第2話 馴れ初め
まだ、俺たちが生まれる前の話。
結奈の父親と俺の親父は学生時代からの親友で、社会人になってからも結婚してからもずっとその交友は続いていた。
そんな彼らがある日、互いに子供を授かったお祝いにと飲みに出かけた時に約束をした。
生まれてくる子供が男と女なら、結婚させよう。
なんとも無責任にして無謀な約束だ。
ちなみに言い出しっぺはうちの親父だとか。
そして見事に空気を読んだ俺たちは、きっちり男と女でこの世に生を授かった。
◇
奇しくも誕生日は一日違い。
俺の方が数時間だけ早く生まれた。
しかしこの忌々しい奇縁は、やがて俺を苦しめる呪縛となる。
物心ついた頃から彼女はずっと俺の隣にいた。
家もご丁寧に隣同士とあって、いつも彼女はうちに遊びに来て、ずっと俺と遊んでいた。
互いの家族とも交流は深く、よく神木家と式神家で旅行にいったりバーベキューをしたり、海にいったり遊園地にいったりと、まあよくも飽きないなと思うほどに親同士はずっと仲良くやっていた。
それに、小さい頃の結奈は可愛かった。
控えめで、いつも俺の後ろをついてくる彼女は俺のことを「さーくん」と呼んではニコニコと。
そんな彼女が将来のお嫁さんになるんだと、親父に初めて聞かされて、その意味を理解したのは小学校四年生の頃だったか。
素直に嬉しかった。
結奈とずっと一緒だと、そう思うとワクワクして、ドキドキして眠れない日々が続いたのを覚えている。
だから多分初恋も結奈だ。
小学校六年生の時なんかは、クラスのみんなの前で堂々と、「俺たち将来結婚するから」なんて言ってたのが本当に痛い思い出。
いや。思い出なんていいものではない。
ただの黒歴史だ。
まあ、そんな俺と結奈は、もちろん同じ中学に進学し、そこでも毎日仲良くやっていた。
中学生当時の彼女は、少し今の片鱗を見せながらもまだ控えめで、メガネをかけた優等生キャラといった感じだったか。
どちらかといえば、あの頃目立っていたのは俺の方。
でも、結奈という許婚がいるからと、多分二度と訪れないであろうモテ期を無駄に消費してしまった。
そしてあの日。
みいを助けたあの日。
俺は走れなくなった。
もちろん飛び出した猫を責めるつもりも、普通に前を見て車を走らせていた運転手を責めるつもりもないし、誰も責めるつもりはなかった。
ただ、運が悪かったのだとわかっている。
みいにとっては幸運だったろうが。
俺は救急車で運ばれてあえなく入院。
皮肉なことに、陸上の全国大会に出場するたった三日前の出来事だった。
入院した俺のところには、結奈が毎日甲斐甲斐しく世話をしに来てくれていた。
優しかった。俺のために泣いてもくれた。
それなのに。
それなのに、走れなくなったことで塞ぎ込んだ俺は、彼女の優しさを受け入れるだけの器量も気力もなく、彼女を遠ざけた。
拒絶にも近いものだった。
ひどいことを、言った。
それでもしばらくは、結奈は俺のところにやってきた。
ずっと果物の皮を剥いてくれた。
そして、見え見えの狸寝入りをかます俺にいつも、「早くよくなってね」と声をかけて帰る毎日。
でも、そんな彼女に俺はまたひどいことを言った。
そしてその後、結奈は病院に来なくなった。
まあ、当然のことだった。
それからまたしばらく、姿を見せなくなった結奈と連絡も取ることなくボーッと病院のベッドの上で無駄に時間を浪費した。
そんな俺も、やがて退院。
もう寒い季節になっていた。
その日は、気まずくて結奈に報告に行くなんてできなかったけど、どうせ次の日に学校で会うだろうなんて、そんなくらいにしか考えていなかった。
そこで謝ろうと、そう思っていた。
そして退院した翌日。
まだ痛む足を引きずりながら学校に行くと、もちろん結奈は学校にいた。
いたがしかし、それは俺の知っているかつての彼女ではなかった。
「ああ、神木君?退院したんだおめでとう」
汚らわしいものを見るような冷たい目で、俺を見ながらそう言った。
その様子に、最初は冗談か何かかと、笑っていたのも束の間。
「話しかけないで、目障りだから」
と言われて、ようやくそれが本気かどうか理解できた。
彼女は俺が入院している間に変わってしまった。
いや、俺が変えたのだろうと、それはわかっていた。
そこからの彼女の変貌っぷりは凄まじく。
メガネをコンタクトに変え、短めの髪を伸ばしはじめ、少し化粧を覚えて、おどおどした態度まで一変させた。
