第167話 想像し創作し噂は広まる
「まぁ確かにあの店の商会長、プライドが高い事で有名でしたから、そもそも縋りつく事自体がかなりのレアケースだと伺えますしね」
単に一つや二つ契約を切られたくらいでは、縋りつくまではしないだろう。
しかし繋がりごと切られるとなれば、話は別だ。
何が何でも引き留めようとするだろう。
リッツ自身も、自分の家が公爵家の箔付けを屋台骨にしている事は重々理解していただろうから。
「つまりヴォルド公爵家はギリギリのところで『自分が懇意にしていた店が潰れた』という悪評から逃れたという事ですよね。すごいです、どうして分かったんでしょう?」
「懇意にしているからこそ、視えるものもあるのかしらね?」
「もしかして自分に火の粉が降りかからないように、逐一動向を調べさせていたとか?」
それぞれに、暇つぶしに憶測を巡らせる。
そんな中、最も奇抜で魅力的な妄想を打ち出したのは、先程のノリのいい婦人の一言だった。
「あっ、逆に、手を引かれるところまで追い詰められたからその商会長は自暴自棄になってフリーマーケットで暴れたとか? 『もう俺には、俺には……うがぁぁあぁぁ!』みたいな」
言いながらテーブルをひっくり返す真似をした演技派夫人に、誰かが何処かで苦笑を漏らす。
「一平民の自暴自棄に催し物が潰されるなんて、迷惑極まりないヤツね」
「自暴自棄の可能性も否めないけれど、もしかしたら最後の救済の手が、あの場所で暴れる事だったのかも?」
「それってつまり『お前に最後のチャンスをやろう。あの催しをぶっ潰せ』って事?」
「あら怖い」
一体どこまで本当なのか、はたまた全てが虚構なのか、彼女達には分からない。
分からなくていいのである。
どうせ彼女たちにとって単なる余興なのだから、さもあり得そうな話でさえあれば、きっと何だっていいのだろう。
誰かを糾弾するならともかく、噂をするだけならば証拠をそろえる必要はない。
こういった噂の手軽さも、きっと彼女たちを噂話に駆り立てる理由の一つなのだ。
そしてこのような会話の中にこそ、実は真実が潜んでいたりもするのである。
ゼルゼンに調べさせて全てを知っているセシリアだけが、この場で唯一ほくそ笑める人間だった。
しかし顔には全く出さず、たったこれだけを口にする。
「そういえば、先ほどお話に上がったリッテンガー商会のお抱え木工技師、ルイーザ商会に映ったそうですよ?」
「あらそうなのね、良かったわ。今度行ってみようかしら」
「えぇそれが良いと思います。商会を移ったところで技師自身の力量が損われる訳ではありませんから、きっといい仕事をするでしょう」
嬉しい情報に頬を緩ませた夫人にそう言葉を返しながら、今日のお茶会での達成ノルマをセシリアは今すべて果たしたと確信したのだった。
たかが噂、されど噂。
ただのじゃれ合いのようなこの会話も、その内容が夫人の噂心をくすぐれば蔓延するのはすぐである。
この時の彼女たちのただの創作じみた憶測は、この後少しずつ姿を変えて瞬く間に広がっていくことになる。
それはセシリアが想定していた通りの結末であり、最大の攻撃だったと言っていい。
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