第23話-2 私の気持ち
♥
パスタを食べたい。
そんなことを、聞こえるようにわざとらしく呟いたのは私なりの必死のアピールのつもりだった。
でも、これくらいしか言えない。
一緒に食べにいこうなんて誘いに、自然な流れでいいよとは言えない。
もうずいぶんと、不自然に、無理やりに、反対を向いてきた私が今更、彼の目を真っすぐ見て何かをいうことはできないかもしれない。
でも、今日しかないとも。
今、こうして彼との距離を少しだけでも縮められている今しか、素直になるタイミングはないのかもしれない。
溝は簡単には埋まらない。
それだけ私は、彼との関係に随分な亀裂を生んできた。
でも、それを埋めようと。
努力することはできるかもしれない。
もし、彼が私に対して、好きとかではなく単なる同情しか持っていなくとも。
それでもまだ彼はここにいる。いてくれている。
それがどんな理由であったとしても、私の傍にいてくれる。
だから、今日彼を突き放したらそれこそ。
もう溝は埋まることがないのだと、それくらいはわかる。
加藤さんとだって。
今はああ言ってるけど、先のことはわからない。
多分二人は結構気が合うのだと、見ててわかる。
私みたいなのより、ああいう女の子らしい子と付き合った方が、悟は自分を出せるような気がする。
でも。
それが嫌だと思ってしまう。
素直におめでとうとも、よかったねとも思えない。
やっぱり嫌だ。
悟が誰かにとられるのなんて、見たくない。
今までは勝手に彼が塞ぎこんで、女子と仲良くしてもいなかったから、そんな風には思わなかったけど。
多分悟は、もともと優しいし頭もいいから、それをわかってくれる子が見つかる。
でも、それでも、彼の隣には自分がいたい。
痛くとも、苦しくとも、辛くとも。一緒にいたい。
だから今日は、素直になろう。
素直に、彼との食事を楽しもう。
◇
夕陽が落ちた。
そろそろ、彼を誘いにいっても、いいかなと。
ドアをノックして、悟に声をかけた。
「ねえ、起きてる?」
こうやって聞くのもしらじらしい。
悟は昼寝とかあまりしないタイプだし、私が思わせぶりなことを言ったから、きっと待っててくれていると思ってきいてる。
でも、扉越しに、声だけだと少しだけ素直になれる。
だから自然に、彼に声をかけることができた。
先に玄関で待つ間も、ずっとソワソワしてる。
こうして悟と二人で出かけるなんて何年振りだろう。
また、顔を見て意地を張らなければいいけど……
「お、おまたせ」
「……」
……ダメだ、やっぱり愛想笑いもできない。
でも、せっかくのお出かけだ。
せめて喧嘩だけはしないように。
それだけを意識して、道中で出た言葉が「休戦」とは。
一体なにと戦ってるのだろうと、我ながら呆れる。
でも、なんとか店に。
見ると、悟が私のために一生懸命店を探してくれていたことがすぐにわかった。
私はパスタが。それもカルボナーラが大好物。
そしてこの店の看板メニューがまさにそれ。
見た瞬間、涙が出そうだった。
思わず、はしゃいでしまう。
でも、やはりこんな自分を悟の前で出すのは恥ずかしいと。
いや、図々しいと。
だからまた、静かになる。
すると彼が言った。
無理をしてないか、って。
随分と、無理をしてきた。
無茶をしてきた。
無駄なことをしてきた。
それに、彼をずっと無碍にあしらってきた。
ひどいなんてものじゃない。
傷ついて、辛い思いをしている彼に対して。
心無い言葉を浴びせ続けた。
最初は軽いものだった。
無視したり、敢えて名前で呼ばなかったりと冷たい態度を示す程度。
でも、そんなことでは悟は見離してくれない。
私にかまってきて、でも私の顔を見ると苦しそうで。
だから意地になってどんどん態度がエスカレートして。
言うこともひどくなって。
多分その度に彼は傷を負っていたと思う。
それなのに、彼はいなくならなかった。
どこにもいかなかった。
今、ここにいる。
そしてこんな私にむかって。
「ごめん」
と。
謝らないといけないのはこっちなのに。
悪いのは私なのに。
彼は何度も謝ってきた。
でも、私は謝れない。
ごめんなさいと。
その一言がなかなか言えない。
言って、それでどうなるのかと考えてしまう。
その一言で全てなかったことにしてほしいと、お願いしてるみたいで言えない。
それに、彼はまだ私に言いたいことがあるようだ。
それは多分、私に対する気持ち。
私が訊こうとしてこなかった、私への気持ち。
悟は緊張するといつも唇を噛む。
それも昔と変わらない。
多分、頑張って私に思いを伝えようとしてくれている。
でも、今は訊かせてほしい。
そう思った時に料理が運ばれてきた。
とても美味しそう。
私は正直、写真を撮って彼に見せて、はしゃいでみたりしたかった。
そういう関係で、彼といたかった。
でも、そうもできず。黙々と食事が進むだけ。
悟の方を時々見ながら、淡々とパスタを口に運んで。
食べ終えた時、私はさっき途切れた話の続きが気になった。
まだ、私の事を好きでいてくれているのか。
それとも、もう嫌いで仕方ないのか。
許嫁だから、仕方なくここにいるのか。
どんな答えであったとしても、私は受け入れたい。
今までは、嫌いと言われるのも怖くて。好きといわれることも受け入れる覚悟がなくて。
ずっと避けていたことだけど。
本来なら、私の方が言わなければいけないことなのに。
いつも彼の方から言わせてばかりだけど。
でも。
訊かせてほしい。
「私のこと、好き?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます