第46話 夏が来る
「えー、もうすぐ夏休みになるけど皆さん、気を引き締めて」
加藤が。
生徒会長がそんな話を大真面目に壇上で喋っている姿を見ながら。
夏が来るのを実感する。
蒸し暑い季節になってきた。
六月の末。
期末テストを控えて、皆揃って勉強に頭を悩ましているこの時期に。
「この学校で刑事事件を起こした生徒四名は、退学となりました」
加藤の口から。
正式に、告げられた。
伏せるべき個人情報というものもあるだろうから、名前は読まれず。
ただ、急に付き合いのある人間が学校にこなくなって、何も説明がないのはおかしいと、加藤が先生に強く申し出たそうだ。
当然、退学になった連中が誰か、ほとんどの連中が知っている。
飯島翼。
あとはその取り巻き。
飯島がどうなったかについては、色んな噂を聞いた。
また事件を起こして逮捕されたとか、夜逃げしてるのをみたとか、なんか信憑性の低いものばかりだったけど、いい話は一切なく。
やがて、そんな話もされなくなり。
飯島がこの学校にいたという事実は、忘れ去られていく。
「さて、期末テストが終わったら海に行くわよ」
加藤が。
放課後すぐにそんなことを言ってくる。
「海って、この辺に海なんてないぞ」
「電車で行くのよ。ちょっと遠出するくらいいいでしょ」
「まあ。そういえば海とかいったことないよな、結奈」
「ええ、ないかも。でも、楽しそう」
そんな話で盛り上がる中に、谷口は入ってこない。
さっさと、他の連中と教室を出て行ってしまった。
「そういえば谷口とはうまくいってるのか?」
「え、ええ、まあ」
「なんだその反応は。まさか」
「な、仲はいいん、だけど……」
急に加藤が、顔を赤くしながら。
さっきまでのあけすけな態度を一変させる。
「喧嘩でもしたのか?」
「ち、違うの。あの、好きになっちゃって」
「へ?」
「それで、その、ちょっと気まずくて……で、でも今日もちゃんと夜会うんだよ? な、なんかあいつをこんなに好きになって、大丈夫なのかなあって」
加藤は。
また裏切られるんじゃないかということに、怯えていた。
飯島にも、いつか仲直りできる日が来るかもと期待していた分、その落差たるやすさまじいものがあったようで。
谷口のことも、好きになればなるほどそうじゃなくなった時のことを考えてしまう。
でも、それって。
「それくらい、今は谷口のことが好きなんだな」
「ま、まあ……優しいし、知り合ってすぐだけど、すごく気が合うんだ。なんか幸せだなって」
「麻衣、おめでとう。今度みんなでお祝いしないとだね」
「う、うん」
照れる加藤は、少し顔を赤くして。
その後、谷口が戻ってくると加藤に「一緒に帰ろう」と。
その言葉ににこっと笑う加藤は、俺たちのことなど見えてない様子で、さっさと彼の元へ走っていった。
「恋は盲目、か」
「なんか初々しいのもいいなあ」
「俺たちだって、付き合って間もないだろ」
「でも、さーくんとはずっと一緒だったから」
「だからなんだよ」
「だから。ずっと幸せだなって」
「……俺も」
思い返せば、ずっと結奈と一緒だった。
それが苦しいと思う時だって、確かにあった。
それでも、好きな人がずっと近くにいるというのは、届かないもどかしさはあったけど、不幸だとはやはり思えず。
考えてみれば、ずっと好きな人と一緒にいられるって、幸せなこと以外の何ものでもないよな。
「夏休みも、ずっと一緒だな」
「その前に勉強だよ? さーくん、頑張って追いつかないと」
「そう、だな。進路なんてもんも、ぼちぼち考えていく時期、か」
「おんなじ大学行けたら、同じ部屋に住みたいな」
「うん。でも、その前に俺は結奈に追いつかないとな」
勉強は中学で止まっててからっきし。
走ることも、やってはいるけど全力なんて程遠いもので。
そんな俺が結奈と同じ大学に行こうと思うと、相当な努力がいる。
でも、結奈と一緒にいる為なら頑張れる。
「夏休み、勉強教えてくれ」
「うん。一日中スパルタでやってあげる」
「はは、それじゃ遊べないな」
「休憩の時はイチャイチャするもん」
「せっかくだから出かけたりもしようよ」
「なによ、嫌なの?」
「そ、そうじゃないって」
「ふふっ。うそうそ、二人でも少し遠出したいね」
結奈は笑う。
俺も、今年の夏こそはいい夏になってほしいなと。
去年までの自分を思い返しながらそんなことを思い、少し空を見上げた。
◇
中学三年生の夏。
それは人生で最悪の夏だと思っていた。
事故。怪我。そして結奈と決裂。
今までやってきたことが、積み上げてきたものが全て崩壊した。
だからあの夏さえなければと、そんな夢を何度見たことか。
でも。
「みい」
「はいはい、ご飯やるからな」
あの夏。
みいと出会った。
今思えばだけど、みいのことも少し恨んでたりしてたと、思う。
それでもこいつがいれば、結奈が部屋に来てくれるからとか、話すきっかけを与えてくれるからなんて理由で渋々世話をしていたような感じだったと思う。
全く心が狭いというか。
助けておいて恨み言をいうなんて、ほんと器が小さい。
ただ、一緒にいて、今となってはみいがいない生活なんて考えられなくなった。
みいの命の代償が俺の足だとしたら、安いものだったと思えるようになった。
そしてみいは、ずっと俺と結奈を待ってくれた。
だからこそ今、こうして結奈と一緒にいられるんだと、それは間違いなく彼女のおかげだと言い切れる。
あの夏は。
そう考えると最悪の夏ではなく。
最高の出会いがあった夏だった。
二年という月日の中で、そう考えられるようになるまでに色々あったけど。
今、そう思えるようになった自分は少しは成長できたかな。
まあ、ようやくスタートラインに立った程度だろうけど。
でも。
また夏が来る。
今年は。
あの夏を超えるような最高の夏にしたい。
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