隣の席のクーデレな幼馴染は、絶対に俺にデレることはない
天江龍(旧ペンネーム明石龍之介)
第1話 隣の席の美人
「
この一言にクラスが沸いた。
正確にはクラス中の男子という男子が、悲鳴にも似た歓声をあげた。
これから一年間を共に過ごすクラスメイトへのただの自己紹介。
それだけでここまで騒げる連中にも感心するが、それだけのことで大勢を歓喜の渦に巻き込む彼女も、まあ、よくやる。
挨拶を終えて、ピンと背筋を伸ばしたまま優雅に自分の席に戻る彼女こと式神結奈は、見ての通り学校の人気者である。
長い黒髪は彼女の品の良さを伺わせ、長いまつ毛を備えた大きな瞳に魅入られると誰もが赤面し、その小さな口から彼女が言葉を発すると、誰もが幸せな気分になるという。
そんな彼女についた敬称は『深窓の麗人』。
誰がつけたか知らないが、まあ、よくいったものだ。
ただ、彼女が人気者である所以は、見た目が美しいというだけではもちろんない。
学業も優秀。学年でいつも上位一桁に入るその頭脳は、進学高である我が校のガリ勉達から尊敬されるには十分すぎるものである。
加えてスポーツ万能。部活動こそ何故か運動部ではないが、体育祭やマラソン大会で見せた脚力、球技大会で見せた抜群のセンスは見るもの全てを魅了した。
文武両道がモットーであるこの学校で、その二つを兼ね備えた彼女は当然のように皆の憧れの的となる。
ただし、彼女がここまでの、ある意味異常なほどの人気を誇るのは、ただ文武両道だからというだけではない。
彼女のキャラ。
人間性、とまでいえば彼女の何を知っているのだと非難を浴びそうなのでキャラと呼ぶが、式神結奈は、俗に言う『クーデレ』キャラとして、その地位を確固たるものとした。
普段はもちろんクールだ。
席についた今だって澄ました表情で、何があっても眉ひとつ動かさず、見た目を裏切らない冷静沈着な態度でいる。
しかし。
「式神さん、俺、ファンなんです!あの、よかったら友達になってくれないですか?」
早速、彼女の前の席に座る男子が声をかけると。
「え、ファンだなんて、そ、そんな……ええと、う、嬉しい、です」
照れる。
非常にわかりやすく照れる。
白い頬がポッと赤くなり、さっさまでの凛とした彼女はどこいったと言わんばかりに体をよじらせながら、照れる。
これが皆にとっては、たまらなく可愛いそうだ。
一見気難しそうで、人を寄せ付けないオーラを纏う彼女が、人と接する時に見せるこの態度。
これこそが、式神結奈の人気を不動のものにしている最大の理由である。
さて、そんな彼女と同じクラスになり、しかも席まで隣になるという学校中の男子から恨みを買いそうなほどの幸運に授かったにも関わらず、照れる彼女を人ごとのように考察しているこの俺は一体何者か。
まあ、何者でもないといえば幾許か哲学的に聞こえるかもしれないが、ちゃんと
当たり前だが彼女のクラスメイトである。
しかしさっきの何者でもないという例えは、案外的を得ているかもしれない。
そう、この学校での俺は何者でもない。
勉強は底辺、学校唯一の帰宅部、そして彼女はおろか友人すらも、一年以上高校に通ってもなおいないという、周りから見ればまるで無である俺は、人気者でもなく、別に嫌われ者でもない。
特に何か欠陥があるわけではないと、少しだけ自分のことを擁護させてもらうけど、俺は中学の時は結構勉強ができた。
それにスポーツだって。
特に足が速く、陸上の短距離で二年生の時に全国大会に出場するほどの実力者だった。
そんな俺はむしろ自信に満ち溢れていた。
ただ、事故にあった。
交通事故。
運が悪かったともいえるし、自損事故ともいえるものだった。
中三の夏休み、車の前に飛び出してきたバカを助けようとして、車に撥ねられて思いっきり足を骨折した。
