第18話 今はまだ
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結局結奈は屋上には来なかった。
もう、日が沈む。
このままここに締め出されたのではたまらないからと、俺は急いで暗い校舎を降りていった。
結奈の姿も探してみたが、どこにもいない。
もう帰ったのだろうかと、俺も家路を急ぐ。
すると、学校の近くの喫茶店で結奈と飯島が、楽しそうに話しているのを見つけた。
あの二人が何を話しているのかはもちろん聞こえない。
でも、結奈も普通に話してる様子だったのでそっとしておこうと、その場を去った。
しかしそこを離れてしばらくして、胸騒ぎが起きる。
加藤に言われたことを思い出す。
飯島は結奈に執着している。
その言葉がひっかかり、俺は夜道を走って引き返した。
飯島は、一度結奈を襲おうとしていたやつなのに、何を拗ねて無視したんだと。
なんであの時、喫茶店にいるあいつに声をかけなかったのかと後悔した。
必死に結奈を探した。
すぐに引き返したがさっきの喫茶店にはいない。
でも、そう時間は経ってないからまだ近くにいるはずだと、また必死で走った。
そして、走っている時にわかったことがあった。
走れる。
その事実に俺は、一度足を止めた。
まだ痛みはするが、それでも俺は走ることができていた。
必死だったからというのもあるが、しかし、足が動く。
その少し痛む膝を見ながら、走れなくなったなんて喚いて、勝手に結奈を恨んでいた自分が急に情け無くなる。
結局悲劇のヒーローを気取って、自分の言ったひどい言葉を正当化しようとして、結奈を傷つけていただけなんだと。
もう一度ゼロからやり直す勇気がなくて、結奈に罪の所在を押しつけて、楽をしていただけなんだと。
……多分、簡単なことだったんだ。
もう一回ゼロからやってみるから、支えてくれって、言えばよかったんだ。
許婚のままでいてほしいと、そう伝えたらいいだけなんだ。
ああ、だから。
結奈を探さないと。
◇
「結奈!」
喫茶店からほどなくした裏路地で声が聞こえ、向かってみると結奈がいた。
飯島に迫られて、今にも泣きそうなのが暗い中でもはっきりわかる。
「さー、くん……」
「おい、邪魔するなよ毎回毎回。お前、式神のストーカーか?」
「……襲われてる女子を助けるなんてベタなイベント、二回も経験しなくていいんだけどな」
「おい、聞いてるのか?」
「飯島。お前さ」
小さいな。
俺はバカにしたように言った。
別に煽るつもりもなかったが。
嫌味の一つくらい、いいだろうと。
「な、お前」
「そんなんだから、こいつに相手されないんだよ」
「殺すぞ!」
「……その手離せよ」
「お前に関係ない。こいつと付き合ってもないんだろ?」
「付き合ってない。でも、今はまだ大事な許嫁だ」
俺は喧嘩も強くない。
ここで飯島とやりあってもどうなるかわからない。
でも、だからといって結奈をどうされてもいいわけがない。
「許嫁? 何言ってんだ」
「なあ飯島、お前がやってることは犯罪だ。離さないなら警察呼ぶぞ」
「は? 俺はこいつに告白してただけだ。何を証拠に」
「……結奈、どうなんだ?」
「たす、けて……」
「ちっ」
飯島はつまらなさそうに手を離して、また鬱陶しそうに言う。
「なんだよお前ら。まじでウザいな」
「お前こそ、しつこいなんてもんじゃないな。そりゃあ彼女にもバカにされるはずだ」
「なんだと?」
「いいのか? やるならお前を徹底的に追い込むから、覚悟しとけ」
「……くそが」
飯島は、そばにあったゴミ箱を蹴り飛ばして、そのまま路地を抜けて姿を消した。
その様子を確認してから結奈をみると、震えながらこっちを。
大きな瞳を潤ませながら見ていた。
「……結奈、大丈夫か?」
「な、なんで……?」
「気になったから。結奈が、飯島と飯食ってるとこ、見ちゃったから」
「だからって……私たち、もう何も関係は」
「ある。今はまだある」
「自分が……許婚やめようっていったくせに」
「言った。でも今はまだ許婚だ。わがままだけど、許嫁を放ってなんかおけない」
「わがまますぎるわよ、それ。憎いんでしょ、わたしのこと……」
「ああ、そうだ。でも、それでもやっぱり俺は……。いくら憎くても、俺はお前が」
「……ずるい」
「……」
涙目のまま、少し困った様子で俺の言葉を結奈が遮る。
ずるい、か。
まあ、そう言われて当然だ。
自分で蒔いた種だというのに、自分で勝手に悩んで拗らせて。
そんな様子を結奈に見せつけて困らせておいて、さらに許嫁はやめようなんて潔い男を演じようとして、関わらないようにしようとしても最後まで続かず。
こんな風になって、やっぱりなかったことになんて言うのは、ずるいよな……。
「ごめん」
「いえ。わたしこそ、ごめんなさい……」
「なんで結奈が謝るんだ」
「……だって、約束すっぽかして、こんなことになっちゃって」
「結奈のせいじゃない。悪いのはあいつだ」
結奈は、いつになく目が泳いでいる。
恐怖と、申し訳なさとでどうしたらいいかわからないといった様子だ。
そんな彼女を慰めようと、言葉を選んでいると結奈の方から。
少し震える声で尋ねてくる。
「……ねえ、もう少しだけ、許嫁のままでいてくれる?」
「え?」
「だから、……飯島君が何するかわかんないし……許嫁なら、守ってくれるんでしょ? だったら……悟が、いやじゃなきゃだけど」
「結奈……?」
「だって、あんなことされたら怖くて学校いけないし。一応、守ってくれる人がいないとだし……」
「それで、いいのか?」
「し、仕方なしだもん……それより、今日も先に帰るの?」
「え、いや、それは」
「夜道に女子を一人置いて帰るなんて、やめてよね。ちゃんと家まで送って」
「当たり前だろ。帰ろう、結奈」
「……うん」
このあと、結局結奈は一言も発することはなく。
俺もまた、結奈に何も言えず。
二人で家に帰り、それぞれの部屋に戻っていった。
部屋に入ると、みいは窓際で眠っていた。
俺も、ぐったりしたようにベッドに寝転ぶ。
結奈が無事でホッとしたというのがまず。
でも、言いたいことは少ししか伝えられなかった。
それでも許嫁はとりあえず継続となった。
あんなことがあったから、怖くて俺に頼るしかなかっただけだとしても。
いまはそれでいい。
明日からは、もっと素直になれるように努力しよう。
結奈に、ずっと許嫁でいてもらえるように。
♥
……最悪。
私のバカ、アホ、まぬけ、死んだらいいのに!
何あの態度……
ずるいってなによ、それ……。
それに、さーくんの言葉を遮っちゃったけど、あの後何を言おうとしてたんだろ?
やっぱり私の事をまだ……あー、なんでちゃんと聞かないよの私のバカ!
怖かったって、素直に泣きついたらいいのに。
ほんと、怖かったんだから……。
……でも、許嫁は継続できた。
そうだよね、今はそれくらいで十分だよね。
はぁ……私ってどうやったら素直になれるんだろ?
さーくんを見ると、自然とスイッチが入ってしまう。
長年の習慣みたいに、この冷血女が身についてしまってる。
……とりあえず、寝よう。
起きて、みいの様子見に行くふりして。
明日また部屋に行こう、なんて……。
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