第10話 捨てきれない弱さ


 悟と話をした後の記憶はほとんどない。

 私は部屋に戻ってすぐ、ずっと泣き続けてそのまま夜を迎えて、腫れた目を見られたくなくて一歩も外に出ず。


 そのまま眠りについて朝を迎えた。


 朝早くに私は、ひどく腫れた目元を隠すために昔の眼鏡をかけて学校に向かう。


 そしていつものように校舎裏に潜んで、ひっそりと読書をしながら時間を潰す。


 多分そろそろ悟が教室に着いた頃だろうなって思っても、会いにいくことができない。

 会っても、話すことがない。

 彼は私を憎んでて、好きでもなんでもなくて。

 

 かつての私が望んだ結果になった。

 もう、以前の彼はいない。


 だからそれでいいんだと、言い聞かせるようにして、ため息を吐いて、また泣きそうになるのを必死にこらえて。


 始業時間の前になり、教室へ行く。


 すると、一斉にクラスメイトが私を見る。

 席に着いて外を見る悟以外の全員が、驚いた様子で私を、じっと。

 今までとは違った、そんな視線を向ける。


「あ、あの……」


 私が何事かと訊こうとすると、今度は一斉に目を逸らす。

 眼鏡をかけていたからびっくりした、なんてもんじゃない。

 そんなにひどい顔をしてたのかと、窓ガラスに映る自分の顔を確認してみたけどそんなに変わった様子もない。


 これは一体何なのか。

 不思議に思いながら席に着いた私は、その理由を次の休み時間の時に嫌でも知ることとなった。



「なあ、式神さんってラブホいってたんだろ?」


 クラスの男子が数人、話しかけてきた。

 内容はそんなことをひたすら。私はもちろんなんのことかわからず。


「い、いってない、けど?」

「またまた。飯島君といるところ見たってみんな言ってるし。やったんだろ?なあ、俺たちとも遊んでよ、いいだろ?」

「え、いや、あれはちがうの……」

「いいじゃんいいじゃん、放課後行こうよ。フッた男ともヤるなんて式神さんも結構好きなんだな―しかし」

「あ、あの……」


 私は助けを求めてクラスの女子を見た。

 しかしみんな、私から目を逸らす。


 そして男子たちは私にずっと、やらせろとかそんな話をずっと。

 私はなんのことかわからずにただ口籠った。


 そんな時。


「おい、うるさい。まじきもい、死ね」


 悟が、声を発した。


「は? 誰お前、邪魔すんなよ。何何、お前も式神さんとヤりたいの?」

「こんなブスこっちから願い下げだ。でも、やってもないこと言いふらすのもそれ信じてバカみたいなこと言ってるやつも嫌いなんだよ。死ね、バカどもめ」

「おい、お前言いすぎだろ?ちょっとこいよ」

「……ああ、わかった」


 悟が私に絡んでいた数人に連れられて外に。

 その様子を心配になって追いかけようと思ったけど、怖くて体が動かなかった。


 なんで……私を庇ってくれたの?



 廊下って冷たくて気持ちいい。

 だから昔はよく廊下に寝そべってひんやりするのが好きだった。


 今考えたら汚いよな。

 ほんと、小さい頃に考えてたことってよくわかんねえよな。


 今、三人がかりでボコボコにされた俺は廊下の踊り場で寝そべっている。

 いや、倒れたまま動けないってだけだが。


 でも、なんであんなこと言ったんだろう。

 単純に嘘の噂で絡まれる人間を見過ごせないから?

 単にあんな連中が嫌いだったから?


 ……違うな。やっぱり結奈が困ってたから、だろう。

 あいつは昔っから頭がよくても頼りない奴だった。

 だからいつも俺が傍にいたし、守ってやってないとすぐに絡まれて困っていた。


 でも、あいつは変わってしまってから強くなった。

 なった気がしていた。


 堂々と、それでいて誰もに好かれ、俺が心配する必要なんてもうないと、そう思っていたけど。


 でも、そうじゃないんだ。

 あいつは何もかわってはいない。

 変わったのは俺だ、俺が嫌な奴になっただけ。


 あいつは多分、生徒会長をフッた件でいじめにあってる。

 誰が主犯かは知らんが、飯島本人か、この前一緒にいた加藤あたりか、誰かがあいつの噂でも流したんだろう。


 ほんと、みんなよくやるよ。

 昨日まで散々クーデレだのなんだのって持ち上げておいて、スキャンダルが出たら途端にビッチ扱いか。


 でも、俺もよくやる。

 殴られてまでして、あいつを庇う理由なんてもう、どこにもないのに。


 関わらない方がいいとか、俺が言ったのにな。


 でも、あいつがいじめられてたらさ。

 ほっとけなくなるだろ。


 だから、前みたくみんなの人気者で、俺なんか見向きもしないで済むような、そんなあいつに。


 戻してやる手助けくらいは……怒られるだろうけど、それで最後にしたい。



 あの後、悟は戻ってこなかった。

 次の授業で先生が、「神木は休みか?」と訊いてきたけど誰も答えず。

 私も何も言えないまま、そのまま授業を受けた。


 そして昼休み。

 いつもなら友人と楽しく食事のはずが、今日は誰も私のところにはこない。

 代わりに他のクラスの男子が廊下から私を見ているのを感じて、逃げるように裏門のところまで走った。


 私は今、皆にいやらしい女だって、そう思われている。

 あっさりみんなの前で告白を断っておきながら、やることはやる最低な女だって、そう噂されている。


 でも。


 最低なのはその通りだ。


 好きな人を追い込んで、でも自分から突き放すことができず相手に言いにくいことを言わせて、そんな人がそれでもなお私を助けてくれたっていうのに、お礼どころか探しに行くこともせず。


 最低だ。みんなにそう思われても仕方ない人間だ。


 もう、このまま帰ろうか。

 そう思ったところで、裏門に人の姿が見えた。


「……悟?」

「何してんだよお前」

「あんたこそ……ってその顔」

「転んだだけだよ。お前が気にすることじゃない」

「またそうやって……気にするなっていう方が無理あるでしょ」

「お前が気にしたところで、謝ったところでこの傷は消えない。痛みも引かない。だから気にするだけ無駄だ。そうだろ?」

「……そうね、その通りだわ」


 彼が言いたいことは理解できる。

 私がいくら困ったふりをしても、申し訳なさそうな顔をしても、それは何の意味もないんだって。

 だから気にするなって。多分そういう意味でいってくれてるんだってことも、本当はわかってる。わかってるから、辛い……


「なあ、お前いじめられてんのか?」

「え? まあ、飯島君の件でしょうね、きっと」

「お前はそれでいいのか? 今のままで」

「いいわけないでしょ。あんな誤解、はっきり言って迷惑よ」

「じゃあ言えばいいだろ?」

「言えるわけない。私の話なんて誰も」

「じゃあ、手伝ってやるよ。多分どうせ、あの加藤って女の仕業だろ?だったら俺が言ってやる。それでいいか」

「ど、どうして?あんたには関係ないでしょ」

「俺の前であたふたされたら迷惑だから。だから早く人気者のクーデレとやらにでも戻って、みんなと仲良くやってくれ。それだけだ」

「……」

「まあ俺が勝手にする。それが終わったらもう終わりだ。じゃあ、俺は今日は早退するから」

「ま、待ちなさいよ。私のことが憎いならほっとけばいいでしょ。別に許婚とかそんなの、もう関係ないんだから」

「ああいう奴らが嫌いだからそうするだけだ。じゃあな」


 そう言って、悟はさっさと帰ってしまった。


 ……なんで優しくするのよ。

 なんで、なんで突き放しておいてかまうのよ。

 憎いとか、そんなこと言ってくるんだったら、だったら今の私を見て笑ってよ。

 

 その方がよっぽど、救われるのに……

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