第169話 セシリア・オルトガンはほくそ笑む



 もちろんセシリアに思い当たる節が無い……などという事が訳は無い。

 少なくともセシリアはここまで彼女が怒りを露わにしているダリアを始めて見るが、それもまぁ仕方がないかなと思うくらいには反撃をしたつもりがある。


 とはいえ、だ。

 例に漏れずセシリアは、殆ど肉体労働をしていない。


「我が公爵家の根も葉もない噂が、どこからともなく流れているのは貴女も勿論ご存じよね?」

「その噂とは、一体どれの事でしょう?」

「なるほどやはり『どれ』というくらいには噂の内容を知っているのね?」


 余程頭に血がのぼっているのか、セシリアの一言にダリアは「付け入るスキを見つけた」と言わんばかりにほくそ笑んだ。

 しかしセシリアには何ら困る所は無い。

 だって全ては「自分は部外者」で話が通る様にのだから。


「もちろん知っていますとも。だって今、とても話題ではないですか。公爵家に関する噂は」


 実際に今、様々な事柄が憶測と捜索を重ねて、様々な場所でコソコソとささやかれている。

 当事者側である彼女に馬鹿正直に聞くには少し危う過ぎる噂もあるため、おそらく彼女が知っているよりも多くの噂や憶測、デマの類が流れている。

 その随所を見聞きして既に知っているセシリアからすれば、そもそも『どれ』という単語は普通に出てくる言葉である。


 実際に、もしセシリアがこの件に関わっていなかったとしても、結局同じように情報は耳に入り同じ言葉を使って聞き返していた自身が彼女にはあった。



 セシリアに上手く躱された上に「今年の社交場の関心はすっかり公爵家が掻っ攫っている」と暗に言われたダリアは、思わず顔を苦くした。

 これでもし噂が良い内容ならば彼女も鼻高々だろう。

 社交場において人々の関心を得る事は、一種の名誉であると同時に誰もが目指す所だから。

 しかし流れているものが良くない噂となった途端に、その法則も反転する。


「……我が家は現在火消しに奔走しています」

「そうでしょうね。この手の噂はそのままにしておくと全焼するまで燃えますから」

「公爵家がリッテンガー商会を使ってを邪魔して、末には商会後と切り捨てただなんて憶測」

「『革新派』の陰謀論まで囁かれていますからね、最早公爵家だけの問題ではなくなってきてしまっていますし」

「……果てにはリッテンガー商会のお抱えだった木工技師がルイーザ商会に移り、我が家が新たな商会を懇意にしただけでかの商会と結託しているなどと」

「根も葉もない、ですか?」


 セシリアの問いにダリアは肩を怒らせながら「当り前です」と言ってくる。

 彼女だって、幾らセシリアに弁明したところで何ら変わらないという事は、分かっている筈である。

 それでもこうして話すのは、きっと令嬢や婦人たちの前で引きつる表情を隠しながらやんわりと弁明していくという精密作業にストレスと疲れを感じているからなのだろう。


 大人のくせに、わざわざ子供に当たりに来ないで欲しい。

 そうは思うが一方で、セシリアからするとこれは正しく自分の仕返しが上手くいっている証拠でもある。

 


 派閥争いの為には商会を手駒に子供の邪魔をし、手駒は使い捨てにして事件は自分と何ら関係の無いものとしてもみ消した。

 そんな噂が流れれば、評判上宜しくない事は誰が見ても容易に分かる。


 懇意にしていた者達の半数はおそらく彼の手駒になりたくない、または同類と思われたくないが故に、距離を取ろうとするだろう。

 それ以外は自分が完全なる部外者であるのをいい事に、面白おかしく話を吹聴し、今彼女が実際に奔走している様に火消しの手間を増やしてくれる。

 

 評判に差し障れば、派閥運営にも領地経営にも影響が出る事だろう。

 良い事なんて精々本当の腹心の存在が浮き彫りになる程度の事で、ダメージの方が圧倒的に多いはずだ。


 良好な経過である。

 少なからず手ごたえを感じつつ、セシリアは自分の言葉にカッとした彼女にクスリと笑った。


「しかし、火のない所に煙は立たないとも言いますからね」

「白々しい!」

「意味がよく分かりません。明確な証拠の裏取りも無いただの憶測を、まさか私が流す筈が無いでしょう?」


 憶測の吹聴はリスクが高い。

 もし真実でなかった場合にあとあと面倒な事にあるし、そもそも誰かにとって不名誉な事を口走るなら報復がある事も想定しなければならない。

 万が一そうなった時に相手を撃退しきるだけの材料が無ければ非常に危うい。


 セシリアは、否、オルトガン伯爵家は、危ない橋は渡らない。

 これはただ、その事実を告げたに過ぎなかった。

 しかし受け取った方は、そうは思わなかったようである。



 今日のダリアは、よほど余裕が無いのだろう。

 表情が読みやすくて非常に助かる。

 

 彼女の顔には怯えの表情が浮かんでいた。

 もしかしたら『噂の証拠は既に握っている』と聞こえたのかもしれない。

 しかしそれは、裏を返せば握られるだけの事実があるという事にもなるだろう。


 セシリアはこうして想定通り、公爵家の弱みを握り、心胆を寒からしめることに成功した。



 ――この借りはきっといつか返してもらおう。

 心の中でそうほくそ笑むセシリアを、この場に事故的に居合わせてしまったレガシーと、彼女の騎士であるユンが得体のしれない嫌な予感として密かに感じ取っていた。

 そしてこの場でただ一人、ゼルゼンだけは確信を抱いたのだった。



 ~~第4部、完。



―――――


 お読みいただき、ありがとうございました。

 第4部、完となります。


 実はこの『効率主義な令嬢』シリーズ、次の第5部でシリーズ完となる予定です。

 近日第5部の公開を開始いたします。

 それまでしばし、作品フォローはそのままにお待ちいただければ幸いです。


 こちらからの話数追加でも続編連絡・リンク付けを行いますが、最速での第5部連載開始報告はおそらく作者フォロー機能空になるかと思います。

 宜しければそちらもよろしくお願いいたします。



 最後になりましたが、もし


「続き早く!!」

「まぁ読めるくらいには面白かったよ」

「完走お疲れ様ー」


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 どうかよろしくお願いしますっ!(切実

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伯爵令嬢・セシリアは、放蕩三昧したいけど。 ~それでもやっぱり許せないモノには容赦なんてする気も無い!~ 野菜ばたけ@『祝・聖なれ』二巻制作決定✨ @yasaibatake

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