蒼白といった表情で肩を叩くので、一瞬何事かと驚いた。だが、蓮が示した方向を見た時、実際に起こっていることが予想の範囲内であることに気づいた。

 巨大化したアイアンモンド、その身体には並々ならぬエネルギーが秘められているように思えた。


 「やっぱり巨大化したか……」

 「やっぱりって、どういうこと?」

 「お約束。等身大サイズの怪獣って、昔から巨大化するのが定番なの」

 「そうだったのか……」


 しかし、今の僕たちに巨大化した怪獣を何とかする術はない。さすがに第二形態の必殺技でも巨大怪獣はどうにもならないだろうし、パワードスーツの能力を信じて逃げるしかない。


 「よし、走るぞ!」

 「ふえ!?」

 「そうだな。裕翔の言う通りだ。『逃げるが勝ち』ってこともある」

 「わかった」


 僕らは猛烈に走り始めた。本来は怪獣にバレないようにするのが鉄則だが、そんなことを考えている余裕はなかった。


 巨大化したアイアンモンドは等身大の時よりも速い。ドスドスという重たい足音は相変わらずだが、巨大怪獣の体重としては軽い方なのだろう。さらに、この巨大形態ではどういう原理で出来るようになったのかさっぱりわからない飛行形態まで追加されており、僕らは必然的に決死の逃亡劇を演じることになった。


 「怪獣、めっちゃ速くない?」

 「そうだよな」

 「……裕翔、このパワードスーツって走力はどれくらい強化されてるの?」

 「わかんない。だけど、このままだと追いつかれるのは時間の問題だろう。なんとか打開策を考えないと」


 100メートルごとに、10メートル近づいてくる。さすがにアイアンモンドの飛行能力は持続可能とは言えないようだが、それでも速い。

 その時、僕はサイバー空間を構成する構造物の中で、ひとつだけ崩れそうなものがあることに気づいた。


 「蓮、あの構造物を狙ってくれないか?」

 「黄色いのか?」

 「そうだ。あれを落とすことで、なんとか足止めが出来ないかと思って」

 「効果があるのかはわからんが、やってみる価値はありそうだな」


 蓮は熟練の銃さばきで構造物を撃ち落とした。猛然と迫るアイアンモンドの目の前に、いきなり崩れ落ちてきた物体。アイアンモンドは瓦礫の下敷きとなり、行動が取れなくなった。……かと思われた。


 「嘘でしょ」

 「あいつ、全然ものともしない……」


 アイアンモンドは瓦礫をサッと吹き飛ばし、巨大化した当初よりも遥かに速くこちらへ飛んできた。僕らは唖然としたまま、再び走った。


 「裕翔、もうダメだ。どんなに頑張っても絶対に追いつかれる」

 「じゃあ、どうすれば?」

 「なんとかダメージを与えて、一瞬でも逃げられる隙を作らないと」

 「さっきのやつ、連打するか」


 その時だった。見覚えのある閃光がアイアンモンドを引き剥がし、真っ白な空間に僕らを包み込む。


 「怪獣に立ち向かう、若きヒーローたちよ」

 「この声は!?」


 僕らに戦う力を与えてくれた、天の声。謎めいたその声が、また助けてくれるというのか。


 「三人のデバイスを合わせた時、奇跡の力が君たちに宿る」

 「奇跡の力?」


 蓮の声に対して、あやめがアーマー越しにもわかるほどの驚きっぷりで、僕を見つめていた。僕もよくわからなかった。この声は、一体何を起こそうというのだろう。


 「これまで、私は君たちに戦士として必要な力を授けてきた。戦いを通じて、わかったことも沢山あるはずだ。今こそ、この力を授ける時だろう」

 「お前の言う力、一体どんな力なんだ?」


 蓮が尋ねる。僕もあやめも、もはや蓮にコミュニケーションを任せきっていた。


 「今にわかるだろう。早速、三人のデバイスを合わせてみてほしい」

 「わかった」


 僕らは謎の声に言われるがまま、デバイスを合わせた。

 すると、三つのデバイスが突然虹色に発光し、僕らを包み込んだではないか。これが、謎の声の言う『力』なのか。僕たちにアイアンモンドと闘う勇気を与えてくれたというのか。


