エピローグ(その3)

「火の山というのは、あの向こう側の山の事かね?」

 見れば、それはいかにも屈強な偉丈夫の四人連れでした。その手には、一体どれほど巨大な獲物を狩ろうというのか、長大な斬馬刀やら重そうな戦斧やら、思い思いの武具を身に帯びておりました。彼らは到着したその晩、村に滞在し、翌朝早くに意気揚々と山へ向かっていき、夕刻には這々の体で逃げ戻ってきたのでした。

 一体何があったのか、と心配げな村人らに向かって、男達は口々に、おのが身にふりかかった災難をまくし立てるのでした。洞穴の奥に広がる入り組んだ迷路のような狭苦しい通路、王都に攻め上ってきたあの魔物の軍勢がそんな迷宮の中を徘徊し、極めつけは地面のそこかしこから、彼らの行く手をたち塞ぐかのように吹き出してくる地獄のような業火……彼らは自慢の武器をすべてその場に放り出し、命からがらこの村まで逃げ帰ってきたのでした。

 最初の一組目である彼らはそれで諦めてすごすごと帰っていきましたが、次にやってきた地方領主だという年配の騎士とその部下達という一団は、三日間村に滞在し三度洞穴に挑み、最後には部下達が、給金は要らぬからもう二度と洞穴に行くのは御免だ、と声を大にして訴えたので、騎士はそれに根負けしてやはりがっくりと肩を落として去っていったのでした。

 そんな者達が、次から次に村にやってくるのです。そもそも宿もないような村だったので最初のうちは村長や村人の誰かしらが厚意で村人それぞれの自宅に泊めるなどしていたのですが、中には礼金を置いていくような律儀者もいたりして、この際宿賃を取ってもよいのではないか、とばかりに宿を開くものも出てきました。

 そうなってくると、今度は賞金目当ての武芸者以外の者もやってくるようになります。最初は行商人だという男がふらりと村を訪れ、しばし露店を商っておりましたが、村人よりもバラクロア退治の者達が重宝がって色々買い求めたりしているうちにあっという間に売り物が無くなってしまって、これはまずいとばかりに行商人は慌てて仲間を村に呼び寄せたのでした。

 そうこうしているうちに、そんな商人の何人かは村に居着くようになり、村人達も本格的に自宅を宿屋や食堂や下宿に改修したり……バラクロア退治に挑む者達も、中には村に住み着いてしまう者もおりましたし、そんな風にひっきりなしに出入りする彼ら目当てに、新しく鍛冶屋やら何やらが商売を開いたりと、あれよあれよのうちに村から街と呼ぶにふさわしい様相に変わっていったのでした。

 リテルの両親も新しく食堂を始め、彼女も両親の仕事を手伝ううちにすっかり看板娘のようなものになってしまいました。国中の腕自慢が集まる冒険者の街として、火の山のふもとにあるそこは次第に王国中に名を知られるようになっていったのです。

 気がつけば、ひもじさに震えていた頃からは想像もつかないような、目まぐるしくも忙しい、それでいて賑やかな毎日でした。そんな中でリテルがいつも思うのは、あのあと一度も姿を見せずじまいの例の魔人の事でした。無事でいるならば、その気になればいつだってリテルに会いに来られるはずなのに、何故そうしてくれないのかと、もどかしくもあり、寂しくもあったのでした。

 けれど今日も火の山から逃げ帰ってきた冒険者達の、やれ今日はこんな酷い目にあっただの、こんな肝を冷やす思いをしただのという愚痴とも自慢話ともつかぬ与太話を聞かされるにつれ、魔人は魔人であの洞穴で今もなお変わらずに元気でいるのだ、と知って、リテルは何だかほっとしたような気持ちになるのでした。

 そして彼女は、あの洞穴で過ごした日々を時折懐かしく思ったりもしながら、今日も冒険者達が意気揚々と火の山に向かっていくのを見送りつつ、彼らの無事の生還を祈るとともに、「魔人バラクロア」の活躍を内心ひそかに願ったりするのでした。

 今日も一日、がんばってね、と。



(「魔人バラクロア」おしまい)

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魔人バラクロア 芦田直人 @asdn4231

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