種の芽吹き

第166話 とある夫人たちのお茶会



 社交界では沢山の噂が日々生まれ、更新されている。

 婦人たちの暇の為の口慰みだったり、情報収集の延長だったり、各々に理由は様々だが、総じて一つ言える事は、社交界の住民にとって噂は真実以上に物を言うという事である。


「そういえば、聞きました? リッテンガー商会、潰れたんですって」


 たとえ平民が開いた商会でも、王都では三本の指に入るほどの大商会ともなれば話題に上るには十分だ。

 大商会ともなれば大抵は商売の過程でどこか有力貴族の後ろ盾を得ている事も多いので、それも助けて彼らの興味関心になる。


「まぁそうですの? 私、あそこのお抱え木工技師、好きでしたのに」

「あぁ、確かにあの細工、とても細かくて繊細で、曲線美がとても素敵でしたものね」

「えぇ残念だわ」

「しかし何で潰れたんですの?」


 昼下がり、保守派陣営の人間が主催するお茶会の席に座っていたセシリアは、その会話をただ静かに聞いていた。


「それが、王都のフリーマーケットで大暴れしたとかで、商会長が牢獄入りしたのですって」

「まぁそうなの? 怖いわぁ」

「あの商会、商会長が全て経営方針を決めていたみたいだし、『自分の息子以外には継がせん!』って言って、後進も育てていなかったっていうお話よ?」

「あらそうなの? で、その息子は?」

「今3歳」

「あらぁ……」


 ケーキを上品に口に運び、口元に手を添えて眉尻を下げる彼女たちにとって、これはあくまでも下界の自分には関係のない物語だ。

 フィクションに多少の感情移入こそすれど、親身になったり彼らの為に身銭を切ろうという気にはならない。

 人とは案外そういう物で、それ故にこのお茶会も特に悲壮感を抱く事も無く進んで行く。


「それにあそこ『公爵家御用達』を売りにしていた部分もあったから、その看板も下げざるを得ず、悪い評判もついて回れば、お客なんてすぐに来なくなっちゃうわよ」

「あら? 公爵家はいつの間に彼等から手を引いたの?」

「いつだったかしら。でも、この手の話が上がっていた時には既に公爵は『もう一二は関係のない店だから』と仰って回っていたそうですわ」

「そうなんですの」


 そんなやり取りをしていると、席の一角から「ふふふふふふっ」という少し不気味とも取れる笑い声がしてきた。

 皆がそちらに目を向ける。

 そこに居たのは今回の主催者の取り巻き夫人の内の一人で、得意げかつ意味深な笑みをにんまりと浮かべていた。


「ちょ、ちょっとどうしたの、ノールさん。お顔が怖くなっていますよ?」

「私、その話で一つ気になるお話を聞いたのですわ」

「えっ、何なのです?」

「聞きたいですか?」

「勿論よ!」


 自信ありげな夫人の笑みに、他の参加者たちの視線が期待に集まる。

 すると彼女は、周りを一度見回してからコホンと咳ばらいをした後に再び口を開いた。


「実は私の家のメイドが、ちょうど例のフリーマーケットの騒動が起きる前日に、街に買い物へ行っていたのです。そうしたら、ちょうどリッテンガー商会の裏手でもめる二人組を見たというのですよ」

「二人組?」

「えぇ。メイド曰く一方にもう一方が追いすがる形で、相手はそれを突っぱねて早々に待たせていた馬車に乗って去って行ったらしいのですが」

「らしいのですが?」

「なんと突っぱねられた方が商会長、そしてその馬車に乗って行った方がヴォルド公爵家の執事だったというのです! もちろん馬車は家紋なしだったとの事ですが、だからこそ怪しいと思いません?」

「確かに……!」


 ヴォルド公爵家は、目立つ事が大好きだ。

 件の商会を訪れる時もお使い執事に家紋入りの豪勢な馬車を毎回使わせ店の正面にわざわざ馬車を付けさせる事で有名で、誰にでも分かる形でリッテンガー商会を贔屓した事で、一つの箔を作ったとも言えた。

 

 それを、わざわざ裏口から出入りし、身分の分からぬ馬車を使い、あまつさえ追いすがる商会長を突っぱねる公爵家執事ともなれば、中々に刺激的な話だ。


 案の定、自身の妄想を交えたその当時の分析合戦が幕を開ける。


「涙目で追いすがる店主、その手をペチンと払いのけて見下すように見下ろす執事。私もその場に居合わせたかった……!」


 夢想する乙女のような面持ちで両手の指を胸の前で組んだこの夫人は、どうやら今の話に一種のシーン的羨望を抱いたらしい。

 一方で、しきりにその場に居合わせなかった自分を悔やむ彼女の隣では、ノリのいい婦人が人差し指を突き立てながら言う。


「お二人の会話、もしかして『貴様の店からはもう手を引く!』『ま、待ってくださいお許しを!』『煩い、離せ、鬱陶しい! もうこれは決定事項だ、覆らない』……みたいな感じだったりして?」


 冷たい執事となよなよとした商会長の一人二役を、口調まで変えて見事に演じ分けた彼女は、さながら舞台女優だった。

 そんな彼女に「ちょっと待って?」と声を掛けるのは、顎に手を当てて何やら考え込むようなポーズを見せた夫人だ。


「それって例のフリーマーケットの出来事なのよね?」

「えぇそう聞きました」

「つまり公爵は、商会長が捕まる様な騒動を起こす前日に、かの店との繋がりを切っていた可能性があるという事じゃない?」


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