最も、そうなる頃にはもう中学三年生も冬の時期。
受験で忙しくなった同級生たちからは、最近雰囲気が変わったね、くらいの反応だったが。
高校に入って今のキャラが確立する。
クールで、美人で、頭もよくて運動もできて。
その上で元来待ち合わせる人見知りな部分すらも武器に変え、クーデレなんていうよくわからない呼ばれ方をされ、信仰を集めることとなった。
さて、それでもなお、俺と彼女はなぜ絶交しないのか。
許婚のままなのか。
一度は決裂した。
俺と結奈は確かに離れた。俺は彼女に話すこともやめて、距離をとった。
そのまま、俺たちの関係は終わるのだと。
そう思っていたが、去年の夏の終わり。
俺たちはまた悪戯にこの奇縁を押し付けられた。
「ただいま」
「あら、おかえり悟君。今日はみんなで焼肉よ」
最悪のクラス替えに最低の自己紹介と、うんざりな半日を終えた俺が学校から帰ると、出迎えてくれたのは結奈のお母さん。
式神つぐみさん。
もちろん家を間違えた、なんてオチはなく、俺はたしかに自分の家の玄関を開けたはずだ。
なのにこれ。
「あの、今日は俺」
「結奈は一緒じゃないの?あの子、早く帰って家のこと手伝いなさいって言ってるのに。ごめんなさいね、悟君。あんな子だけど、ちゃんともらってあげてね」
「はは……」
式神家からすると、俺は既にお婿様。
本当の息子のように、俺のことを思ってくれている彼女らには、まだ俺たちの仲を言い出せずにいる。
更に。
つぐみさんは今、何もうちに遊びに来ているわけではない。
「さてと、とりあえず学校疲れたでしょ?お茶でも飲む?さあやももうすぐ帰ってくるだろうし」
さあやとは。
俺の母のことである。
神木さや。
二人もまた、学生時代からの親友で、今でもめちゃくちゃ仲がいい。
だからどうしたと言うのはまだ早い。
嫁同士が親友で、自分たちも親友で、更に子供同士は許婚だからと言う理由から、父はとんでもないことを提案し、我が家はとんでもないことになった。
合体した。
隣同士の家が。
どうせ結婚して親族になるんだからと、俺が入院している間に勝手にそんなことを計画していたそうで。
去年、大掛かりな工事を始めて神木家と式神家はひとつになった。物理的に。
いわゆる二世帯住宅みたいなやつの完成だった。
だからここは、俺の家でもあるし結奈の家でもある。
つまりは同居しているというわけである。
それぞれの家がある程度分かれて暮らせるような設計にはなっていて、共同スペースと玄関以外は風呂トイレが各家族ごとに用意されている。
だというのに、俺と結奈の部屋だけはなぜか、隣同士にされた。
これも俺たちを思ったのこと、だそうだけど。
「お茶はいいですよ。部屋に戻るんで」
いくら仲がいいといってもやり過ぎだ。
何も伝えず、去年の夏に急に工事が始まったことでその事実を初めて知った俺は、随分と親に文句を言ったけど、それでも一切疑うことのない様子で、「結奈ちゃんと結婚した時にその方が楽だろ?」なんてお気楽に言う親父に、俺は何も言えなかった。
まあ、親父の性格を理解しながらも結奈とのことを言えずにいた俺も俺だが。
結奈も結奈だ。
八方美人なあいつもまた、うちの親に何も言えず、自分の親にすら、この関係を壊すのが悪いからと、俺とのこじれた仲を黙ったままにしている。
「ただいま」
部屋に戻ってゆっくりしようと、階段を上がろうとしたその時にちょうど、結奈が帰ってきた。
「……」
「なに?人の顔をジロジロ見るのがあなたの趣味かしら。随分と陰気くさいのね」
「人の顔を見たら毒を吐くのが趣味のお前よりはマシだ。いちいちつっかかってくるな」
「じゃあ見ないで。落ちこぼれがうつるから」
顔を合わせたらこうなる。
だからさっさと部屋に帰りたかったのだが、間が悪かった。
いや、俺が悪い。
それはわかってはいるけど。
「……じゃあな。今日、焼肉だと」
「そう。せっかくの美味しいものが誰かさんのせいで台無しね」
「ああ、食うデブなんて呼ばれてるやつは食べるのだけが楽しみだもんな」
「へえ、あなたって耳まで腐ってたんだ。もう一回入院したら?」
「なんだと!?」
「ふん。じゃあ、シャワー浴びるから覗かないでね、変態ぼっちさん」
こういう時、先にムキになった方が負け。
結奈は俺をあしらうように、フンといって奥に消えていった。
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