 「さあ、精一杯戦ってくるがいい」


 次の瞬間、謎の声の一言とともに僕らを守っていた空間が消滅し、アイアンモンドがまったく同じ目線でこちらを見つめていた。

 アイアンモンドは唖然としたまま、ただ立っているだけだった。


 「裕翔。俺たちは巨大化した」

 「だよな?」

 「しかも、めっちゃ虹色だし。綺麗……」

 「あやめ、おそらく蓮も同じことを言うと思うけど」

 「それは戦いが終わってからでいいでしょ!」


 思わず二人の声が揃った。あのデバイスにこんな力があったなんて。これで戦える、これでアイアンモンドを倒せる。ありがとう、謎の声。


 「よし、行くぞ!」

 「おうっ!」

 「はい!」


 蓮の掛け声とともに、僕らとアイアンモンドの戦いは再開された。第二形態までは肉弾攻撃があまり効いていなかったが、この巨人形態は簡単に通る。


 「みんな、次はあいつの足を狙うぞ」

 「おっけー!」


 三人が一体化した巨人形態では、蓮の指示のもとに意思をまとめる。

 ジャイアントスイング、構造物を生かしたジャンプアタック、あやめの一言で撃てることがわかったハンドビームの乱れ撃ち。

 わずか数分のうちに、この巨人形態の能力は把握できた。それとともに、アイアンモンドはすっかり弱り切っていた。さっきまでは威勢が良かったのに、もはや死を待つのみといったふうに肩で息をする怪獣。


 「どうやって倒せばいいんだろう?」

 「でも、なんか可哀想……」


 あやめが泣きそうな様子で怪獣を見ている。


 「だけど、この怪獣を倒さないと俺たちのヒーローとしての使命が果たせない」

 「蓮、そうだよな。僕らには僕らの正しさを貫くしかないんだよな」


 衰弱したアイアンモンドが、最後の力を振り絞って飛翔し、逃げようとする。

 だが、僕らは怪獣を見逃すことが出来ない立場だ。僕も心を痛めているのは確かだが、こうするしかないんだ。


 「蓮、フィニッシュは僕に任せてほしい」

 「わかった」

 「裕翔くん、頼むよ」


 二人は僕の提案に同意してくれた。

 右手を掲げ、しっかり揃えて前方に向ける。ポーズは昔テレビで見たヒーローを真似てみた。すると、力強い光線がアイアンモンドに目掛けて発射された。


 「すまない。いつかどこかで逢えたなら、そこでラーメン奢るからな」


 数十秒後。アイアンモンドは爆散した。残骸はひとつも残らなかった。しばらく僕らは爆散した方角を見つめていたが、今度は何も起こらなかった。


 怪獣を倒した後、僕らは自動的に巨大形態を解除され、通常形態へと戻された。さらに、『残り60秒……』という表記が現れ、そのカウントダウンを終えると異空間からも強制的に脱出させられた。


 「終わったんだな……」


 自分の部屋の椅子にもたれ、ぐったりとする僕。アイアンモンドとの戦いが終わると、さっきまでヒーローだった三人も元の高校生活に戻るのだ。その時、僕のスマートフォンに二通の通知がやってきた。


 「そういえばさ、あのヒーローってどんな名前なの?」

 「決めてなかったな」


 あやめが蓮にヒーローの名前を聞いている。

 僕がしばらく「グレートマン」とか「サイバーマン」とか様々なネーミングで悩んでいると、蓮が一枚の画像を送ってきた。


 「アノードって知ってるか?」

 「アノード……」

 「裕翔、理科とかで習わなかった?」


 僕は蓮の名付け方にピンと来た。なるほど、これは良いかもしれない。


 「いいよ。賛成。アノードで行こう」

 「三人ともアノードだと誰が誰かわからないから、なんか名前付けよ?」

 「わかった」


 僕らは数分悩んだ。そして、やっと纏まった。


 「じゃあさ、僕は『アノードバーニング』で!」

 「私は『アノードスカイ』でいいかな」

 「俺は『アノードグラファイト』で。グラファイトが好きだから」

 「それでさ、巨人形態なんだけど、フランス語で『虹色』のイリゼを入れて、アノードイリゼってどう?」


 三人は歓迎のスタンプを送り合った。僕らには、あやめのこの提案を断る理由なんてなかった。


 その後、僕らは再び仮想空間「VILLAGE-THREE」に集まり、今回の戦いぶりを振り返った。


 「ようやくヒーローらしくなってきたな」

 「そうね」

 「もっと強い敵も現れるよな。きっと」

 「その時はその時でどうにかなるよ」

 「私もそう思う!」

 「俺たちならなんとかなる……か」


 ……僕たちが戦いの余韻に浸っている時、微かに誰かの気配を感じた。この時は部屋の空調がこちらを向いただけかと思ったが、本当はこれから始まる戦いの序章だった。


 数分後、全国ニュースである事件が報じられた。


 ——20歳のインフルエンサー、一般人を侮辱した疑いで逮捕状が出る。


 まるで戦いが終わったかのようにはしゃぐ僕らだったが、すべてはまだ始まってすらいなかったのだ。

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