エピローグ

第168話 レガシーとセシリアのリラックス社交



 12歳の年になっても、セシリアの社交スタンスは変わらない。

 目的を持ち、出るべき社交の誘いにのみ出て、やるべき事をやった後に自由時間として特定の人達と話す。

 今年も例に漏れずにそれを徹底し、順調に進んでいた。


 つまり昼下がりのお茶会で既に木陰で涼んでいる今、今日のノルマは全て終わったという事だ。


「セシリア嬢は今日も相変わらず、あっちこっちのと忙しそうだったね」


 隣に座るレガシーに、そんな事を言われてしまう。

 しかし『相変わらず』はお互い様だ。


「レガシー様だって相変わらず、今日もずっとここだったではありませんか」

「僕はほら、新しい本を読んでたから」

「新しかろうが古かろうが、貴方はいつも木陰で一人本を読んでいるではないですか」


 新しい本という言葉も本当だし、実際に彼が好む鉱物関係の本で新書が出るのも珍しい。

 しかしそういう問題ではない。


 わざわざ屁理屈を言って逃れようとする彼に、セシリアは呆れ顔を隠さない。


「今年は社交場への本の携帯は許可されたのですね」

「あぁうん。父上もやっと、僕が本の有無にかかわらず社交はしないって気付いたようだね。今更だけど」

ではなくという辺りが、レガシー様らしいですけれど。実際に、当初よりは幾分かマシになったのでしょう?」

「……まぁ、一応顔なじみが居る上で少数の場でなら、居る事くらいは出来るようになったけど」


 おそらくは、つい先日の王城でのパーティーの事を思い出しているのだろう。

 セシリアも「私とクラウン様との三人の場では無いのに、彼にしては良く喋っているな」と少し感心したが、あの状態でしか発動できないのだとしたら、まだまだ社交スキルとしては、些か汎用性に欠ける。


「貢献課題の時はどうしていたんです?」

「そんなのもちろん黙っていたさ。実際僕のグループでは街の清掃をやったんだから、喋らなくても手だけ動かしていればいいんだし」


 貴族連中の中では真面目にやってたお陰で、貴族側からは全く話しかけられない上に、平民連中からはコソコソと陰口をたたかれている形跡もなかったよ。

 少し得意げに言う彼に、セシリアは思わず苦笑した。

 

 課題的には、きちんと真面目に取り組んで偉いというべきだろう。

 しかしそのモチベーションが「目立ちたくない」だったという事には、一体何人の人間が気付いただろうか。

 もしかしたらセシリア以外は知らない真実なのかもしれない。


「それでも一応集団の中に身を置いていられただけ、まだ進歩なのでしょうね」

「そうだよ褒めて。……まぁまだフリーマーケットみたいに人がごった返している様な場所は、まだまだハードル高いけどね」


 今の彼はトラウマレベルで人がダメだから、拒絶が如実に体調へと出る。

 しかしいずれ、「行けるけどやっぱり人ごみは嫌い」と言えるようになれたなら。

 きっと彼の世界も少し、広がるかもしれないと思うから。


「頑張ってください、レガシー様」


 にこりと笑って言ったセシリアに、レガシーは「人に言うだけなら簡単だよね」と憎まれ口を叩いた。

 それでも彼女が本当にレガシーの事を想って言っている事を知っているからだろう。

 「まぁ程々に頑張るよ。あくまでも鉱物優先でね」なんて言うので、セシリアは思わず笑ってしまった。


「ふふふっ、あまり鉱物にかまけていると、いずれお父様から研究室を取り上げられるかもしれませんよ?」

「うっ、あり得そう……頑張るよ」

「そうしてください」

 

 苦い顔をしたレガシーに、笑うセシリア。

 二年もこうして一緒にいれば、もうすっかりこういったやり取りにも慣れた。

 互いにリラックスして、時には楽しく時には毒舌じみたやり取りも両者の信頼の下に交わす。

 そんな二人なりの和気あいあいをしていた時だ。


「――セシリア様」


 まるで耳打ちするように、ユンが言う。

 分かっている。

 見えている。

 あちらから、女性が一人こちらに向かって一直線に歩いてきているなんて事は。


 既にすっかり成人済み。

 5,6歳は年上の令嬢――否、夫人だ。


「誰だっけアレ」


 今のユンの耳打ちで存在に気付いたらしいレガシーが、私に向かって聞いてくる。

 レガシーが知らない人間が、彼を目当てで客人が来る事はほぼほぼ無い。

 だから必然的に用事はセシリアの方にあるのだろうと当たりは付けているらしいが、それ以上には思い至れない、否おそらく考える気が無い・興味が無いのだろう。


「ダリア様です」

「だから誰?」

「ヴォルド公爵夫人ですよ」

「あー、うわぁー……」


 故あって、この国で今ではもうたった一つ公爵家だ。

 流石に思い当たったらしい。

 

 しかし同時に、彼は忌避感を示した。


「ねぇセシリア嬢、僕ちょっとどっかその辺に行っておこうかな」

「逃がしませんよ、道連れです」


 彼女がわざわざこちらにまで足を運んでいると言うだけで、楽しいやり取りにはならないと分かるのだ。

 どうせなら道連れは多い方が良い。


「僕、何も関係ないんだけど」

「関係ありますよ、貴方は私のお友達です。そうでしょう?」


 そうでしょう? と尋ねられて「違います」と答えられるほど、彼は友達が間に合っていない。

 腰を上げあぐねている内に、満面の笑みを浮かべたダリアがもうすぐ目の前まで来ていた。


「やってくれたわね、セシリアさん」

「一体何のことでしょう?」


 開口一番そう言われ、セシリアはすっとぼけて見せた。


 彼女の笑顔の裏側に、怒りと苛立ちが透けて見えるようだ。

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