全治半年の怪我と言われたが、しかしギブスがとれたあとも痛みは残り、走ることがままならなくなった。
まあ、そのバカというのが美人な同級生や、可愛い後輩や、まだ知り合う前の美女転校生だったなんてラブコメな展開であれば俺の人生も足一本で薔薇色になっただろうが。
助けたのは猫である。
その猫は今、俺の家で飼われている。
名前は『みい』。みいっと鳴くからみい。
どうしてうちにきたのか、経緯はまあ後ほど。
とにかく今は俺の部屋に居座って、毎日呑気にグダグダやっている。
ちなみにメス。
だからやっぱり猫じゃなくて、謎の美女ミイ子さんが助けられたお礼にと俺の部屋に転がり込むなんて展開なら……って考えても仕方ない。
まあ、可愛いから癒されてはいるし。
少し話が逸れたので脈絡もクソもなく話を戻すが、とにかくそんな俺は、そこからやる気というものを一切無くした。
それまでの貯金でなんとかこの学校に入ることはできたけど、勉強なんてやらなくなった俺は、もちろんすぐについていけなくなった。
いつも体育は欠席だし、そんなくせして勉強すらできないというダメっぷりはどんどん頭角を現し、すっかり落ちこぼれになっていた。
落ちたせいで性格まで歪んだ。
卑屈になった。
どんな楽しそうなイベントも、どんな美人も、どんなスクープも、所詮俺には関係ないからと、いちいち反応することすらなくなった。
だから学校一の人気者を見たところで何とも思わない。
隣になったからといって、だからなんだという話だし、はしゃいだところでどうしようもない。
それに実は一年生の時からクラスが一緒だったから、今更彼女が同じ教室にいたところで特別驚くほどでもない。
もちろん、彼女に用事があれば話しかけはする。
いや、用事があったわけではない。
必要があっただけ。
ただ、朝のホームルームにて担任の気まぐれで、隣の席の人間に改めて自己紹介をしてから、雑談をして仲良くなれだなんて、先生が楽をしたいだけという魂胆が丸見えの指示を出してきたので、それに従って彼女に話しかけるだけ。
「はじめまして、神木悟です。」
さっきも皆の前で同じことを言った。
一言一句かわらない簡素なものだが、それ以上話すこともない。
「式神結奈です。よろしくどうぞ」
これもさっき聞いたのと同じようなものだ。
まるでロボットのように機械的に、淡々と名乗った彼女は、目も合わさずに続ける。
「一応、まだ学校には来るんだ。落ちこぼれのくせに」
「ああ、おかげさまで。そっちこそ、相変わらずお嬢様ごっこをよく続けるもんだ」
「別に。私はありのままの自分をさらけ出してるだけ。あなたと違ってね」
「俺は猫かぶってなんかいねえよ。庇ったりはしたけど」
「意味のわからない冗談言わないで。ほんと、そういうところが昔から変わらず不快ね」
「そっちこそ、チヤホヤされて調子に乗ってる姿、結構キツイぞ」
「はじめましてだなんて、ほんと皮肉まで下手なんて救いようがないわね」
「救ってくれなんて頼んでないだろ」
「揚げ足をとらないで」
「どっちが」
他のクラスメイトが皆立ち上がったまま各々の自己紹介で盛り上がる中、俺たちは互いに「ふん」と顔を逸らして席に着いた。
その様子を訝しげに何人かが見てきたが、もちろんクーデレな式神は、「わ、私がちょっと疲れただけです」なんて、照れた様子で誤魔化した。
そして俺を冷たく睨みつけると、さっさと教科書を開いて視線をそっちに向ける。
そう、俺たちは旧知だ。
こいつのことは昔からよく知っている。
腐れ縁、幼馴染、ご近所さん。
まあ、色々言い方はあるだろうが。
神木悟と式神結奈は。
許婚である。
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