解決編
昭和五年。
奇しくもこの年、民俗学者・柳田國男が『
左前光蔵。
サマエコウゾウ、と読む。
この男、振る舞いは
「埋めたって!? 阿呆か、お前たちは!」
これである。
農地はならされ、ビルヂングが建ち、かつての面影もない府中町で、頭の先から足のつま先までもが時代の遺物のような着物姿の
「阿呆ではありません。僕の家が井戸を埋めたわけではないし、埋めたのは玉房家です」
「知っている! そのくらい調べていない私だと思ったか、だから阿呆なんだ!」
ふん、と男は鼻をならす。僕はこれを玄関に上げたことを後悔している。
「井戸というのはムラの中心だろう。この
息を吐く。そして吸う。
「そして、その阿呆たちのせいでまた私は本を書けない!」
自分勝手か。
自分勝手が左前に服を着て歩いている男だな、と思う。左前に服を着ても、右にならえとは聞かない男だろう。
「気が済んだなら帰ってください。それにあなたも学者なら、迷信だなんて
「
男の目の色が変わる。
「
彼はなんとなしに――そう、まるで世間話のような気安さで――事件の真相を語る。
僕は絶句した。
「当然の帰結だ。動機があからさまな人物が二人いて、たまたま同じ時刻に過ごしていただと? ならこの二人が共犯者なんだよ。互いが互いの
「迷信深い馬鹿どもよりは利口だった
「まず事前に井戸でまつと密会の約束をし、頭を殴って気絶させた。
「そしてツルベからツルベ縄を切り、まつの身体を縛り
「そして二人はある道具を用いて、まつを墜落死に導いたんだ。
「この伝説のあらましを聞いたとき、どうにも引っかかった。ツルベ替は各家でよった縄を集めてツルベ縄をよる行事だ、ならばなぜ五、六倍もの余計な長さの縄ができる? これは凶器とするために用意した縄だったんだよ。
「井戸の半径は約十五
「そして二人は縄を持ってそれぞれが対角になるように立つと、互いの位置と、縄の張りを保つようにしながら、二人でまいまいず井戸の通路を
「通路を登りながら、常に縄が張るように調節していくと、浅一と藤吉が地表に立つ頃、縛られたまつは井戸屋形の真上に宙吊りになることになる。人体で最も重い部位は頭部であり、自然、頭は下に向く。
「こっからが勝負だ。二人は合図を決め、息を合わせて二重縄の輪を切る。このときに片端は離さないように腕に巻いておく。切れた縄は脇腹の輪を滑っていき、まつは地上十四
「あとは音を聞きつけた下女が駆けつける前に、縄を巻いて回収しながら逃げる。縄を巻けば狭い裏口を通ることもできるわけだ。まったく――
「
こう結んでみせた男の姿に、僕は悔しいが
そう。
この事件こそが後に僕が記すことになる、左前光蔵の最初の事件になったのである。
(了)
武蔵野探偵奇譚 ~まいまいず井戸の殺人~ 秋野てくと @Arcright101
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